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きらきら。とげとげ。だらり百合。  作者: 幽八花あかね
キラキラ女子と地味子の話【Episode1-3】
2/5

Midnight Lovers 白いひらひらとお散歩デート


 女子校で出会った(ふじ)() 詩音里(しおり)は、私の恋人は、今も読書垢を続けるツイ廃である。


「なるちゃん、ただいまっ!」

「おかえり。しお」


 相変わらずピンクベージュの爪がきれいな彼女は、大学卒業後、まさに私が(いだ)いていた第一印象どおりの【ぶっくまーかー】さんらしい女になった。


 かつては〝ホワイト企業で働くOLのお姉さんっぽい投稿をする女子高生ツイ廃〟だった彼女は、今や某有名化粧品メーカーで働く本当のキラキラOLツイ廃さんなのだ。


「今週もお仕事おつかれさま。やっと金曜だね」

「うん! 今夜はのんびり映画でも観ながら飲もうねぇ」


 おかえりなさいのちゅーをして、ハグをして。彼女を部屋へと迎え入れる。


 高校生の時に付き合いはじめた私たちは、別れることなく一緒の大学に進学して、大学卒業後には同棲を始めた。


 詩音里との交際を始める前、スクールカーストを気にしまくっていた過去の私にそのことを伝えたら、きっとひどく驚くことだろう。


 あの藤田 詩音里と恋仲になるなんて――本屋さんの百合コミックス売り場で彼女と遭遇するあの日までは、思ってもみなかったことだった。


 ……彼女の影響で漫画にハマって、自分が同人漫画描きになる、なんてことも。


「なーるちゃん。映画なに観るー?」

「なんでもいーよ」

「じゃあホラーねぇ」

「えーやだー」

「ちょびっとホラーなだけだからぁ」


 ゆるゆると会話して、スーパーで買ってきたお惣菜をレンジで温めてテーブルに並べて、だらだらだらと私たちはごはんを食べはじめる。飲む。ホラー映画を観る。めっちゃ平和って感じの週末の日常だ。


 映画が始まって三十分ほどが経った頃。詩音里は私の肩に寄りかかって、「私たちもお散歩いくー?」なんてふざけたことを言った。


「……ちょうどバカップルがテケテケに襲われたってとこなのに、よくそんなこと言えるね?」


 我が家のテレビ画面の中では〝ちょびっと〟どころではないホラーな光景が繰り広げられている。


「うふふ、今夜のお散歩なら、吊り橋効果が期待できそうじゃない? ドキドキしようよ」

「やだ」

「こんなにかわいい恋人が誘ってるのに?」

「……吊り橋効果はいいけど、歩道橋には絶対に行かないかんね」

「やったぁ」


 ……――と、彼女のおねだりに流されて。



 それから二時間近く後。私たちは手を繋いでお散歩に出かけていた。「ふんふふーん。デートだ!」とにこにこしている詩音里は、けっこう酔っているんだと思う。


「転ばないでね」

「んふふ、転んだら抱きとめて?」

「だから転ばんでって。ちゃんと抱きとめるけど」


 あんまり吊り橋効果が出ている感はないけど、まあ詩音里がご機嫌なら良しとする。彼女は最近とても忙しそうで、ますます甘えたになっていたから。


 恋人に甘えられるのはもちろん嬉しいけれど、その原因がストレスだとなれば、手放しではしゃいでいるわけにもいかない。


「なるちゃんはぁ、んーっと、次のコスイベはいつだっけ?」

「次の次の日曜かな」

「ふぅん」


 キラキラ読書垢の【ぶっくまーかー】さん――ツイッターの中の詩音里は、高校一年生だった頃、私のコスプレ垢をひっそりと見つけてしまったらしく。そこから私は彼女に目を付けられたらしい。


 彼女にコスプレ趣味がバレていると判明したのは、付き合いはじめて数ヶ月が経ってからのことだった。


「なるちゃんの可愛いお写真、またオタク仲間さんたちが撮ってくれるんでしょー。楽しみ」

「楽しみにしてくれてるのは嬉しいけど……そうやって無邪気にされると、しおの手の写真だけで嫉妬してた私が小物みたいじゃん」

「ああ、そんなこともあったねぇ。懐かしい」

「……いつだって私は、しおに負けてる気がする」


 ふと妙な感情が胸に顔を出して、道端の小石をコツンと蹴った。私は詩音里を愛してて、彼女と一緒に暮らせてて。


「しおは会社で働いてるってのに――私はコス作って漫画描いてってだけで」


 それなのに、なんで、たまに泣きたくなるんだろう。不景気だからかな。


「漫画で稼げてる、なるちゃんはすごいと思うよ? 中学の時からさ、なるちゃんの絵、うまいって思ってたんだぁ」

「……詩音里」

「うん?」


 私は立ち止まり、彼女の手をクイッと引っ張った。生きるのに必要なお金は稼いで、趣味だって楽しんでて、なのに。


「キスしてい?」

「いいよ」


 黒い感情を誤魔化すように、夜の中でキスをする。


 こんなふうにいちゃつくバカップルって、ホラー映画の中ならすぐに死ぬ。フラグだって思う。


「しおり――」と、彼女のやわらかい唇から離れて。なんとなく向こうに視線をやって。


「えっ」


「なるちゃん?」


 夜道に変なモノを見つけた。さぁっと血の気が引いていく。


「ちょ、しお、逃げよ。帰ろ」

「どうしたのどうしたの? オバケいた?」

「かもしれないから!」


 彼女が振り向こうとするのを背中で感じながら、私は彼女の腕をひいて駆け出そうとした。が。


「しお?」

「きゃああっ! うそ!?」


 いきなり甲高い声で叫んだかと思うと、詩音里は私の手を振りほどいて反対方向に走り出した。


「はあ……!?」


 私は慌てて彼女を追いかける。やっぱり酔っているんだろう、その足取りはふらついていて、危なっかしかった。まずい。


「しおっ! 止まりなさいって!」

「無理だよ!! だって、あれ、なるちゃ、」


 その時。くらっと彼女が倒れるように傾く。いや、何かを拾い上げるように屈んでいる? ――あ。


「ねえ、詩音里ってば!! そんなん触らんでよ! 呪われるかもじゃん!!」


 しゃがんだ彼女の美しい手に触れていたのは、あの変なモノ――夜の道をひらひらと舞う白いナニカだった。


 小さい一反木綿のようなソイツは、もしかしたら――さっきの映画に出てきたみたいな危ない化け物かもしれないのに。


 おもちゃの人形に呪われるみたいに、そのゴミみたいな変なのも詩音里を呪っちゃうかもしれないのに。


「やめて、しお! 早く捨てて! 投げて!」

「だめだってばぁ!」


 私は彼女を背後から抱きしめるように捕まえ、彼女の手からソレを追い払おうとする。


 しかし彼女はまったくソレを離そうとはせず、私たちは道端で喧嘩するように揉み合った。


「もうっ、なんで変なのに触っちゃうの!?」

「変なのじゃないって! これ、なる」

「ばっちいから離しなさい!」

「そんな、子どもに言うみたいに、ていうか」

「しお」

「だから――これっ! ぱんつじゃん!?」

「は?」


 低い声を出した私に驚いたのか、詩音里がびくりと肩を震わせる。なんだあれー? と、自転車をふたり乗りした男女が反対の道を通っていった。


 ぱんつ? ……って、パンツ? パンツ?? と私はやっと冷静になって、彼女の持っているソレをまじまじと見た。そして愕然とした。


「ぱ、ぱ……ぱんつ、って」

「な、なるちゃんが、一昨日、なくしたって騒いでた。――リリちゃんの宅コス衣装のパンツじゃん。これ」


 意味がわからなかった。いや、まったくわからないわけじゃないけど。脳がこれ以上の理解を拒否していた。


 夜に恋人と散歩に出かけたら? 紛失したはずの私のコス衣装が――それもイベントでは見せられないようなキワドい下着が――宅コス衣装のパンツが転がっていて? いや、落ちていて? ひらひらしてて? え??


「ぐ……っ、死にたい」

「えっ、やだ、死なないでぇ。なるちゃん!」


 完全に酔っている詩音里が、なんか泣きそうな顔で私に抱きつく。本当に意味がわからない。何これ。なんで私のパンツが夜道にあるの。ワカラナイ。恥ずかしい。死にたい。


「なるちゃん、あのね、干してたおパンツが飛んでっちゃうことくらい、生きてたら稀にあるものだから! たぶん! ね、そんなに病まないでぇ。なるちゃーん。私が手洗いしといてあげるからぁ」

「ふ……ふふっ、ふふふ、ふ」

「な、なるちゃん? 壊れちゃった?」

「ふふ、ふ。だいじょぶ。へーき」


 詩音里の必死な様子を感じていたら、だんだんと……なんだか可笑しくなってきた。


 ああ。この変に心臓がうるさい状況に、ハイテンションになった今に乗せてしまえば。ひとりで拗らせた悩みも、こぼせるかも。


「ねえ、しお」

「はい、なるちゃん?」

「私さぁ、しおみたいに収入安定するアレじゃないし。しおみたいにすっぴん美人じゃなくて、メイクと加工ごりごりにしてレイヤーやってるような同人女だけど」

「うん? なるちゃんもカワイイよ?」

「……こんな私で、いい?」


 私と彼女は、住む世界が違う――高校生の頃は、そう思っていた。付き合う前は本当の本気で。付き合ってからも、その気持ちは消えなくて。


 それで大学生になっても今になっても、心のどこかには、たぶん、スクールカーストを気にするあの頃の私がいた。私は、たぶん、ずっと、彼女とは釣り合えないと思っている。


「んー? 私はぁ、なるちゃんと今後もお付き合いしたいよ? あ、そうだ。結婚しよっか」

「は?」

「なるちゃんの今度のお誕生日にぃ、婚約指輪プレゼントしてあげるぅ。えへへ」

「……私の誕生日、つい先々週だったし。めっちゃ先じゃん。てかマジで酔ってるね」

「んふふふふふ」

「もう、帰るよ。しお」


 私のパンツを握りしめて離さない彼女を支えるように立ち上がらせ、もう片方の手と手を繋いで。


 彼女が転ばないようにと騎士のごとき気持ちで見守りながら、私は彼女と帰宅した。


 疲れと幸せがどっと来た夜だった。



 翌朝。「二日酔いだぁ……」とぐでぐでしていた彼女は、昨夜のお散歩のことを覚えていないらしかった。


 黒歴史(パンツのこと)を忘れてもらえてラッキーなような、その後の言葉を覚えてくれていなくて寂しいような。妙な気持ちになったと記憶している。


 あの夜のことは、詩音里には、完全に忘れられたと思っていた。なのに――……





「――婚約指輪。今度のお誕生日にプレゼントするって言ったでしょ」

「えっ」

「白いひらひらを見つけた時。白と言えば、ウェディングドレスはどうしよっかぁ」

「えっ」


 一年後――とあるレストランで。衝撃の言葉とエンゲージリングを贈られるのは、また別のお話。





――Episode2「白いひらひらとお散歩デート」

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