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きらきら。とげとげ。だらり百合。  作者: 幽八花あかね
キラキラ女子と地味子の話【Episode1-3】
1/5

High School Girls ピンクベージュの爪と百合漫画


 ツイッターで見かけて、なんとなく〝いいな〟と思っただけ、だった。


 そのなんとなくの〝いいな〟に、私の日常に、彼女が侵食してきている。そのことに気づきもせず。



「あっ」


 と思わず声を上げたのは、駅ビル内の本屋さん。百合コミックス売り場。


 きらきらと輝くピンクベージュの爪に〝あれ?〟と思った。


「…………なぁに?」


 ミルクティー色の髪をふわりと揺らして、彼女がこちらを見る。やっぱりというか、何というか。


 どう見ても、どういうわけか、同じクラスの(ふじ)()さんがそこにいた。


「……それ、買いにきた」

「これ、ラスト一冊」

「あ、そう」


 百合漫画、読むんだ。へえ。

 

「うちくる?」

「へ?」


 藤田さんの〝うちくる?〟は、一般的に見れば唐突で、でも彼女の艶めいた唇に言われるとしっくりくるから不思議だった。こんなふうにサクッと男も誘って家に上げているんだろうなって、不躾なことをふと考える。


 この女子校育ちのかわいらしいクラスメイトなら、彼氏がいたって不思議じゃない。


 私と同じように中学受験して、同じように高校生になったのに、私たちはどうしたって交じり合わないところにいた。


 そう、どうしたって交じり合えないひとだった。


(なる)()ちゃんの定期のほうが長いから、うちで降りてもお金はかからないよ」

「なんでうちの定期区間、知ってるの」

「クラスメイトだからね」

「ふぅん」


 それが理由になっているかはわからないけど、藤田さんがそう言うなら、そういうことにしておいてあげることにした。


 だって本当は理由なんてどうでもいい。


「……うちくる?」


 彼女は馬鹿の一つ覚えみたいに、また〝うちくる?〟と誘った。


 イケメンを誘う時ならもっと考えて物を言うんだろうなって、ああ舐められてるのかなってちょっと心がささくれたけど、そもそも彼女のほうがスクールカーストは上位だ。身の程を自覚したら、何もかもどうでもよくなった。


「お邪魔します」

「ん。待ってて。買ってくる」

「うん」


 百合コミックス売り場に私を放置して、ふわふわかわいい藤田さんはレジへと向かう。私は〝暇つぶしです〟という顔をしてスマホを開いた。


 流れるようにツイッターを開いて、検索欄から【ぶっくまーかー】さんのアカウントページを開く。スタバの新作と百合新刊を一緒に撮るような女だった。


 ――まさか、ね。


【ぶっくまーかー】さんも、ピンクベージュの爪がきれいなひとだった。いい感じの百合作品を紹介してくれる読書垢っていうか、本の写真からインスタの匂いがする女というか、ホワイト企業で働くOLのお姉さんっぽかったというか。


「お待たせ。成実ちゃん」

「……藤田さん……詩音里(しおり)さん」

「はい。詩音里です。買ってきたよ」

「うん……」


 スマホを閉じて、私はほわほわした頭で彼女の隣を歩いていく。藤田さんから香水みたいな甘い匂いがする。本屋さんの紺色の袋に、彼女のピンクベージュの爪が映えている。


「藤田さん、ネイル、どこのやつ?」

「パラドゥのピンクオークル」

「あ、あれ、そんなきれいに塗れるんだ……」


 コンビニのネイルでこんなに。かわいい子ってすごい。


「塗ったげよっか?」

「遠慮します。私、そういうキャラじゃないし」

「足ならバレなくない?」

「うん。バレないね」


 まるで〝前から仲良しでした〟みたいな顔をして、交じり合えない私たちは電車に乗った。


 同じ制服を着た私たちが一緒にいること、きっと車内の誰も疑問に思わないと思う。


 私と彼女は、自然と世界に溶け込めた。




 * * *




 同じクラスの紙崎(かみさき)(なる)()ちゃんは、私の読書垢のフォロワーさんだった。仲良くなりたいなって思ってたから、リアルの世界で、罠を仕掛けて待ち伏せしてた。


 彼女が私の読了ツイートに〝♡〟や〝RT〟をくれたら、次の放課後、私はその本の売り場で彼女を待ち伏せる。彼女が乗り換え駅の駅ビル内の書店にときおり立ち寄るのは把握済み。


 ただ、成実ちゃんは電子書籍を買うことのほうが多いから、こうしていても、必ずしも会えるわけじゃない。わかってた。


 でも、こんな賭けのような企みをしなきゃ、私は彼女を家に誘うことすらできないのだ。


 だって成実ちゃんはスクールカーストを気にしちゃう子で、私をまるで対等な存在としては見てくれなくて、勝手に私を持ち上げて遠くから見惚れて勝手に満足してしまうから。そう、だから。


 ……最近の【ぶっくまーかー】が百合作品ばかりを紹介していたのは、ちょっとの打算を含んだ、わざとだ。


 成実ちゃんに届けばいい。成実ちゃんがこっちの世界に来て、ちょっとでも私を意識してみればいい。なし崩しだっていいから、いっそひとつに溶けてしまえ。


 そうして迎えた何度目か。

 今日の計画は、大成功だった――


 彼女の足を数時間前に飾ったポリッシュを、私の手の爪にも塗りなおす。


 ピンクベージュが輝くこの手を見ただけで、ツイッターでもリアルでも、この放課後を思い出してしまえばいい。


 それでまた、ふらっと百合漫画を読みにくればいいんだ。



 貴女が〝きれいだ〟と褒めるこの爪を、指を、私は何度でも濡らしてあげるから。





 * * *





 スタバの新作と百合新刊を一緒に撮るような女だった。


「ねえ、それ、匂わせってやつじゃない?」

「うん。そだね」

「……いいの?」

「ん」


 いつもより華やかな化粧をした休日の詩音里は、新作フラペを優雅に吸った。彼女が〝ん〟と返事するなら、それでいいことにしておいてあげる。


「成実ちゃん、今日はお泊りする?」


 ミルクティーの髪をふわりと揺らして、その長い指でフラペの容器をすっとなぞって。彼女のピンクベージュのネイルは結露に濡れた。


 私はなぜか突然に先日のことを思い出して、ぶわっと顔を熱くする。


「……する」


 ミュールのサンダルから覗く私の爪は、彼女の手の爪と同じ色をしていた。プールの着替えの時、バレなかったかな、いろいろと。と今さらながら心配になる。


 たぶん、同じ制服じゃない今の姿でも、私たちは〝お友だち〟に見えると思う。違うけど。違うけど。


「……詩音里、さ。またフォロワー増えてたね」 

「そうねぇ」

「インスタ女子かと思ってたのに、ただのツイ廃じゃんね」

「そうねぇ」

「…………本のツイートするのに、手、映さなきゃ、だめなの……?」

「んー。だめ、じゃないけど。なして?」


 ピンクベージュの輝く手が、詩音里の手が、私の手にやさしく触れてきた。フラペを持つ手の上に重ねられたから、ああ溶けちゃうなって思う。でも溶けてもいい。


「他の人に、詩音里の手、見られたくない……の」


 彼女に触れられる照れに、熱さに、私は今日も乱される。


 彼女のこの手に、私は、今日も。 





――Episode1「ピンクベージュの爪と百合漫画」

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