第七話 初めての深夜歩哨
○7月3日22:40(+16時間)
とりあえず、部下2人の寝ている周辺50m以内は特に何も問題はなさそうだ。
足の裏が砂まみれで草をすりつぶした感じの匂いがするが仕方がない。
この暗闇の中のワッチもだいぶ慣れてきた。
生まれつき目が良いのか夜でもなんとなく周囲が見える。
月の光はあまり出ていないにも関わらず、星の光でなんとなく見えている。
曇り一つない天気も関わってるのかもしれない。
見えてはいるので恐怖は少ないが、屋外での1人きりの警戒が初めてで、少し不安が残る。
バンバ班長からは「特に警戒するものはなさそうですし、あまり気にしないでください。」とは言われているものの、毒蛇とか来たらどうしたらいいのか分からないので不安事項がさらに増える。
さらに不安になるのは、夜に実銃を持っているということ。
自衛隊に入ってから、いや、人生で一度もこんなことはしたことない。
入隊して1年と3ヶ月が経ったが、実際に弾を撃ったことがあるのは射撃試験の1回だけ。
その1回も教官が傍に2人ついてしっかりサポートしてくれていたので安心して銃を扱えていたが、今は一人っきりだ。
射撃試験も100点満点中72点と初めて撃ったにしては上出来な点数だったとは思うが、特に射撃に自信があるというわけではない。
入隊してすぐに入校した幹部候補生学校では銃を取り扱う授業は10コマもなかった気がする。
銃に関する座学も少なければ実際に銃を持つ機会も少なかった。
銃を用いた基本教練とテスト前一夜漬けの知識ぐらいしか僕の中で身についたものは無い。
こんな知識で陸上自衛隊ごっこをするのは不安しかない。
何を警戒すべきで、どこで気を休ませたら良いのかなんてわからん。
学校では一つもそうしたことを教えてくれなかったし、中学以来ノータッチだった数学の授業の方が圧倒的に多く頭がパンク寸前の日々だった記憶日々が懐かしく思う。
スポーツ推薦で同志社大学の国際関係学科に入った自分にとってはベクトルとか三角関数とか未知の世界すぎて防衛大学校や一般大学の理系出身の同部屋同期から夜遅くまで教えてもらった記憶が濃すぎて、候補生学校で習ったことのほとんどを忘れてしまった。
半年間の候補生学校寮生活と半年間の練習艦隊洋上学校生活の成果として、高校生2年生レベルの数学力と慣海性を得て部隊に着任したのも束の間、なぜか鉄砲と防弾チョッキ(衣類なし、靴なし、ヘルメットなし)で雑草の上を歩いている。
陸での砂まみれの訓練とか、地面に直接寝るとか、雨に濡れても乾かせないとか、灼熱の中で汗だくだくにも関わらず長袖長ズボンで走るとか、雪で凍え死にそうになりながら同僚と密着するとか、地面に穴掘って用便を足すとか、そういった泥臭いのが嫌いで海上自衛隊を選んだというのに、裸足で大地を踏み締め草木を素手と銃先でかき分けている現状に納得がいかない。
まぁ、本当は休みがしっかりしており、スタイリッシュな勤務環境という噂の航空自衛隊に入りたかったが。
ソシャゲができない、オンライン対戦ができない、家に毎日帰れない、映画館に行けない、ラーメン食べに行けない、、家族に会えない、プライベートのない狭い艦内等のキツイ条件を飲んで海上での勤務を覚悟したのに、同じ条件で陸にいるのが不思議でならない。船酔いに耐性があり、洋上での生活に吐き気を催さないことがせめてもの救いといえよう。
なぜ、この地球上で僕が一番の不幸を被らなければならないのか。どこで選択を間違えたのか。
親に懇願してでも滑り止めの私立文系に行くべきだったか、要員希望調査で海上自衛隊を3番目にするべきだったか、希望勤務地を佐世保ではなく呉とか舞鶴にするべきだったか、正解はわからない。
遠い過去を遡ってもその先の未来が全然想像できないので考えるのをやめる。
ただ最後の記憶にある同期との飲み会での酒の量はほどほどにすればよかったのかもしれない。
ネガティブになってはだめだ。
過去のことではなく、未来のもっと建設的な考え方に考えよう。
家に帰ったら何をしようか。
出航続きで官舎の机に積み上げている買いだめした漫画を全部読むのもいいなぁ。
録画してあるドラマを一気に見ちゃうのもありかもしれない。
家に帰れたら未開封のちょっと高い日本酒をあけちゃおう。
てか家の鍵閉めてない気がする。
それより家帰れるのかなぁ。
家ってどっちの方角にあるんだろ…もう帰れないのかな…
だめだ、どうしてもネガティブな方向に思考が向けられている。この思考のスパイラルから逃れるためにはアルコールによる脳の洗浄が必要だ。
お酒が飲みたい。
そのうち、なんとか家には帰れるだろう。なんの自信もないけど多分帰れる。
今いる場所は概略の緯度的に沖縄な気がするし、方位も北極星でわかるから自分の住む官舎は多分あっち。
うん、あっちに足を向けて寝られんな。
あれこれ考えているうちにまぁまぁ時間経ったかな。
そろそろ交代でしょう。
気持ちよさそうに爆睡しているカジタニ海曹の腕時計を確認する。
23時50分だ。彼を起こそう。
防弾チョッキを掛け布団の代わりに下腹部にかけているカジタニ海曹に小声で呼びかける。
「カジタニ君、ワッチの時間です。起きてください。」
「んー、阿川隊長、おはようございますー」
カジタニくんが寝ぼけた顔で起き上がる。
手探りでメガネを探してるような動きをするので、彼のヘルメット横に置いてある丸メガネをとって彼に渡す。
「隊長、ありがとうございます。それでは、隊長は寝ててください。後は見ときますんで大丈夫ですよ。」
「いやいや、流石に申し継ぎはしよう。僕が寝てる間やっぱり不安だし。」
「そのとおりですね。申し継ぎお願いします」
そう言いながらカジタニくんは鉄のヘルメットを被る。
「とりあえず靴とチョッキをつけて準備が整ったら話すから、バンバさんの寝てるところから少し離れましょうか。」
「了解しました。」
先にちょっと寝床から離れた所に移動する。
なんか不安だ。
ちゃんとワッチ中にすることを伝えなければ。
「お待たせしましたー。準備オッケーです!」
防弾チョッキをそのまま直で素肌に来ている人って映画ではムキムキだったりするが、カジタニくんは少し肉付きのある丸みであまり厳つさを感じない。
急にウサギが草むらから飛び出してもすぐ負けそうな風貌だ。
ちょっと不安になる。
まぁ、映画では基本的に防弾チョッキを着ている登場人物みんながズボンを履いてるが。
「……この辺り50mぐらいまでしか歩いてませんが、特に目立ったことはないです。引き続き周囲の警戒をお願いします。」
「了解しました!お疲れ様でしたー」
「待ってください、もうちょっと言うことあるんで、銃はちゃんと弾とか入ってるか確認しましたか?」
「あー多分大丈夫だと思います。また後で確認しておきます。では、阿川隊長はゆっくり休んでください。」
「待て待て待て、カジタニくんもうちょっと確認事項とか、気になるとことかあるんじゃないんですか。」
「阿川隊長は心配しすぎですって、
隊長のワッチの間なんもなかったですから、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。なんかあったら番場班長を必ず起こしますし。」
「バンバさんも何かあったらバンバさんを起こしてって僕に言ってましたけど、そんなに信頼できる方なんですか?」
「あれ?隊長知らないんですか?番場班長はトッケー出身っすよ。あの人に任せとけばこの無人島サバイバル生活はなんとかなりますって」
初耳だ。
確かにバンバさんはムキムキで歴戦を思わせる傷が身体のいたるところにあって、野営の準備もほとんど彼一人でやってもらっていた。
「バンバさん、トッケーなんですか。初めて知りました、風格ありますもんね。でも、なんで「あさひ」なんかで衛生員やってるんですか?」
「そこは私もわからないんですけど、番場班長も年が50超えてるはずなんで引退前に第一線からは退いたんだと思います。」
50!身体の仕上がりと顔の精悍さから30代だと思ってたけど、自分の倍以上歳取ってた…
「50歳であの身体の仕上がりですか?あの人すごいですね…僕より体力測定の結果良さそうですし…。」
「とりあえず何かあれば番場班長に任せれば大丈夫なんで、ゆっくり休んでください。」
「そうですね、なんか安心しました。後はお願いします。3時ぐらいになったらバンバさんのワッチなんで、適当なタイミングで彼と交代してください。」
「了解しました。お疲れ様でした。」
そう言ってカジタニくんは川の方に向かって歩いて行った。
多分顔でも洗うんだろう。
僕は自分の寝るところを確保するためにみんなで食事をとった場所に戻る。
気持ちトッケー上がりのバンバさんに近い位置に陣取った。防弾チョッキを脱いで枕代わりにし、南国の夜をあっぴろげもなく、全裸で眠りに入った。
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