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第五話 現状確認



○7月3日08:20(+2時間)


「番場班長、すみません。手伝ってくれてありがとうございます」

「気にするな、よくあることだ。気分は楽になったか?」

「はい、すみません、だいぶ良くなりました」

「…謝らなくていい」


 梶谷海曹が全てを吐き終わり、彼の介抱も終わったところで火の消えた焚き火の跡の前に戻る。

 彼は呼吸が整ったようで、座りながら辺りを不安げに見渡す。

 俺の下半身に目を向けたと思ったらさっと目を逸らした。流石に身のやり場に困ったのだろう。

 なにせ俺も彼も全裸だから。


「それで梶谷海曹はどこまで覚えている?」


 2人してナニがあったとは想像したくないので毅然とした口調で質問をする。

 俺には男色の気は一つもなく、今もこの全裸男に魅力を全く感じない。なんならここ20年近くは男女問わずそういった事とは無縁の生活を続けている。

 だがしかし、海上自衛隊という組織はほとんどが男で構成されており、中にはそういった趣味嗜好を持っているものも少なからず存在している。

 時代の推移に合わせて、一定の理解は持ってはいるが、あくまでも自分は男同士の局地には関わらないことを示すために怖めの顔で仕事らしく彼を「梶谷海曹」と呼ぶ。


 海上自衛隊では仕事の話をする時は必ず「〇〇海曹」という感じで必ず階級を名前の後につけて呼ぶように教えられる。

 あだ名や呼び捨て、さんとかの敬称をつけるといらない誤解を生む可能性がある。

 特に仕事とプライベートが密接している艦での生活においては明確に区別することは難しい。

 なので、可能な限り仕事上の階級や役職で名前を呼び合うようにしている。


 隣に座る彼が海岸線を眺めながら話し出す。

「私は記憶が途切れ途切れなんですけども、中ぐらいの漁船の上で急に銃撃戦が始まったことと、荒波の中頑張って1人でその漁船の舵輪を握っていたのと、海岸でよくわからん国の酒で宴会をずっとしてた記憶はあります。

 他にも…」

「ちょっと待って、出航する前は何してた?

 そこから話してくれ」

「私は緊急出航の日は当直でした。

 そんで、先輩からフネの外に出てるやつみんなに連絡せぇって言われて…………


ーーーーーーーーーー


 曖昧でバラバラな梶谷海曹の記憶をまとめて時系列にするとこうだ。


 1日の夜22時に上層部から即時出航が下令。

 緊急連絡網を利用して乗員総員に電話。

 帰ってこないやつは当直員の私有車を利用して回収しながら出航準備。

 日付が変わる前には沖合に出ていたらしい。

 その後少し仮眠をとり、2日の6時に起床。


 ここまではなんとなく俺の記憶と同じだ。問題はここから。


 梶谷海曹の言うことを信じるなら、彼が起きる1時間前の明朝5時に見張りが不審船を発見。

 荒れた海面を数時間ほど追跡後、艦長が上層部の意向を踏まえ、立入検査隊の乗り込み準備を命令。

 内容は船籍の確認と違法に漁業をしていないかの調査。

 あらかじめ決められていた隊長以下4個班12名を臨時編成。

 30分かけて検査隊の作戦ブリーフィングを行い各人装備を準備。


 この辺りは俺の記憶にはほとんど残っていない。

 なんとなくそんな感じだった気がするけれども。

 一番重要な記憶がほとんど抜けている。

 誰が隊長だったのかも覚えていない。


 梶谷海曹は初めての立入だったので緊張しすぎてどんな準備をしてたのかあまり覚えていないらしい。


 もしかしたら、俺が彼にホワイトタイガーを勧めた可能性があるな。


 それから艦橋からの命令を受領した俺たち立入検査隊は、停船命令に応じた漁船らしき不審船に近づきハシゴとロープを垂らして班長の俺と梶谷海曹が乗船。

 続いて隊長が乗り込んだところでロープとハシゴが切れたそうだ。


 その時は海面が荒れていたらしく船が大きく揺れたそうだ。

 張力が過剰にかかってラインが切れたのかもしれない。


 母船から離れてしまった隊長含めた俺たち3人はとりあえず、予定通り立入検査を開始した。

 船長に法律上常備するべき書類の提出を求めるために、大型の漁船ぐらいの大きさの不審船の船橋に向かった。


 事前のブリーフィングでは漁船と思われる不審船内には武器が見当たらないという見張りからの報告があり、安全だろうと言われていた。


 なのに船橋内に居たビジネスマンっぽいスーツをライフジャケットの下に着ていた男が急によくわからない中国語を発しながら拳銃を背中から取り出して俺たちに向かって発砲。


 そいつの弾が梶谷海曹の腹部に直撃して、俺と隊長が応戦して銃撃戦が開始。


 撃たれた梶谷海曹は防弾チョッキを着ていたので致命傷には至らなかったが、弾丸の衝撃で悶絶していたらしく、船内の隅っこに丸くなっていたそうだ。

 激しい船酔いと腹部の苦痛と轟音が鳴り響く銃撃戦で頭がおかしくなりながらも必死に痛みなどに耐えていたらしい。


 どんぐらい時間が経ったかはわからないが、銃撃戦を横目に痛みと闘い、気がついた時には目を開けると銃撃戦が終了。

 痛みが引いていたので、隊長に言われるがままに梶谷海曹が船のブリッジにおいて一人で操縦を開始。


 ここで隊長が休憩と言いながら持って来た食べ物と飲み物にお酒が混じっていたらしい。昨日の晩から何も食べておらず、極度に緊張していたところに食事を持ってこられた梶谷海曹は泥酔とまではいかないが酔っ払った。


 なぜ記憶を無くしたのか。

 俺の推測となるが、対象の船から拝借した昼飯に酒が含まれていて、アルコールと体に残っていたホワイトタイガーの成分が混じり、副反応を起こしたに違いない。これは梶谷海曹には言えないな。


 そうこうしているうちに船が陸に乗り上げたらしい。


 大時化の海の中、行き先も決まっておらず、船舶の操縦免許を持たない彼が、酔っ払いながらもクスリとアドレナリンで興奮していたはずなのに、どうやって海図もGPSも無い状態で乗ったことのない中国の船を陸まで持って来たかは甚だ謎である。

 彼の操船センスが光ったのであろう。


 で、何があったかは知らないがビーチで男3人が船内に“落ちてた”酒で宴会を行い、3人とも泥酔……


ーーーーーーーーーー


…………私の知りうる情報は以上です。番場班長は何か知ってたりしますか?」


 梶谷海曹が長い説明を終えた。

 彼には申し訳ないが彼以上の情報を俺は知らない。


「……なんも知らん」

「え?」

「ほとんどなんも覚えとらん、うちのフネが出航したところと、砂浜で宴会を開いたところだけ微かに覚えとる」

「班長は本当に何も覚えていないんですね?」

「あぁ、そうだ」


 不安げな顔で俺を見ないでくれ。

 2人して全裸なんだ、もう少し一緒に同じ方向を向いて海岸でも見ていてくれ。


「つまり梶谷海曹の話を要約すると、クスリでハイになった海上自衛官3人が、不審船に乗り込み、銃撃戦を繰り広げ、遭難し、あまつさえ任務中であるにもかかわらず泥酔するまで宴会を行い、酔って官給品の服を燃やしたと」

「概ねその通りかと」

「今のところ俺たちが犯した罪は最悪を想定した場合、重いものから順に、殺人、飲酒運転、無免許運転、窃盗、職務に専念する義務違反及び完品紛失。

 そんなものか?」

「公然猥褻もあるかと…」

「……。」


 笑そうになるので、俺の下半身を見ながらの適切なツッコミをやめてほしいが、口には出さない。


 部下と認識の共有を図らなければならないので、梶谷海曹に問いかける。

 「そして、君の話を踏まえた上で現状を把握すると、上司である隊長は行方不明、死体の山が出来上がってるはずの不審船も行方不明、現在地も不明、(フネ)との連絡手段無し、手持ちには3人分の装備と銃火器。

 他には何かあるか?

 要望事項とか」

「とりあえず服を着たいです。

 あと、水も欲しいです、そこに転がってる中国産の酒以外で」

「了解」


 とりあえず今からの行動を考える。

 梶谷の言う一緒に乗船したhずの隊長の捜索と水の確保が急務であろう。


「優先順位を決めたいが、1つ目に隊長の捜索、2つ目に水の確保でいいか?」

「異論ありません、こういう時ことちゃんと指揮系統しっかりしておきましょう」


梶谷海曹はまだ若そうだが、この辺りの指揮系統に関する教育はしっかりしていそうで助かった。

「了解、ではまず初めに装備品の点検を行って装備を整えろ」

「了解しました!」


 梶谷海曹は不安げにしていた顔を振り払い、元気良い返事をして防弾チョッキ等の点検を始めた。


 できれば銃の点検から始めて欲しかったが、まぁいいだろう。


 自分は拳銃の分解整備から始めよう。


ーーーーーーーーーー


装備品一覧


◯番場班長

ヘルメット、防弾チョッキ、安全靴、小銃×2、拳銃×2、食糧数日分、空瓶数本


◯梶谷3曹

ヘルメット、防弾チョッキ×2、安全靴、小銃、拳銃、メガネ

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