だまされカンナの転生先
(ここは……?)
カンナは今、巨大な木を目の前に佇んでいた。
先端が空の雲を突き抜けて、どこまで伸びているのかも分からないほどの大きな木。
自分がいる場所に、その木以外にも何かあるのかと周りを確認するが何もない。ただ草原がずっと地面を覆っている位だった。
更に遠くの方を見てみるが、霧なのかよく分からないモヤがかかっていて、それ以上先のこの大地の情報は分からなかった。
改めて木に目線を移しカンナは考える。
(私がいる世界にこんな立派で大きな木は存在していたのだろうか?)
いや、こんなに立派で巨大なものは地球中いくら探しても見つからない……そう思うカンナであった。
(んー。とりあえず状況が掴めないな)
カンナはここに来るまでの記憶を思い返す。
彼女は都立高校に通う16歳。そして現在彼氏募集中だ。まぁ、そんな事はどうでも良いのだが。
いつもの様に彼女は学校に行く為に電車に揺られていた。
座席は通勤客で埋まっていた為、仕方なく吊革に掴まって、そのままの体制で目を閉じながら自分のチョイスした音楽をイヤフォンで聴いていた。
そこまでは間違いなく覚えている。
そうしていつもの日常を送っていくはずだったのに。
なのに今は電車の中ではなくて、大きな木の目の前にいる。
(記憶が思い出せない。何で私はこんな所にいるのだろう?)
必死に記憶を辿るが、ここに来るまでの記憶を思い出す事が出来なかった。
「あっ!いたいた!そこのお嬢さん!」
カンナが必死に記憶を思い出そうとしている最中、彼女を呼んだのであろうその声が聞こえた。
さっきまで人がいる気配なかったはずなのに。何故か一人の男性が突然彼女の少し離れた場所に現れたのだ。
カンナを見つけた黒縁メガネをはめて真っ黒なスーツを見に纏ったおじさんがいそいそとこちらへと走ってくる。怪しすぎる格好だ。
(だれ?)
ちょっとビビりながら、カンナは不思議そうに自分の元へ到着した彼を見る。スーツいや喪服を着たサラリーマンかと思いきや背中に天使の様な真っ白な羽を生やしているではないか。
(羽だよ!この人羽が生えてるよ!?)
おじさんを上から下まで不思議そうに観察してみるがやはり怪しい。
そんな事を思っているのはお構いなしで、彼はカンナの腕を掴むと「列に戻りますよ」と言うと、何処かに向かって歩き出した。
「あの?あなたは?私は一体??」
現在、訳もわからない場所で知らない男性に引っ張られ、どこかに連れていかれてる。
本当なら知らない人にはついて言っちゃ行けないと誰もが小さい頃に教えられているけど、この時カンナは何故か拒否をすることが出来なかった。何故だがはわからない。
だからせめてその人の正体を知ろうと質問を投げかけたのだが、まるでその質問を無視するかの様にブツブツと迷惑そうに言っていた。
「たまにいるんですわー。はぐれちゃう人が。この忙しい時に。あっ!ここから転移しますから」
「転移?」
大きな木から少し離れた所にあった魔法陣がある場所に到着すると有無も言わさず上に立たされ、カンナは男性が言った転移をした。
転移は一瞬で、どこかの建物の中に移動したようだ。さっきと景色が違う。それに建物の中と言ったのは天井が見えたからそう思ったのだが、実は壁が見当たらない。きっとかなり広い建物の中だと予想する。
そしてそこには大勢の人が列を作りどこまでも並んでいた。
「最後尾は……あっ!あちらですね」
男性に言われるがままに列の最後尾まで到着すると、やっと彼から解放される。
「じゃあ、順番にお待ち下さい」
「ちょっ!?」
カンナが質問する前に男性はいそいそとその場を後にしてどこかへと消えてしまった。
(結局なにも聞けなかった)
しょうがなく列に並び順番を待つ事に。
(それにしても沢山人がいるし何の列なの?私に順番が回ってくるのも結構時間がかかるんじゃないの?)
少しでもこの場所や列の情報を知りたくて前に並んでいた老人に声をかけてみることにした。
「あの。この列は一体何の列なんですか?」
「ワシも並べと言われて並んでいるんだが、何の列かはわからない」
ちなみに更にその前に並んでいる人にも同じことを聞いてみたが答えはみんな同じだった。
(みんな、何の列かは分からずにただ並ぶ様に言われているだけなのね)
しょうがなくカンナはこの列が何を意味しているかを諦めた。
きっとこの列の先に答えがあるだろう。ささやかな期待を込めて大人しく待つ事にしたのであった。
それからしばらく……いやかなり待ち、ようやくカンナまで順番が回ってきた。
「次の方ー」
「あっ、はい」
受付らしき人からの呼びかけに先頭にいたカンナが反応する。
受付の彼女もやはり先程私をここまで連れてきてくれた男性と同じようにスーツ姿で背中には羽が生えていた。
途中列を整理しているのか同じ様な服装の人が何人も立っていた。いわゆる制服的なものなんだろう。
カンナは自分の順番になり受付嬢に促されて、目の前のドアのドアノブに手をかけた。
実は受付嬢のすぐ隣には扉が佇んでいたのだが扉は通常、部屋など違う場所に移るためのもの。
でも、目の前にある扉は壁などには設置されず、ただポンと置かれている状況だった。
(このドアは何処かに繋がっているのかな?)
さっき魔法陣に立った時にここの場所まで転移したカンナはこのドアも同じ原理のものなのだと考える。
実際自分よりも前に並んでいた人達は既にこの扉に入ったきり、ここの空間にはいないし、どこへ行ったのかも分からない。
そう考えながらカンナは扉を開き中へと入って行った。
扉の中へ入るとそこは普通の部屋の一室。
目の前には長机が置かれ、その向こうには椅子に座った別のスーツの女性がいる。
またどこか別の分からない場所に飛ばされるかと思っていたが、ここは小さめの個室のようだ。
「こちらへどうぞ」
部屋にいた女性に言われて対面に置かれている椅子に恐る恐る座ると、そのタイミングを見て女性は質問をしてきた。
「じゃあ、今から貴方の資料を確認しますのでお名前を伺っても良いですか?」
「えっと……神城カンナです」
「神城さん」
彼女は机の上にあるモニターでカンナの名前を探しているようだ。じっと画面を眺めながらやがて、彼女の名前が見つかったのか、画面を触っていた手が止まる。
「……神城カンナさん。貴方は自身が乗っていた電車内で心臓発作を起こされて死亡されていますね」
「えっ!?ちょっと待って……私、死んだんですか?」
急にそんなに死亡宣告を受けて、椅子から立ち上がり女性に詰め寄る。戸惑いなんてものじゃない!
(私死んじゃったの?心臓発作?全然記憶がない!)
カンナがパニックになっているのを見て女性は落ち着かせて椅子に座る様促す。
「急な死に方をすると、理解できないでここにこられる方は沢山いらっしゃいます。貴方もきっと何が起こったから分からずにここまでいらっしゃったのでしょう」
自分の死を知り呆然としたカンナは椅子に座っているのが精一杯。脱力感が体を襲い危うく椅子から落ちそうだった。
「ん?」
カンナを椅子に座らせ話を戻そうと画面を見直す女性。すると何かを発見したのか、表情がどんどん険しくなり、待つ様に言うと慌てて部屋を出て行ってしまった。
彼女は一人きりの部屋で、椅子に座りながら天を仰ぐ。
(私死んだんだ。まだやり残した事が一杯あるのに。こんな事ならダメ元で先輩に告白しとくべきだった)
――カンナには想いを寄せた男性がいた。
同じ高校に通う一歳年上の先輩、高野弘也。
高校へ入学してすぐに同じ部活で出会った彼に一目惚れをしていた。
周りの情報からして彼女はいないらしい。なのであればと仲良くなっていつか告白できたらいいなと考えていた。
なのに……
「お待たせしました」
しばらくすると、慌てて部屋を出て行った女性とは別の男性がやってきた。
彼は急いで長机の前にある椅子に座ると、画面見て同じように険しい顔になる。
「本当だな」
男性はその画面を見つめて何かを納得した様だ。
「神城カンナさん」
「……はい」
「誠に申し上げにくいのですが。貴方は今回死ぬ運命ではなかった様なのです」
「は?」
「いや、正確に言うと、貴方は心臓発作を起こしても奇跡的に助かる事になっていた」
「え?ちょっと待ってよ?じゃあ、私は間違って死んでしまったと言うこと?」
「えぇ。そうなります」
男性が申し訳なさそうにカンナに謝る。
人間には寿命がある。それは老いたからとかそういう訳ではなく、神様がその人物に生を与えた時から決まっているのだそうだ。
だからいくら若くても事故に遭ったり、病気になったりその定められた寿命を全うする。でも、彼女の場合はまだ死ぬには程遠い寿命が残っていたと言っていた。
なのに何故かカンナは死んでしまったそうだ。
「じゃあ、私はこれからどうすればいいの?また生き返れるの?」
男性はカンナの言葉に険しい表情を見せる。
「実は貴方の肉体はすでに埋葬されておりますし……」
「えっ……じゃあ、私は死ぬしか無いってこと!?」
「神城様が生きていた頃の世界には戻ることはできません。ただ、違う世界で生を授かるということでしたら可能なのですが」
「違う世界?」
「はい。肉体がないのも、もちろんの事ですが、一度生を授かった世界では二回生を授かることが出来ないのです。でも、別の世界であれば新たな生として生きていく事は可能なんです」
男性はカンナに今回誤って貴方を死亡させたのはこちらの責任。だから、今回は特別に新たに生を授かれる世界を選ぶ権利を与えてくれるという。
「ちなみにその世界というのは沢山あるのですか?」
「えぇ。私どもは生きているもの全てを統治しておりますので。貴方がいた地球という世界はほんの一つの世界にしか過ぎません。また、世界によっては生き方も生活の仕方も変わってきます」
カンナは悩む。どうせ今の世界では死亡が確定しているんだ。そして、次生まれ変わる世界は自分で決めても良いと言っている。
(お母さん、お父さん、先輩……。もうみんなに会えないのは辛いけど。いつまでもメソメソしたって元に戻れないのであれば、新しい人生を生きるんだ。……でも、一体何に生まれ変わればいいんだろう?)
他の世界のことなど何にもわからないカンナ。なので何に転生するかは詳しそうな彼に質問をしてから考えることにした。
「ちなみに地球以外にも人間はいるんですか?」
「ええ。そっくりな生き物は他の世界にも存在します。そうですね。地球基準で話させてもらうと、例えばあなた方の作り話に出てくる妖精や小人、巨人など様々です」
妖精というワードをカンナはとても気になった。
「妖精……?」
自分が知っている妖精。本で読んだことがあるその生き物はとても小さく可愛い容姿をしている。
女性なら誰もが可愛いモノに憧れるもの。
(可愛い上に、確かに羽も付いてたよね?)
自分の見た目も嫌いではなかったけど。さらに可愛くなれるのだ。彼女は転生するなら妖精がいいと決意する。
だが、そんなカンナに男性は助言をする。
「本当に妖精に転生で決定でいいですか?もし良かったら、今回こちらの責任ですので、お試しという事も可能ですが?」
「えっ?お試し……?そんなこと出来るんですか?」
「えぇ。3回まででしたら変更可能です」
(何と!!3回も!?)
カンナはじゃあと、他の候補も考える。
(妖精は一番最後にして、他にもなりたいモノか。何があるかな?)
手を顎につけて考える人に。
(そうだな。人ではない全く違う生き物か。うーん……よし決めた!)
「……私、植物になってみたいです」
「植物ですか?」
「はい。綺麗な花を咲かせたり、光合成したり、とても美しいじゃないですか?それに私が植物になったらきっと綺麗な花が咲くはず」
「……分かりました。では、違う世界にはなりますが、植物に転生しましょう」
そういうと、男性はまたモニターの画面を触り操作を始めた。
「転生先が見つかりました。どの植物にするかはこちらでカンナ様のデータを統計して決めさせていただきますね」
「分かりました」
「よし。登録は完了しまたので転生される前にいくつか説明をしますね」
彼の説明は簡単だった。
要するにもし、今回の植物が嫌になって他の転生先に変わりたい場合は夜が二回明ける前に心の中で自分を呼んで下さいとのことだった。
その期間を過ぎると転生先に満足したとみなされお試しは終了するそうだ。
二日間限定ということだ。
ちなみにこの時彼の名前が判明する。
彼の名はアレスだそうだ。
「分かりました。アレスを呼べばいいんですね?」
「そうです。ではこちらのドアからこの部屋を出てください。次目覚めた時、貴方は生まれ変わっています」
お礼をいうと椅子から立ち上がり、アレスが言ったドアをくぐる。
「いってらっしゃい」
その言葉が聞こえるとカンナの意識は途切れた。
◇
カンナは真っ白な光の中で意識が戻る。
(ん?眠っていたのかな?なんか体がポカポカする。周りが眩しい感じがする。あっ!これが光合成ってやつか?)
光の影響で自分の体に力がみなぎるのがわかる。
その時、無事に転生できた事を確信した。
光が体に注げば注ぐほど力がみなぎる。
(分かる!力がみなぎるのは……ね?)
そこでカンナは自分が失態したことに気づくことになる。
(そういえば……植物って目がないから、周りの光や風を感じることしか出来ないんじゃないの?)
その考えは正しく、現時点で見えているこは真っ白い世界のみ。
これじゃあ、自分がどんな姿なのか、どんな可愛いな花を咲かせるのかさえもわからない。
(でも、まあしょうがない。あと二回転生できるし。折角植物になったんだし、もう少し楽しんでみるか)
なんて呑気にそう思ったカンナはそのまま光合成を続けて植物ライフを送る事にした。
(あー気持ちいいな……)
光を浴びて光合成を続ける彼女。でも、体の中に突如何かが落ちてきたのがわかった。
(ん?何だ?)
落ちてきた何かはとてももがいていた。それは振動となってカンナに伝わる。
そして、もがいてもがいてもがきまくった挙句、しばらくするとそれは静かになった。
気にならないというと嘘になるが、目が見えないのだ。だからどうしようもないのでほっておいたのだが、時間がしばらく経った後光合成とは別の何かがカンナの養分になっている事がわかった。
(これって……さっきもがいてたやつが養分になった?私、もしかして食用植物になってない?)
嫌な予感がする。
急に恐ろしくなったカンナはここで一旦、アレスを呼ぶ事にした。
『アレス!聞こえる?』
『……聞こえますよ?転生先はご不満でしたか?』
自分の姿を見る事ができないカンナはアレスにどの様な植物に転生したのかを確認した。
『貴方が転生したのはガルモアという植物です。生物を喰らうとその血で美しい花が咲く植物となります』
『はっ?』
(生物を食べる?って事はさっきもがいていたのって……?)
想像しただけで吐き気がする。
『ちょっと!私そんな恐ろしい植物になりたいなんて言ってない』
『ですが、美しい花を咲かせたいとおっしゃいましたよね?こちらの植物は他の生命を犠牲にして咲く花はどこの世界よりも一番美しい花が咲くのです』
『いや……確かに可愛いな花を咲かせたいとは言ったけどさ……私は可憐な一輪の花を咲かせる様な植物になりたかったの!』
『カンナ様にお似合いかと思ったのですが……』
必死に説明してもアレスはなぜか間違った方向へと理解する。
(何この人……考えてる事が分かんない!私にお似合いって……普通そんな肉食植物に転生させる!?)
『もういいです!植物への転生は辞める!』
『そんな!?いや……分かりました。では、またこちらへ魂を戻させていただきますね』
カンナがプンスカ怒っていると、スゥーっと意識が飛んだ。
そして、目が覚めるとアレスと話していた部屋に移動していた。先程腰掛けていた椅子にいつのまにか座っている。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
頭がぼーっとする。寝起きの様だ。
「あの植物はカンナ様にとても……」
「もう!言わなくていいっ!!」
アレスはあのままガルモアに転生して欲しかった様でとても残念がっていた。
ちなみに今更だけど、転生した植物の画像があるという事で見せてもらった。
「……ねぇ?これのどこが私にお似合いなの?」
「えっ?この大きな毒々しい口。そして見たものの目を潰してしまいそうな禍々しい色。とてもカンナ様に……」
「……分かった。それ以上は言わないで」
アレスを黙らせたカンナは、はーっとため息を吐くのであった。
◇
(――大丈夫、まだ二回転生出来るんだ)
気を取り直して次の転生先を考えることに。
今度はちゃんと容姿を見せて貰ってから転生させてもらおうと思うカンナ。アレスに任せたら、また変なのになりそうだからだ。そう思ったのは言うまでもない。
(さて、次は何にしようか?)
そう思ったが、先程とは違い次の転生先の候補が直ぐに見つかった。
「そうだ!次はモフモフの可愛いやつがいい!犬みたいな」
(昔飼っていたクーちゃんすごく可愛かったんだよな?)
昔の愛犬の記憶を思い出しモフモフに転生することに決める。
「犬……でございますか。えーっと。はいはい。カンナ様の世界に生息する生物でございますね」
「うん!他の世界にも犬みたいな生物はいる?」
「はい!もちろん!ちなみに貴方様の世界でいうケルベロス的なものもおりま……」
「いや……それって魔物だよね。私は愛される生物になりたいの!みんなを可愛い眼差しで見つめて癒される様な生物に……」
「愛……さようですか」
なんか腑に落ちなさそうな顔をしているが、画面を操作し彼女に似合う転生先を見つけたようだ。
「あっ!貴方様のご希望に叶いそうなものがおりました」
「本当?ねえ、その生物の画像はないの?」
また変なのに転生されない様に今度は事前確認を怠らないのだ。
見せてもらった画像には犬の様なモフモフで目もうるうるとしてそこな辺を歩いていたら誰も振り向かずにはいられない様な可愛い容姿の生物が写っていた。
「いいじゃん!かわいい!この生物に転生する」
「分かりました。ではこの生物に転生できるよう手配しますね」
(今度こそ可愛い生物になるのだ)
転生先の登録が完了すると、アレスがカンナをまた扉へと導き、その扉をくぐる。
――そしてリクエストしたモフモフの生物へと転生した。
◇
先ほどの様に意識を取り戻すと、目の前に茶色い毛で覆われた足が見える。
どうやら自分の足の様だ。動かしてみると思い通りに動く。
(うん!とりあえずモフモフしている)
今度は目がある為、ちゃんと自分で確認する事ができた。
でも足だけでなく、顔も見ておきたいと思ったカンナは容姿を映す何かがないか辺りを見回してみた。
すると少し離れているが水溜りらしきものを見つけ、そこへ向かうことにした。
ゆっくりと自分の体を起こし動いてみる。
(よし、ちゃんと動いた)
そして歩いてみると四足歩行だ。ここまでは問題なさそうだ。
だが、しばらく歩いていると違和感がする。
下を見ると、自分の足元に生えている草が木の形をしている。
それにカンナの顔の周りに何か白いモヤモヤしたものが取り巻いていた。
気にはなったが、ここの世界は自分がいた世界と違う。きっとそういう形なんだと考えるのを辞めて水溜りを目指す。
そして、水溜りに到着すると早速覗き込んで容姿を確認してみた。
鏡の様にはっきりとは映らないが、その姿はアレスが見せてくれた画像とほぼ同じだと思う。とても可愛いくて目もうるうるとしているみたいだ。
(これなら誰も私をほっとくわけがない。良かった。思い通りの生き物に転生できたわ!)
確認も済ませ転生した姿に満足したカンナは、今度はこの世界がどういった所なのかも見てみようと歩き出した。
すると、カンナのお尻にチクっと痛みがはしる。
(ん?何か当たった?)
その痛みは始めは一箇所だったのが次第に箇所が増えていく。
(一体何なの!?)
後ろを振り返るが何もない。でも、痛みが増えるほど只事ではないことに気づく。
もう一度自分の後ろ足の下の方を見てみる。
すると地面の方から光が放たれ、その瞬間直ぐに痛みがやってきた。
(痛っ!?)
お尻をさすりたいが足しかないのでさする事が出来ない。こうゆう時に人間だったら手でさすれるのに。なんて思うが仕方がない。
カンナは目を凝らして光った場所を確認することにした。
(ん?何かが動いている)
彼女が目にしたのは小人の様に小さい人間だった。
自分のいた世界では人間と呼ばれるがここではまた違う名前なのかもしれないけど。
例の光は、その人間もどきがカンナに攻撃した時に放たれたものの様だった。
(何なの?なんで私を攻撃するの?私は癒し系の生き物のはずよ?)
私が人間もどきの方へ近づいてみると、彼らは驚いた様に逃げ惑う。
そこでカンナはふとある事に気づく。
(ここの生物はかなり小さいのね)
そう思った時ハッと気づく。
足元をもう一度よく観察してみる。
木の形をした雑草と思われるものは木だったのだ。
そして水溜りにだと思っていたのは湖。
顔の周りにまとわりついていたのは雲だ!
(もしかして私が大きいの!?)
ふと彼女の脳裏に浮かぶアレスの顔。
(やりやがったな。アイツ)
カンナがアレスに対して恨み節を心の中で唱えていると、また容赦なくお尻を攻撃され始めた。
カンナはとりあえずその場を離れて逃げる事に。
そして、急いでアレスに連絡を取った。
『アレスッ』
『はい。聞こえております。またご不満でしたか?』
『容姿は良かったんだけど、サイズがかなりビッグなの!』
『ビッグですか!それはとてもカンナ様にお似合いかと』
『そう?ありがとう……って、ちょっと何よ!?お似合いってどういうこと?というか、そのせいでここの世界の生物に攻撃されているんだってば!とりあえず転生をやめて貴方の元にもどして!』
『ではキャンセルということで』
『痛い!痛い!そう!早く!』
カンナが逃げ惑っている間、人間もどきは彼女を追って攻撃を仕掛けていた。それに耐えられず彼女は自分の容姿を気に入っていたものの、この転生を諦めることにした。
しばらくすると意識が飛ぶ。
そして目が覚めると目の前にはまたアレスが座っていた。
無事に戻ってこれたみたいだ。
「おかえりなさい」
「はー。ただいま」
さっきと同じやりとりをする。
「ねぇ、さっき私が転生した生物の詳細ってわかるの?」
「もちろんでございます。確認されますか?」
「お願い」
モニターの画面を覗かせてもらい詳細を確認する。
カンナが転生した生物の名前はビッグドッグ。
体長おおよそ200メートル。可愛い容姿とは裏腹に非常に凶暴。
この世界に数100年に一度のタイミングで発生する災害級の魔物だと記されていた。
「この詳細確認してくれてた?」
「ええもちろん!カンナ様の転生先ですので、隅々まで確認いたしました」
「ねえ、一言言わせてもらってもいい?」
「そんな!お礼なら言われなくても大丈夫ですよ?」
「あんた……馬鹿でしょう?」
「……カンナ様ひどい」
嘘泣きしているアレス。もういい。きっと彼はこういうやつだ。
そんなアレスだが気を取り直したのか、コホンと咳払いすると、急に真面目な態度になる。
「カンナ様。ご存じと思われますが既に二回転生をされておりますので、次が最後の転生となります。これは貴方様の人生に影響を及ぼしますので、慎重にご判断願います」
いきなりそんなことを言われ、ちょっと戸惑う。
「分かっているわよ。そもそも二回の転生は貴方のミスでとんでもない目にあっているのよ」
「そんなことはございません!私はカンナ様の為に最高の条件を揃えております」
「……そうね。分かったわよ」
「では、最後の転生先はお決まりですか?」
「えぇ。私は妖精になりたい」
「かしこ参りました」
画面を操作しながら転生先を探すアレス。
「――見つかりました」
(今度は本当に慎重に選ばなければ……)
「画像と詳細はある?あるなら見せてほしい」
今まではここで落ち度があった。だから今度は全てを確認した上で決めたいのだ。
「ございます。確認されますか?」
「お願い」
パソコンの画面を見せてもらい詳細を確認する。
容姿はとても良い。思っていた通りの美女だし、羽だって付いている。
他には……住居は木の上。住処も問題ない。
「うん!決めた!妖精でお願いします」
「承知しました。では登録を」
最後の転生。なんか急にドキドキしてきた。
処理を終わらせたアレスはカンナへと目線を移す。
「登録完了です。ではカンナ様?短い間ですが、私は貴方とお話しできてとても楽しかったです」
急に涙目になるアレス。
「ありがとうアレス」
人の涙には弱い。だからカンナはもらい泣きする前に扉を出た。最後の転生。
次にアレスと会うのはこの転生した妖精の寿命が尽きた時だろう。
(出来ればもう会いたくないけどね)
――そして彼女の意識は飛んだ。
◇
ピチピチ!
パーチクッ!
(んー?鳥のさえずりが聞こえる)
カンナは眠たい目を擦りながら起き上がり辺りを見回した。
草で作られたベッドが目に入る。ここで眠っていた様だ。
そして、ここは家なのか?木でできた小屋の中にいるようだ。
(ついに三回目の転生をしたんだ)
部屋の中には姿鏡の様なものが見える。
カンナは早速容姿を確認する為に、鏡の前に行った。
鏡に映る姿。それは見せてもらった画像と瓜二つ。
(かわいいっ!良かった。ちゃんと妖精になれたみたいだわ)
しばらく鏡に映った自分を見惚れ満足したカンナは、家の外の様子も確認してみることにした。
『ガチャッ』
扉を開けて外に出ると、そこは大木の枝の上。枝に上から下を確認してみるが、雲がかかって下が見えない。
それに、あちこちの枝にはカンナがいた小屋がいくつも建てられていた。
(もしかして、この小屋の数だけ妖精が住んでいるのかな?)
カンナの想像通り、その小屋は妖精達の住まいだった。
「あれー?新人さん?」
カンナが他の枝に建てられている小屋を確認していると誰から声をかけられた。
その声の主は自分と同じ容姿の妖精だった。
「あっ!はっ、初めまして」
「やっぱり新人さんだ!初めまして。私はミール。貴方の名前は?」
「カンナです」
「そっかカンナかー。宜しくね!ここの仕事は慣れるまではきついけど頑張ってね!」
「えっ?仕事ですか?」
(妖精の仕事?一体何をするのだろう?)
◇
場所は変わり、ここは先ほどまでカンナがいた部屋の一室。
そこにはアレスが椅子に腰掛けたまま休んでいた。
「アレス!処理は終わったの?」
部屋の扉が開くと一番はじめにカンナの相手をした女性が立っている。
「えぇ。何とか」
「ったく。あんたはいつもミスするんだから。今回のことだってあんたがうたた寝してたから、あの人を助けそびれちゃったんだからね」
「分かってますって」
そう……この男アレス。彼のミスでカンナは死ぬことになったのだ。
本来であれば、心臓が止まった直後にアレスが彼女を助ける手筈となっていた……のだが、度重なる激務でついついうたた寝をしてしまい、そのままカンナを死なせてしまったのだ。
「で、カンナさんを一体何に転生させたの?」
「よくぞ聞いてくれました!彼女は僕たち天使がとても喜ぶモノに転生してくれたんだ」
「私達が喜ぶの?」
ふふふんっ。と威張るアレス。
「何よ。もったいつけないで教えなさいよ」
「実はね?俺が妖精に転生できるって言ったら喜んで転生してくれたんです」
「妖精?まさか、あの妖精!?」
「さーてと、休憩もしたし、先に仕事に戻りますね」
アレスはそうはぐらかすと彼女を置いて部屋から出ていった。そのまま職場へと戻ると思いきや、とある場所へと向かう。
彼が向かった先。それはカンナがこの世界に来て初めて見た大木の前だった。
目的地に着いたアレスは大木に向かって『ピィーッ』と指笛を吹く。
すると大木の上の方から妖精達が続々と降りてきたのである。
「さあ、そろそろ仕事だぞ!!」
ここに住んでいる妖精達はアレス達、天使の仕事の手伝いをしていた。
以前は妖精たちは別の世界で生活していたが、その世界はとあることで滅んでしまい、行き場を失った彼らに衣食住を提供するかわりに仕事を頼んでいた。
「さあ!今日も魂を導いてきてくれ」
妖精達はアレスの言葉に反応し、それぞれが散らばっていく。
妖精の仕事。それは死んだ者たちの魂を迷わないようにこの世界に導くこと。
アレスが飛び立つ妖精を見送っていると、一匹の妖精が近寄ってきた。
「アレス!これは一体どうゆうこと?」
「あっ!これはこれはカンナさん。どうですか妖精は?」
「容姿はとても良いわよ!でも貴方がなぜここにいるのよ」
「ここは貴方が先程までいた黄泉の世界だからです。それに……僕達天使が貴方たちの雇用主なのでしっかり働いて下さいね」
「えっ?そんな!聞いてない」
「そうでしたっけ?でも、一回目の転生より、二回目の転生より今の方がよっぽど良いのでは?」
「……まぁ、確かにそうね」
なんか納得したカンナは先輩の妖精たちと仕事をこなしに出掛けて行く。
そんな彼女を見てアレスは思う。良かった。二回の転生先をあえて嫌なところにしておいてと……
カンナが駄々をこねないように妖精になる前に過酷な状況を体験させ、今の転生先を満足させる。
我ながらなかなか良いアイデアだ、なんて思いながら。
実はアレスの今回のミスは上層部には未報告となっていた。
ミスが公になってしまうと、彼の給料が下がってしまうからだ。
だからどうにかしてもみ消そうと考えたのが今回の作戦。
アレスに話しかけた同僚の女性には賄賂を渡して秘密にしてもらい、当のカンナには満足できる転生先を紹介する。
もし転生した後に満足出来ずにゴネて騒ぎ出しでもしたら上層部にバレる可能性があった為だ。
まぁ、結果アレスの咄嗟に考えた案は上手くいった。
自分のミスを隠せたし、妖精が増えた事によって少なからず仕事量が減ったのだ。
「結果オーライ!」
アレスは軽い足取りで自分の職場へと戻っていった。