学校一の美少女をしつこいナンパから助けたら、いつの間にか恋人一歩手前まで仲良くなってました。
「早坂くん、何でこんな問題もわからないのよ」
「うるさい、今解いてんだから集中させろ」
放課後の教室。
俺は目の前の問題を解きながら、机を挟んで向かい側に座る美少女に対してボヤいた。
彼女の名前は白神美雪。ストレートの黒髪ロングの、学校一可愛いと噂されているスクールカーストのトップだ。
現在、彼女に一週間後に差し迫ったテストに向けて勉強を教わっている最中だ。
「集中するような問題かしら」
「学年主席さまにはそうかもな。けど俺みたいな平均には十分難問なんだよ」
「あなたの成績は平均以下でしょう?」
「なんで知ってんの?」
「あなたのことは何でもお見通しよ」
「エスパーじゃないんだからさぁ……」
「ほらそこ、間違ってるわよ」
「あ、サンキュ」
「そこは式の展開が……」
白神が問題の解き方を説明してくれる。
さすが学年一位ということだけあって、教え方はとてもうまい。すんなり頭に入ってくる。
白神に教えられた通りに解いてみると、さっきまで苦戦していた問題はあっさり解けた。
「おお、解けた……」
苦手教科である数学については若干諦めていたところがあったので、自分の力で解く、という体験はかなり嬉しいものがあった。
「ありがとな、白神。このままいけば赤点は免れそうだ」
「良いのよ。これはあの時のお礼なんだから」
「……別にもう気にしなくていいのに」
スクールカーストのトップである白神と、普通の一般人である俺がなぜこのような関係を築くことになったのかは、とある事件に遡る。
あれは少し前、街中を歩いていた時のこと。
俺はちょうどしつこいナンパを受けている白神と遭遇した。
困っている彼女を見捨てることなど当然できるわけがなく、俺は白神と知り合いのふりをしてそのナンパから救い出した。
白神は感謝してお礼をする、と言ってきたのだが別に見返りを求めて行動したわけではないため、その場では別に気にする必要はないと伝え、颯爽と去った。
しかし翌日、律儀な白神は学校でお礼を伝えてきた。
そして「どうしても借りを返さないと落ち着かない」と言う白神に折れ、カフェで少し談笑することになった。
そこで生まれた関係はこうして今でも続いている。
白神は頬杖をついてニヤリと笑う。
「そうはいかないわ。こんなに心地よく話せる相手を手放すわけにはいかないわよ」
「確かに、そんな本性を曝け出したらクラスメイトはドン引きするだろうよ」
そう、実は白神美雪という女はクラスメイトの前では猫を被っているのだ。
愛想よく、誰からも好かれるような外面を。
間違ってもこんな性格の悪そうな笑顔なんて浮かべない。
白神がナンパから助けられた後どうしてもお話がしたいと言ってきたのは、俺がナンパにものすごい剣幕でキレる白神を見たからだった。口止めをするために話がしたかったのだ。
まぁ、そんなことから始まった俺たちの関係だが、話せば意外と気が合うことがわかり今ではこの通り毎日話す仲だ。
俺の「ドン引く」という言葉に白神は心配になったのか、少し不安そうな表情になり、俺の顔を覗き込んできた。
「早坂くんは引く……?」
不覚にもその表情が可愛い、と思ってしまった俺は少し照れながら答える。
「べ、別に、俺は嫌じゃない。お前も居心地がいいと感じてるみたいに、俺もお前と話してると落ち着くよ」
えらくこっ恥ずかしい言葉だが、俺の本心だった。
そもそも俺は本音を建前で隠した会話が苦手なのもあるし、俺にだけ向けられる歯に着せぬ物言いも時間が経って慣れてしまい、今ではすっかりこのやりとりがクセになっている。
それを伝えると白神はさっきまでの表情から一転、パッと明るい表情になった。
「そ、そう? あなたがそう思ってくれているなら良かったわ……」
それから二人の間に少し気恥ずかしい沈黙が流れた。
白神はニマニマとした笑顔を浮かべながら俯き、くるくると髪を指に巻き付け、俺は照れから話せなくる。
俺はその空気を何とか破壊しようといつものような軽口を叩く。
「まあ、それにお前顔いいしな。美少女を侍らせてると思えば自己肯定感が上がる」
「ふっ、当たり前でしょう? 学校一の美少女と言われる私と話して気分の良くならない男子なんていないわよ」
「認めちゃうのかよ……」
「当たり前でしょう? 事実だもの。それにあなたも自分が一番可愛いのに否定する女子なんて嫌いでしょう?」
「確かに……」
「まぁ、クラスメイトに「美少女だね」って言われても否定するけどね」
「バリバリ外面気にしてるじゃねえか! 少しだけ上がったお前の好感度を返せ」
「嫌よ」
白神はクスクスと笑う。
俺も釣られて笑った。
「私もあなたみたいに平均顔でもお話してくれる相手がいて嬉しいわよ」
「は? 何言ってんだ。俺はイケメンに決まってるだろ?」
「ああ、そういえば「そういう設定」あったわね」
「おい、やめろ。俺がまるでイケメンを自称しているイタい奴みたいだろ」
「え、違うの?」
白神は至極不思議そうに聞いてきた。
しかも可愛らしく首を傾げて。
俺はそのギャップのある仕草についイラッときて勢いよくツッコむ。
「んなわけあるか!」
「じゃあジョークだったのね。余りにも真に迫った言い方だったから勘違いしちゃったじゃない」
「だから違うって言ってんだろ! 俺はイケメンなんだって! ホラ見ろ!」
「どこからどう見ても平均顔だけど……?」
「くっ、この……!」
俺は何としても自分は平均顔ではないことを白神に認めさせるべく、論理を組み立てていく。
すると、白神があることを提案してきた。
「じゃあいいわ。早坂くんがそこまで言うなら、一つ勝負をしましょう」
「勝負?」
「ええ、今回の期末テストの点数で勝負しましょう」
「いや、それ絶対俺負けるじゃん……」
白神は学年首席。テストの点数で勝負して勝てるはずがない。
「それはもちろん分かってるわよ。だから、ハンデをあげる」
「どんなハンデだ」
「私は今回のテストで一番点数が低かった教科で、あなたは一番点数が高かった点数で勝負してあげる」
「ほう……」
それならば俺にも勝ち目はある。
「それで勝った方は一つ相手に何でも言うことを聞かせることができる……これでどう?」
白神が視線を振ってきたので俺は頷く。
「分かった。その勝負受ける」
「あら。案外決断が早かったわね。優柔不断なあなたのことだからてっきり腰が引けて受けないと思っていたけど」
「言ってろ。すぐに負かしてやる」
「楽しみにしてるわ」
白神は勝ち気に笑う。
一見不利に見えるこの戦い。
しかし俺には絶対に勝つためにの秘策があった。
俺は心の中で勝利を確信し、ほくそ笑む。
こうして俺たちは勝負することになった。
○
時の流れは早いもので、一週間などすぐに過ぎてテスト当日になった。
この一週間、俺は打倒白神のために勉強漬けだった。
しかし勉強した科目はただ一つ。
日本史だ。
この点数勝負においての必勝法は一つ。満点を取ること。
そして日本史は完全なる暗記科目だ。
そのため満点を取れる可能性が高い教科である日本史だけを勉強したというわけだ。
ちなみに、仕上がりは完璧だ。
テスト範囲は完璧に頭に入っている。教科書に書かれたどんな小さな文字でも見逃さずに暗記した。
つまり、俺が負けることはもうなくなったということだ。
そしてテストが始まった。
午前中は日本史とは関係のない教科だ。
勉強していないので不安だったが、手応え的に赤点になることはないだろう。
テストが終わり、昼休憩に入った。
そして昼休みを挟んだ後は大本命の教科、日本史だ。
少しでも復習しようと、教科書を広げながら弁当を食べようとしたとこと、俺の席まで白神がやってきた。
「早坂くん、お昼一緒に食べましょ?」
俺は驚いた。
今まで白神はこんな風に人前で接触してくることがなかったからだ。
いきなりスクールカーストトップの白神が一般人である俺に接触したことで、教室の空気も少し騒めく。
なぜあんな奴に話しかけたんだ?と言わんばかりの視線。
「……どういうつもりだよ」
白神は外面を気にする人間だ。
だからこそ今までパッとしない俺みたいな人間と深く関わっていることは見せることはなかったのに、どういう風の吹き回しがあって俺に話しかけたのか。
「別に、今日くらいいいでしょ? 一緒にお昼ごはん食べましょう?」
俺に拒否権は無い。というか、白神のお誘いを拒否したら俺が白い目で見られることになる。
「……分かった」
まあ、白神と一緒に昼食を食べるのはこれが初めてではない。
白神の意図は分からなかったが、ため息を着いて俺は席を立ち上がる。
恐らくこちらの戦況でも把握したいのだろう。
連れてこられたのはいつも使っている屋上。
本来は立ち入り禁止なのだが、白神はどこからか鍵を入手したらしく持っているのだ。
なので俺と食べていることを人に見られたくない白神は、俺と昼食を食べる時は屋上を使うのが常だった。
「なんで今日は話しかけてきたんだよ。いつもならスマホで呼び出すだろ」
「んー」
屋上には心地いい風が吹いている。
白神はなびく髪を耳にかけながら、はっきりとしないリアクションをとった。
「珍しくはっきりしないな」
「そういう気分だったの」
返ってきた答えもやっぱり曖昧だった。
「まあいい。早く食べようぜ。次のテストに備えたいし」
「そうね」
俺は適当なところに座ると、隣で白神もハンカチを地面に敷き、その上に座った。
お弁当を食べながら雑談を交わす。
「それでどうかしら。テストの調子は」
「赤点は回避した。まあ本命じゃないしな」
「ということは、やっぱりあなたは日本史で勝負するつもりなのね?」
「まあな」
俺はニヤリと笑う。
「言っとくが、仕上がりは完璧だぞ? 確実に満点は取れる」
「あら、驚いたわ。あなたがそんなに熱心に勉強に取り組むなんて」
「ふん、俺の実力を見誤ったな」
「早坂くんの最高得点が満点と言うことは、私の勝算は限りなく低くなってしまったようね。さすがに私も全教科満点は取れないし」
「だろうな。もう俺の勝ちは決まったようなもんだ」
俺は勝ち誇った表情で白神を見る。
しかし白神は全く悔しそうな顔は見せていなかった。
そこで、俺はずっと抱えていた違和感に気づいた。
点数勝負で暗記教科を選ぶ作戦なんて当たり前のことだ。
なのにあの白神が、勝負を持ちかける段階で、こんな初歩的なことを思いつかないはずがない。
何か俺は見落としを──
思考している途中で白神の声が挟まり、中断される。
「それは残念ね……勝負に勝ったら──付き合ってもらうつもりだったのに」
「………………は?」
「聞こえなかったかしら。付き合ってもらうつもりだったのよ」
白神は悪戯が成功した時のようにクスリと笑った。
「恋人になってもらうつもりだったの」
頭の処理が追いつかない。
俺は完全に白神の術中にはまっていた。
「お、おまっ、何言って……」
「はあ……それにしても残念ね。あなたの勝ちが確実ということはあなたと付き合ってもらえないってことだもの」
白神はわざとらしく、残念そうにため息をつく。
「ち、違……」
「ん? 何が違うのかしら」
なぜか俺は反射的にそれを否定しようとしてしまった。
その隙を見逃さず、白神は顔を近づけて質問してくる。
「い、いや……」
顔が近い。
なんだかいい匂いがする。
未だ混乱から回復しきっていないうえに、また燃料を投下された俺はついに頭がオーバーヒートしてモゴモゴとした返事しか返せなくなった。
そんな俺の様子を白神は面白そうに見ている。
俺は悟った。
白神は俺の浅はかな作戦など全てお見通しだったのだ。
自分が負け確実なのに落ち着いていたのも、ここで全て俺の心をぐちゃぐちゃに乱して作戦を台無しにできるから関係なかったのだ。
「ふふ、それじゃあ頑張ってね」
白神は最後にそう言うと立ち上がり、去っていった。
屋上には、頭がショートした俺だけが残されていた。
○
それから日本史のテストを受けたが、心ここにあらずの状態だった俺はろくに問題を解くことができなかった。
白神の言葉の意味や、次に会った時どんなことを言えばいいのかとか、そんなことをずっと考えていた。
そんな状態でうけたテストの点数はいい訳がない。
返ってきた結果はもちろん満点には程遠い点数だった。
テスト結果を見て意気消沈していると、白神から放課後教室に残っているように連絡が来た。
恐らく勝負の結果を確認するためだろう。
その勝負の結果は火を見るより明らかだが、ここで逃げるは男の恥。
俺は潔く勝負の結果を確認することに決めた。
放課後。
教室から誰もいなくなった頃。
俺はいつも通りに自分の席に座っていたところ、白神が俺の席の前までやってきた。
「こんにちは、早坂くん」
「……ああ」
白神はそう言って席に座ろうとするのだが、今回はなぜかいつもと違った。
いつもは俺の対面の席に座っているのに、今日は隣の席に座ったのだ。
俺が怪訝そうに眉を顰める。
「まあいいじゃない。今日くらい別に気にすることじゃないでしょう?」
確かにその通りだ。
多少の疑問はあれど、位置が変わった程度些細なことだと俺は思考を切り替えた。
そう、それよりも大事なことがある。
「それで、どうだったのかしら。一番点数の高い教科を見せてちょうだい」
「……」
俺は無言で日本史の答案用紙を差し出す。
「私の一番点数の低かったテストはこれよ」
白神はそうしてテスト用紙を出した。
結果はもちろん大差をつけて俺の負け。
白神は満足そうにふふん、と笑った。
「あら、私の勝ちね。どうしたのかしら。あんなに威勢よく「絶対に勝った」とか言ってたクセに」
「そっ、それは! お前が……」
俺は「お前が俺の心を揺さぶってきたからだろ!」と言おうとしたが、やめた。
今更そんなことを言い出すのは男らしくない。
勝負は勝負、俺の負けなのだ。
だが白神は首肯する。
「ええ、私が早坂くんに「勝ったら早坂くんに恋人になってもらうつもりだった」と言ったわね」
「……なんでそんなこと言ったんだよ」
「はぁ……頭が悪いのは知っていたけど、そんなことも分からないの?」
「くっ……うるせぇ!」
白神が呆れたように頭を振るが、テストの点数でも負けたし、言い返す術が無かった。
「それはね、あなたが好きだからよ。早坂くん」
白神の。
真っ直ぐ突き刺すような輝く瞳に。
俺の心は吸い込まれた。
「私、あなたが大好きで大好きでたまらないの」
隣に座っている白神が体を少しづつ寄せてきた。
俺はハッと意識を取り戻し、白神から距離を取ろうと態勢を後ろへ、後ろへと仰け反らせていく。
パシ、と白神に腕を掴まれた。
「私をさらけ出せるのはあなただけ。こんな想いを抱くのもあなただけ。こんな居心地がいいのもあなただけ。だから、あなたと恋人になりたいの」
仰け反るのも限界が来たが、白神はお構いなしに近づいてくる。
そして不安定だった姿勢はついに限界を迎えた。
俺は体勢を崩し、椅子から落ちた。俺の手を掴んでいた白神も一緒に。
「わっ」
「痛っ……」
背中の痛みに顔を顰めながら目を開ければ、白神が俺の上に覆いかぶさっていた。
長い黒髪がカーテンのように俺の顔を覆って、外の世界とは区切られた二人だけの世界が作り上げられている。
白神と目が合う。
そして彼女は俺に告白した。
「好きよ。付き合って」
「──」
白神の告白に対して、俺の答えは──
と、その時白神がニヤリと性格の悪そうな笑顔を浮かべた。
「だから、今回の勝負であなたにする命令は『私に一生従うこと』にするわ」
「……………………は?」
俺はまた何を言われているのか一瞬分からなかった。
そしてすぐに理解して白神に抗議する。
「なっ……! お前さっき俺にする命令は自分と付き合うことだって……」
「ええ、そう言ったわ」
「ならなんで──」
「だって、あなたもう私のこと好きでしょう?」
「っ」
息を呑んだ。
すぐそこで俺の目を覗き込む白神の瞳は、俺の心までも見透かしていた。
何も言い返せなくなった俺を見て白神は肩をすくめる。
「ほらね? だから、あなたが私と付き合うのはもう確定事項なの。命令権を使う必要なんてないわ」
「……重い女すぎるだろ」
俺は最後の足掻きでそんな憎まれ口を叩く。
しかし圧倒的優位に立っている白神はそんなものどこ吹く風で、余裕の笑みを浮かべ、俺のネクタイを引っ張った。
「そうよ。私、案外重い女なの。だからもう一生離さない。これは、そのための命令よ」
夕陽の差す放課後の教室。
俺はこの時から、白神美雪という女に囚われてしまった。
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