其ノ七 雨と悲しみの中で
ザアァァァァァ
強く降り続く雨に濡れながらエリスは立ち尽くし、レネは赤い血が滴るナイフを、血で真っ赤に染まった手で握りしめていた。
「―――――レネ」
レネはエリスの声に、はっと我に帰った。視線をたった今までナイフを突き付けていた妖魔の女から、エリスへと移す。
「あっ・・・・・・。私―――――」
「何故、ここに来た?」
「・・・・・・家族が、気になったんだ」
レネの言葉に、エリスの瞳が一瞬くもる。
「私には、家族が・・・・・・いたんだ。父と母と弟と―――――」
レネには二つ下の弟と、両親がいた。レネは幼い頃から気が強く、五歳のときには既に『妖魔狩り』になっていたという。だが、
妖魔を殺せるのなら、人間も平気で殺すんじゃないか?
スラム中で、そんなレネの噂が飛び交うようになり、しだいに人々はレネを避けるようになった。スラムの人々は、妖魔狩りの者がどんな者なのか、知らなかったのだ。もともと貧しい者たちの住むスラムに、国から大量の謝礼金が貰える裕福な妖魔狩りの者などいなかったから。
しだいにレネは両親にも敬遠されるようになり、レネを慕うものといえば弟くらいしかいなくなったのだという。そんな弟に嫌われたくないと、ここ数年、レネは妖魔を狩らず、妖魔狩りの証もポーチの奥深くに仕舞い込んでいたらしい。
しかし、数日前・・・・・・、
レネは弟と、激しい喧嘩をした。それはレネの弟が妖魔狩りの姉について、友人にからかわれ、除け者にされたためであった。そして、そのことについて口論となってしまったのだ。
「私なんて―――――いない方がいいんだろ!」
そう吐き捨てて、レネは家から出て来たらしい。そして、
出て行ったレネだけ助かり、後の家族は帰らぬ人となってしまった・・・・・・。
「―――――弟は、雨が苦手で嫌いだったんだ。だから、いつも雨の時は、私が一緒についてあげていた。今日も、雨が降ってきて、それで、弟が、気になって・・・・・・。ここに来てみたら、死体の山の中に、父と母と、弟の顔を見付けた。だから、
家族を殺した、こいつを殺した」
レネはその瞳を鋭く光らせ、血でぐっしょりと汚れ、切り裂かれて原型を留めていない女を冷ややかに見降ろした。
「・・・・・・レネ、埋葬するか。自らの手で、家族を―――――」
ザクッ、ザクッ、ザッ、ザッ、ザッ
雨が降りしきる中、小高い場所にあるスラムの共同墓地で、砂を掘る音だけが雨音に混じって聞こえてくる。
共同墓地にいるのは、エリスとレネ。その傍には小さな男の子の頭と体が切り離されている死体、内臓が抉り取られ、なくなっている女性の死体、四肢が切り離されている男性の死体の三つが横たわっていた。
ザッ、ザッ、ザッ
無表情に穴を掘るエリスと、
ザクッ、ザクッ
考え込む風に穴を懸命に掘るレネ。
穴はやがて大きく深くなり、穴の中に死体を一体ずつ、丁寧にレネとエリスは入れていった。
ザァッ、ザァッ
三つ納まった穴を土で塞ぐ。レネはその顔を少し歪め、作業をしていた。
やがて、三人の死体は土で覆い隠され、見えなくなってしまった。
「――――――」
レネが穴の方に俯き、何か呟いた。しかし、それが「さようなら」なのか、「ごめんなさい」なのか、「ありがとう」なのか。
それはレネ本人にしか、永遠に分からないことである。
暫く新しい土の盛り上がりの前で、レネは手をしっかりと合わせていた。と、
レネの頬を、ゆっくりと雨が伝い落ちた。
もしかしたら、それはレネの涙だったのかもしれない。
雨が降っているため、それも定かではなかった―――――。
「・・・・・・エリス、さん」
暫く手を合わせたのち、振り返ったレネは初めてエリスの名を呼んだ。
「私を・・・・・・弟子にしてください」
「ダメだ」
間髪入れず、エリスは普段通りの口調でそう答えた。
「!」
レネは一瞬目を見開き、口を開こうとしたが、すぐに肩を落として止めた。
「・・・・・・汝を弟子にする気はない。しかし、我について来たいのならば、勝手について来い。汝の好きなようにしろ。我が汝の師になったとしても、汝を守り切れる自信がないからな・・・・・・」
「・・・・・・本当、か」
「あぁ」
あっさりとそう言ったエリスに、レネは風のような素早さで深々とお辞儀をし、ありがとう、とかすれ声で言った。
「このような場所にいては、風邪をひく。取りあえず、エルピスのところへ行こう」
「はい」
エリスとレネは雨の中、歩み始めた―――――。
さてさて、其ノ七も無事書き上げました!!
今回内臓の部分の描写をしていて、
「内臓がないぞう」
とか、サブいギャグが頭の中を駆け抜け、思わず笑っていた作者です。はい。寒いですよ。氷点下は軽々越してますね。シリアスな場面で笑うなどという、緊張感の欠片もない作者ですが、今後ともよろしくお願いいたします。