其ノ四 スラム(上)
ボロボロで、藍色の袖をした丈の長い、丸首Tシャツ。その下には、黒っぽい短パンをはき、長いTシャツの上からベルトを締めている。ベルトには、ポーチが幾つか。
「・・・・・・エリス、あんたすごいの連れて来ちゃったわね」
妙齢の女性が、溜息混じりにそう言った。エリスとレネ、女性が今いるのは、女性が大家を務めているあるマンション。造りは石で、どちらかといえば、ホテルのような内装である。その中にある、少し大きな食堂に三人はいた。エリスは食堂の壁に寄りかかり、じっとレネを眺めていた。側には女性も立っている。レネは食堂の大きなテーブルの端の椅子に腰掛け、もくもくと食事をしていた。目の前には、妙齢の女性が作った料理が並ぶ。
「スラムの子供だからか?」
エリスはレネを見たまま、女性にそう言った。
「・・・・・・それもあるけど、エリスが誰かを連れてくるなんて、今まであったかしら?それなりに、理由でもあるの?」
「・・・・・・・・・・・・」
エリスは黙ったままであった。
「―――――話したくないのならいいけど。それで、あの子はこの後どうするの?」
「・・・・・・さぁな。スラムにでも帰すさ。あとはあの者の自由だ。あの者が望めば、ここに住まわしてやってくれ」
「エリス、悪いけどここは妖魔狩りの者たちしか、住まわせない決まりになっているの。その決まりを忘れていたの?教えたはずだけれど」
女性のその言葉に、ふっとエリスは俯いた。
レネが食事をする音だけが、食堂に聞こえていたが、やがてそれも止んだ。
カチン、というナイフとフォーク、皿の当たる音。ふとエリスが顔を上げると、食事を終え、椅子から降りようとしているレネの姿があった。その顔は最初に比べて随分紅く、健康的な色に染まったように見えた。
「満足か?」
エリスの問いに、こくりとレネは頷く。
「では行くぞ」
「・・・・・・何処へ?」
「もちろん、スラムへだ」
レネはその名を聞いた途端、複雑な表情をし、押し黙ってしまった。
「帰りたくないのか?」
「・・・・・・別に、そうじゃない」
ぶっきらぼうにレネは呟く。
「では何故だ?」
「家を、出てきたからだ。もう数日、帰ってない」
「そうか」
エリスは素気なく言った。
「ふぅん。エリスが他人に興味を持つなんて、珍しいわね」
妙齢の女性がクスリと笑い、そう言った。女性はその後、レネの側に行き、レネと同じ目の高さになるまでしゃがみ込んだ。
「まだ名乗ってなかったわね。私はエルピス。あっちがエリスね。よろしく、レネちゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
レネは黙ったまま、差し出されたエルピスの手を握り、握手をした。
「行くぞ。レネ」
こくん、と頷いたレネは、エルピスの手をそっと放し、出入り口に向かうエリスについて行った。
北の外れに近付くにつれ、人通りが少なくなってくる。
寂れた場所。暗い雲が光を遮る。
そんな場所にスラムはある。
その時―――、
「・・・・・・・・・・・・」
急にエリスが歩みを止め、立ち止ったのだ。レネはエリスより数歩先から、訝しそうに振り返った。
「―――――レネ。ここで待っていろ」
そう言うや、エリスはレネを腕でそっと道の脇へ追いやった。
「絶対に、ここを動くな」
エリスの緊迫した声に、レネも只ならぬものを感じたのだろう。黙って頷き、快諾した。
エリスはそのまま独りで、スラムの方へと歩み出す。
エリスの気にかかったもの。それは、
血の匂い、だった。
まだ真新しい生臭く、鼻を突くような鉄の匂い。人間の鼻では分からないような、ごく僅かな匂いではあったが。
「・・・・・・スラムで、一体何があったのだ?」
もっとも考えられること。それは、
スラムの人々が、妖魔に襲われた、ということである。
「急がねば・・・・・・」
近づくにつれ、強く、きつくなってくる血の匂いに、少し顔を歪め、エリスは呟いた。
「・・・・・・・・・・・・」
独り残された少女、レネ。
―――絶対に、ここを動くな―――
エリスに言われた言葉。その神妙な面持ちから、ただ事ではないことくらい、レネにも分かった。
そして、
ポツ、ポツ。
冷たく、黒ずんでいる石畳に、点々と跡が付けられる。
「雨・・・・・・」
レネはふいに虚空を見上げ、そう呟いた。空は重く、灰色の雲に覆われ、空の蒼などまったく見えない。
レネは顔を元に戻すと、トトトトトっと駆けて行った。
―――――スラムのある、方向へと。
今回は、前回より、少し短めになっております。
この土、日は投稿三昧だ―――!!と、いきたいところなのですが、県の通信陸上というものがありまして、一泊二日でこの土日は投稿ができません。
さらに、来週は期末テスト週間に入りますので、一週間ちょっとの間、この話は放置ingになってしまいます。
ご迷惑をおかけしますが、何とぞ宜しくお願いします。