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妖魔狩り  作者: 望月満
4/22

其ノ参 蒼の少女

 昼が過ぎ、昼飯を食べるには遅い時間を回ったころ。

ひたり、ひたり。

人々で(にぎ)わう店が多い大通りは騒がしい。その中を、漆黒の髪と、突き刺すような赤い瞳を持つ女性、エリスが歩いていた。エリスはいつも裸足だ。それは、足音をなるべく立てないためでもあり、妖魔としての習性のようなものでもある。

 エリスはいつもの白と黒のブラウス、襟が着物のような形をし、腰を帯で締めるタイプのワピースを着ていた。首にかかる『蒼』の首飾りを、エリスとすれ違う人々が、ちらちらと見て行く。

「あれが有名な妖魔狩りの妖魔だな」

「ありがたいことだけど・・・・・・ちょっとねぇ」

「私、結構(あこが)れてるんだぁ。―――私はまだ『漆』の珠だけど」

「どんな気持ちで狩ってんだろうな。仲間を」

 エリスへの非難(ひなん)や憧れの声が飛び交う。しかし、エリスはいつもの無表情をけして(くず)さなかった。

自分はそう言われても仕方のないことをしているのだから。それに、他人から自分への評価や意見になど、興味もなかった。

様々な声に囲まれながら、エリスは道を歩む。と、

その時―――――

「泥棒よ―――――!!」

 甲高(かんだか)い女性の悲鳴。この町ではよくあるのである。恵まれた者と、恵まれぬ者との差が激しいからだ。そして、

 

タタタタタタタタタッ!


速い。

エリスは人間より何倍も(すぐ)れた耳で、泥棒の足音を聞きつけ、そう思った。

「きゃっ!」「うわっ!」「えっ?」「ひゃあっ!」「あっぶね」「何だ?」

 エリスの前方からさざめきが起こる。そして、


タタタタタタタタタッ!


こちらへ駆けて来る者の姿を(とら)えた。かなりのスピードだ。

その刹那(せつな)

すっ

エリスは駆ける者が横を通り過ぎる直前に、足を出した。

「!!」

 泥棒はいきなり出された足をかわせる(はず)もなく、派手に転んでいた。さらに足がかかる寸前、エリスは足を少し()ったので、その分、ど派手に転倒(てんとう)する。

ドサッ!ザザザ―――。

腹から泥棒は転び、そのまま数メートル先まで(すべ)る。しかし、すぐに体制を立て直し、すっと立ち上がった。ギラリと瞳を(いか)らせ、エリスを睨む人物。エリスはその人物を見、表情には出さなかったが、内心少し驚いていた。

その人物は、幼い少女だったのだ。

大体十代の前半かそれ以下ほど。何より少女は、海のように深く、美しい蒼の瞳と、瞳の色より少し明るい蒼の髪をしていたのだ。少女の頬は血色が悪く、手も足も小枝のように細かった。

「ウウゥゥ・・・・・・」

 少女は、人間とは思えぬ獣じみた声で(うな)った。瞳はしっかりと、エリスを捉えている。エリスも冷酷に見えるその瞳で、少女の瞳をしっかりと見返していた。

ぶつかる、赤と青の光を宿した瞳。

「誰か―――!その子を捕まえて―――!!」

 少女は腕に小さなバッグを抱えていた。どうやらこれが、向こうで叫んでいる女性から盗み取ったものらしい。

少女は女性の声に反応して、タッと駆け出した。しかし、

ヒュッ!

少女の上から音がし、はっとして少女が足を()めた時には、

「!」

 目の前にエリスが立っていた。エリスはジャンプし、少女の上を飛び越していたのだ。

少女は舌打ちし、近くの路地に逃げ込もうときょろきょろした。が、

「動くな。動くと、その首が飛ぶぞ」

 少女が首を正位置(せいいち)にに戻した瞬間、首元にエリスの刀が()えられていたことに気が付いた。ひんやりとした(やいば)が、少女の柔らかい肉に、少し食い込んでいる。

少女は目をぎらつかせ、歯を()き出して唸った。

「・・・・・・まるで妖魔だな」

 エリスが冷ややかに言い放った。

しかし、この少女は妖魔ではない。

確かにその瞳は、鋭い光を宿している。だが、その光は元から持つものではなく、

飢えたときに発する、ギラついた光だ。

と、少女が一段と低く唸った。

瞬間―――――

首元に刀が突き付けられているというのに、少女はエリスに飛びかかって来たのだ。

ズパッ。

(わず)かに少女の白い首から、血が飛び散った。しかし、少女は気にする風もなく、エリスに飛びかかる。が、

「攻撃が甘い」

 エリスは飛びかかって来た少女の腕を、左手で軽々と受け止め、その棒きれのような細い腕を(ひね)った。

「うぐっ!」

 少女は背中を地面に打ち付け、呻き声をもらした。そのままエリスは少女の後ろでその腕を捻り、押さえつけた。右手に握っていた刀は、鞘におさめる。

「あのっ!」

 少女にバッグを盗まれていた女性が、側まで来ていた。エリスは、腕を捻った瞬間に少女が放していたバッグを拾い上げ、女性に(ほう)った。

「あ、ありがとう、ございます」

 女性は少し身を引き気味にしてそう言うと、(きびす)を返して駆けて行った。その瞬間、少し少女が落ち込んだような感じが腕から伝わってきた、ような気がした。

「―――――スラムの子供か」

 エリスはそう呟き、少し項垂(うなだ)れた少女を見つめる。

スラム。それはこの町の北の小さな一角にある。人々は荒れ、建物もほとんどが崩れており、そこに住む者の大半は、この少女のように盗みをして生きていた。

「どうするか・・・・・・」

 このままほっぽり出してもいいのだが、弱っているところを見る限り、この少女はここ数日、ろくに食べていないと分かる。



ザ――――――――



 ある日の雨の記憶。エリスの妖魔狩りとしての、

はじまりの日。

 エリスはどうしても、この少女が自分に重なって見えたのだった。

「―――――名は?」

 少女は最初、エリスに自分が何を聞かれたのか分からない、といった風な顔をしていた。

「お前の名は何だと聞いているのだ。・・・・・・無いのかもしれないが」

「・・・・・・・・・・・・エイレネ」

「エイレネ、か」

 エイレネ(平和)。激しい怒りや飢えの感情に身を任せ、暴れ、唸り声を上げていた少女とは、不釣(ふつ)り合いな名に思えた。

「良い名だな」

「レネ、と呼んでくれ」

 少女エイレネは、この(とし)にしては少し低く、しかしとても綺麗な声でそういった。

「ではレネ、ついて来い」

「・・・・・・?」

 眉を(ひそ)めるレネをよそに、エリスはレネの捻っていた腕を(ほど)き、その手を引いて歩きだした。

疲れた―――!!

ここまで打つのに、結構な時間と労力がかかってしまった・・・・・・。

さてさて、今回初登場の「エイレネ」。これまたギリシャ神話に登場する人物の名です。本編に記した通り、エイレネとは、平和を指す名です。

でわ。

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