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プロローグ

世の中がクソの上に成り立っていると分ったのは、アメリカと言う地に亡命した16歳の時だった。その年齢すら正直疑わしいが、そのわけは物心ついた時から遡る必要がある。


もっとも古い記憶は、南米の地でパーツがガタガタのAK47を握り、反政府ゲリラ共の下卑た視線が集まる前でトリガーを引き絞りながら必死に反動を押さえつけていた。


同年代の子供たちに比べて身体が大きかったとはいえ、7.62mmの反動は当時6歳くらいだったはずの女児には大きかった。


跳ね回る重心、矢継ぎ早に出てくる薬莢、巻き上がる砂煙と血しぶき。的にされた捕虜の悲鳴が木霊する。


躊躇いなど許されず、やるしか選択肢は無かった。しなければ変態共に奴隷として売られて慰み者にされる。戦場で使えることを示す。それが残された、唯一の生きる道だったのだから。


子供兵チャイルドソルジャーとして認められた私はそこで名前を与えられた。元々付けられた名前は記憶の断片にすらない。


『ミウ・クロウズ』


黄色い肌の色とアジア系の顔つきから日本好きな奴が名付けたファーストネームのミウ、黒く真っ直ぐな髪からカラスと言う意味のクロウズ。彼らからの銃以外で初めてにして唯一の宝となる贈り物だった。


その頃から銃把を握って生きるのに必死だった。様々な戦場で技術を身に着け、様々な戦いを覚え、生き残る術を学んでいった。


そして数年が経ち体が成熟して女らしくなってくると、他の連中の慰みものになったりした。変態共に売られた女の末路をビデオから知っていたので、そいつらよりはマシだと自分に言い聞かせながら。


そうやって生き抜いているうちに数年が経って子供兵の小隊を任されるようになった14歳の頃、悪夢と願いたい出来事があった。


隣の基地に物資の届け物をしている際、敵対している部隊と鉢合わせしてしまった。


こういった接敵はよくある。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。


相手は作戦行動中の北の国の特殊部隊だったのだ。


極限まで最適化された動きで即座に5.56mm弾で無力化されていくこちらには為す術など存在せず、持てる全てを使って逃げかえった。小隊の子供兵たちには早い段階で退却を指示していたのだが、自分以外は誰一人して生きて帰還できなかった。


帰った来たら来たで小隊を全滅させた責任と物資を奪われた責任でを負わされた。意図してないが、ポルノ雑誌にあるような身体に成長したおかげで殺されずに済んだと思うしかなかった。


それからだ。感情を殺すようになったのは。不思議とトリガーを引くときに一瞬の躊躇いが無くなった。


一兵卒としてやり直して死と隣人の関係を維持している中、反政府ゲリラ共は他国の援助を受けた政府によって壊滅、解体され、私はかつて自分の小隊を潰してくれた特殊部隊の所属する国、アメリカへ亡命することにしたのだった。ほかに頼れる国は知らなかったのだ。


戦闘技術を生かして傭兵として護衛がてらいくつか国を跨ぎ、安くはない金を出して買った偽装IDで国境をなんとか超えられればあとは簡単だった。


入国できたとしても出来る事と言えば、この国では大体違法だった。売春、殺し、盗み。ゲリラ時代に覚えたクルマの運転には自信があったので、ストリートレーサーなんかもやっていた。幸いだったのは警察に捕まらなかったこと。奴らは肌が白くないと容赦がなくなる。


そんなギャングの真似事をしていた20歳の時、つまり今だ。前にギャング同士の抗争に傭兵として手を貸した時に殺したギャングメンバーの弟だと名乗る奴が銃口をこちらに向けていた。


まだ10歳かそこらだろう。大き目のパーカーに着られている彼の黒い肌に強調されたような真っ直ぐな瞳には確固たる意志があった。


大してこちらは売りでもやろうかとクロップドタンクトップにショートパンツ姿で、お気に入りの白いダウンジャケットに袖を通しながらウィンストンのタバコに火を付け、根城にしているトレーラーハウスから出てきたところだ。


ゲリラの頃に鹵獲してから愛用しているカスタム1911の二挺のうち、一挺はトレーラーハウスの奥のキッチンだし、もう一挺は愛車の2009年式インプレッサSTIの中だ。


つまり、この子供はそのタウルスで私を殺せる立場にあり、その権利を有していることになる。さっきの回想は走馬灯のようなものと思ってもらいたい。


事態を打開するのは簡単だ。トレーラーハウスの奥まで走って愛銃を取るか彼のタウルスを奪えばいいのだから。難易度やこちらの物的な被害を鑑みれば、後者の方が良いだろう。


およそ5フィート(約1.5m)という、ほぼ目の前に突き付けられているので、トリガーを引く前に対処は出来る。


相手に分らない程度にゆっくりと腰を落として脚に力を入れようとした時だった。イレギュラーが発生したのは。


近くの道路で事故を起こしたトレーラーヘッドが勢いそのままに隣のトレーラーハウスにぶつかって破壊しながら横転、引っ張っていたトレーラーの荷台に載っていたブルドーザーがコチラに倒れてきたのだ。


脚が動く前にやることは決まっていた。これならこの子が殺人をする必要がなくなるのだ。


彼を突き飛ばす。その先は用水路だ。少しばかり濡れて臭いもあるが、無傷でいられるはずなので勘弁してもらいたい。押しつぶされる役をこっちが引き受けたのだから。


子供が銃を握る必要など無い。こちらのトレーラーハウスも破壊しながら頭上に向かってくるブルドーザーを目にしながら、ステイツに来て沸いた感情が頭をよぎった。






そこは真っ白な世界だった。死んだ先の地獄とはこんなにも何もない所なのか。


だが、身体はとても軽かった。抵抗のない水の中に浮いているような、そんな感覚だった。違和感はなく、むしろ心地よかった。


「ようこそ。歓迎するわ」


ハスキーな女の声。振り向くと、綺麗に整った長い銀髪と登記のように透明感のある白い肌、それに対し瞳は血のように赤く、目元は切れ長で鋭い。


しかし、その美しく整った顔立ちが浮かべる表情は慈悲深く、それでいて底が見えなかった。


「あら、ありがと。便宜上、話しやすくするためにこの姿にしているの。なんかジーザスとかブッダとか神とかいろんな呼び方で呼ばれているけど、好きに呼べばいいわ。私は気にしないから」


考えが読まれたようだ。神とか呼ばれている存在なら当然か。


軽そうな口調はそのカジュアルな服装にも表れていた。


胸元まで開けた黒いブラウスに真っ白なジャケット、下はエドウィンのダメージデニムにジョーダンのバスケットシューズ。被っている帽子はボルサリーノだろうか。


観察するような視線を感じたのか、オークリーのスポーツサングラスをかけた。ちらりと袖口から除く腕にはトライバル調のタトゥーが掘られている。


本当に神か? 色街を取り仕切る女ボスにこんな感じのがいた気がする。


「所詮、そんなもんよ。神の姿って人間が作り出した虚構でしかない。それに祈って救われた気でいるだけ。それで本人や周りのやる気が出ていい方向に事態が動くなら、それでも良いと思うわ。それに、私はどちらかと言うと観測者。ただ人間の営みを眺めてはたまに気まぐれを発揮するだけ。今回はその気まぐれに貴方が選ばれただけ」


とんでもない暴露話である。宗教家が聞いたら卒倒もんだろう。


でも確かに祈ったことなど一度たりとて無いが、ついさっきまで支障は無かった。


彼女が虚空に腰を下ろすとそこにオーク材のシンプルなダイニングチェアが現れた。そこで脚を組んで肘を立てると、まるで最初からそこにあったように丸いダイニングテーブルが現れる。


その上にはティーポットとティーカップが用意されており、彼女がティーポットを傾けると湯気をまとってカップに紅茶が注がれる。香りがこちらまで流れてくる。銘柄は分からない。


「あなたの生前を見たけど、本当によく今まで生きてこれたわね。ゲリラが壊滅した時点で死んでいてもおかしくはなかったのに、身に着けた戦闘技術と磨かれたセンスでさらに四年も生きた。私は評価しているのよ」


神とか呼ばれている存在に評価されても何があるのだろうか。特典があるのならウィンストンのタバコを吸いたい。そろそろ口が寂しくなってきたころだ。


「その程度、少しのあいだ我慢しなさいな。その類い稀な戦闘センスとそれに見合った高い身体能力を見込んで、もう少し自由で刺激的な世界で生きてみない?」


彼女はティーカップを口に運ぶ。その動作には一瞬のすきもなく、優雅で気品に溢れていた。


なかなか興味のある話だった。だが今更、クソの上に成り立つ安穏な生活が出来るとは思えない。


例え戦いが無い平和な世界だとしても、まともな生き方は出来ないだろう。そんな人生は知らないし、考えたくもなかった。


「宜しい、十分よ。あなたが居た世界で魔法があったらと言うifが存在した世界よ。すべては偶然且つ必然で成るべくして成った世界。簡単に言えば、ビデオゲームみたいな世界と思ってもらって構わないわ」


ビデオゲームとか、ストリートレーサーの仲間から貸してもらってやった程度だ。あまり知らない。


彼女はカップを音もなく置いた。


「何も赤ん坊からやり直せって言っているわけじゃないわ。そのままその世界の住人にしてあげる。聡い貴方なら順応できると思うの。私の気まぐれに付き合ってもらうことになるけど」


気にすることは無い。順応できるかどうか、理解が出来るかどうかは些細な問題でしかない。礼はウィンストン1ダースで構わない。今すぐ口に咥えて火を付けたい。


「そこまでヘビースモーカーじゃないでしょ。もちろん、お礼は用意しているわ。いわゆる不老不死イモータルってやつ。アンデッドともいわれてるわね」


待て。ゾンビになるのはご免だ。奴らはとろいし鈍いし腐っているし、マ○ケルはそんなに好きじゃない。それに、カニバリズムには全力で中指を立てる。スナッフビデオで吐くほど散々見せられたのだF○CK。


彼女はクスリと笑った。慌てて否定したのが滑稽だったのだろうか。


「安心しなさいな。アンデッドと言っても見た目は変わらないし、人間を食べる必要もないわ。何より、私は貴方の可愛い容姿は気に入っているの」


それはありがたいことで。5フィート7.7インチ(約172cm)の身長も鍛え抜かれた身体もアジア系ながら彫りの深い顔立ちも嫌いではない。よくサングラスで隠し、意図して切れ長に見えるようなメイクで誤魔化していた、くっきり開いた目元以外は。眉間に皺を寄せれば大分マシになるが。


「確かに、真剣な時の顔は凛々しくてそれも好きよ?」


彼女が立ち上がると、ラウンジチェアとテーブルは最初からなかったように消えた。紅茶の残りが気になるところだ。


「そろそろ時間ね。長々と付き合ってくれて感謝するわ。すべては初めから存在していたように溶け込み馴染む都合上、目が覚めたらちょっと不安定になるから記憶の整理をおススメするわ。じゃ、どう生きるか楽しみにしているわね」


最後まで彼女は軽い口調だった。指を鳴らされると視界は白く包まれ、夢でも見ていたような心地だった。

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