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①学院長の受難

〜リーセル達がまだ、国立魔術学院で勉強をしていた頃のお話です〜

 レイア王国には、高い魔力を持つ子どもたちだけに門戸が開かれる、二つの魔術学院がある。

 国立魔術学院と、王立魔術学院だ。

 この二つの学院は、魔術師を目指す子どもたちにとって、憧れの学び舎だった。

 両校とも王都近郊に位置し、国内最高峰の魔術習得機関だったが、受験日が同じであり、どちらかしか受けることができない。そのため設立以来、両校はライバル関係にあった。

 とはいえ学生達は卒業後、互いに協力しあって国を支える魔術師となるため、両校には人的交流を目的とした「生徒交換」制度があった。

 四年生の秋に、二週間程度の短い期間ではあるが、選抜された十名の生徒たちが互いの学校に通い、それぞれの授業を受け、生徒たちと交流し合うのだ。両校は同じレイア国内の王都近郊にあるものの、この制度を生徒達は「留学」と呼んでいた。

 この生徒交換は「留学」とはいえ、実際には遊びに行くようなものなので、生徒たちには大変人気の制度だった。だから毎年この「交換留学」には四年生のほぼ全員の生徒が申し込み、選抜テストを受けるものだった。


 ところがこの年、国立魔術学院には、選抜テストを申し込まなかった生徒が五名もいた。

 学院長は焦った。

 なぜならこの五名の中に、四年生の首席と次席がいたからだ。


「なんでなんだろうな〜。わからんな〜」


 学院長は熊のような体を揺すりながら、国立魔術学院の廊下を歩いた。 

 そもそも今年の四年生のこの五人は、学院長にとってそれぞれ色んな意味で扱いに困る、特殊な生徒たちだった。

 学院長は心の中で、彼らを密かに「五大問題児」と呼んでいた。

 明日の選抜テストを間近に控え、流石に直前すぎるかと思いつつも、諦めきれずにまずは校庭にいた色白の女生徒ーーシェルン州出身のシンシアを説得した。

 だが玉砕だった。

 ここ一週間、連日説得を試みてきたからか、シンシアは学院長と目が合うなり、花壇の掃除当番を投げ出して校庭へと逃げようとしたので、急いで追った。

「テストを受けてみるだけでもいいんだよ」

 と「気のいい中年」を演出しようと何度も副学院長に指導を受けて練習した笑顔を浮かべ、必死に説得した。


「ちょっとした力試しのつもりで、どうかな?」


 だがシンシアは怯え切った顔で、高速で頭を左右に振った。


「お、王立魔術学院はこの学院と違って、平民がほとんどいないと聞いてます。わ、私にはとても無理です」


 その小動物のように震える姿に、学院長も「説得は無理かもしれない」と諦めた。


 その後校庭の隅で級友と長い棒を振り回している男子生徒を発見し、危ないからやめなさいと注意しようと駆け寄りかけて、気がついた。その赤毛の生徒こそ、学院長が探している問題児のうちの一人だった。

 同じくシェルン州出身のマクシミリアン――通称マックだ。

 学院長は自分のほっぺたをパンパンと叩き、急いで再び笑顔を作ると、右手で持った棒をぶつけ合っている二人に声をかけた。


「君たち、今日も元気だねぇ。元気過ぎるくらいかな? ところで、それは何をしてるのかな?」

「学院長! 俺たち、槍試合の練習をしてるんです」

「そうかぁ。――そういえば、王立魔術学院の教師には、馬上槍大会の出場経験者がいたな! どうかな、ぜひ明日の選ばつテ…」

「俺、受けませんよ。二週間も練習出来ないと、腕がなまりますから。だいたい、俺が行ったら国立魔術学院の評判が悪くなるんじゃないですかね」


 そんなことはないよ! と即座に否定したかったが、なぜか学院長は言葉に詰まってしまった。

 マックの着崩した制服を前に、なんとなく彼の意見に同意してしまったのだ。宿敵・王立魔術学院の生徒たちに「国立は風紀が乱れている」などと勘違いされては困る。

 カンカン、カン、とマックが槍に見立てた棒で級友の待つ盾を突き始め、赤い髪を靡かせて槍試合の練習に没頭しだすと、学院長との会話はそこで終了してしまった。

 仕方がない。

 学院長は気持ちを切り替えて、三人目の問題児を探した。

 三人目の彼。

 彼は、いろんな意味で厄介な生徒だった。

 ギディオン・ランカスターだ。


(そもそも、ランカスター公爵家の嫡男が魔術学院に入学してくること自体が、異常事態なんだがなぁ……)


 四大貴族のおぼっちゃまは、魔術学院に迎え入れるには少し荷が重かった。

 未来のランカスター公に失礼がないよう、細心の注意を払わねばならない。

 もっとも当の本人は品行方正で、他の生徒の模範的な存在だ。

 学院長は校舎内に入りながら、グッと両手の拳を握りしめた。


(だからこそ! 超優等生のギディオン君だからこそ、王立魔術学院に見せつけたいのだが!!)


 正直なところ、交換留学制度は両校の教師陣にとっては胸の張り合いだ。

 より優秀な生徒がいるのは我が校だ、と自校の代表的な自慢の生徒達を見せつけてやるのが恒例となっている。見くびられてはたまらない。

 ギディオンならば、男女問わず他校の生徒達ばかりか、教師達も(とりこ)にしてくるに違いない。彼を見たあっちの生徒(主に女生徒)の弟妹たちが、来年からごっそりこちらを志望校に変えてくれる可能性が高い。

 ――が、問題はギディオンが選抜テストに申し込んでいないことだ。流石にテストを受けていない生徒を、王立に行かせることはできない。


「なんでかなぁ、いや勿体ない……」


 そう呟いた矢先、学院長は目標物を発見した。

 ギディオンは大量のプリントを抱え、校舎の廊下を歩いていた。肩にかけた布袋には、ガラスのビンがぎっしり詰め込まれている。級友たちが授業に使う道具を、運んでいるのだろう。彼は明らかに次の授業の支度を手伝わされていた。

 学院長は引きつる笑顔で駆け寄る。


「ギディオン君、重くないかい!?」


 どの教師だ、ランカスター公の嫡男にこんな重量物を運ばせているのは。

 学院長の焦りをよそに、ギディオンはさわやかな笑みを浮かべた。


「いいえ。意外と軽いんです。隣の棟までですし」

「そ、そうか。君は教室長をしているからな。先生をお手伝いして、本当に感心な生徒だ。――君のような立派な生徒こそ、交換留学に行くべきじゃないのかね」


 ギディオンはプリントを抱え直しながら、控えめな笑みを披露した。


「私より行きたがっている友達が、大勢います。彼らが行くべきだと思うのです」

「ぅあー、君はなんて紳士な生徒なんだ。しかし、しかしだね。君は単純明快に言ってしまえば、首席だ。四年生の首席というより、正直なところ全校生徒の首席だ。うん。だからこそ…」

「――四年の次席も、選抜テストを受けないと聞きました」


 ギディオンは足を止めて学院長を見上げた。

 次席本人から、テストを受けないと聞いたのではない。

 確信がないからこそ、この場で学院長から教えてもらいたかった。


「ああ、次席のリーセル君ね。そう、彼女も交換留学に興味がないみたいで、選抜テストを受けないんだよぉ。困ったことにね。君が彼女を受けるよう、説得してくれるかい?」


 ギディオンは思わず苦笑した。

 テストを受けない自分が、リーセルに「受けるべきだ」と主張しても、何の説得力もなさそうだ。

 それに。


「それは難しいと思います。――私は、……リーセルにどうやら嫌われておりますので」


「そんなことないと思うよぉ?」と適当な相槌を打ちつつも、学院長は心の中で納得してしまった。

 次席のリーセル・クロウ。

 黒髪に紫色の瞳を持つ、辺境貴族の彼女が、妙にギディオン・ランカスターを嫌っているのは教師の間でも有名な話だった。

 入学式の日、新入生代表としてギディオンは壇上に立っていた。整った顔立ちに、精悍な体つきの彼が颯爽と壇上を歩き、持参した原稿を堂々と読み上げた時。一年生は皆、初々しく自分達の代表を見上げていた。

 うっとりとした眼差しや、羨望の眼差し、或いは嫉妬の混ざった眼差し。

 だが一人だけ、リーセルだけは違った。彼女は憎悪のこもった目で、ギディオンを睨んでいた。なぜか真っ青な顔で。

 学院長が三年前のことを思い出していると、ギディオンは丁寧に頭を下げた。


「それでは授業の準備がありますので、ここで失礼します」

「ん? あっ、うん。ご苦労様…」


 だめだった。

 残るはあと二人だ。

 小さな溜め息をつくと、学院長は再び歩き出した。そして角を曲がったところで、早足で歩いてきた女生徒と正面衝突した。


「痛っ! 無礼者、どこを見て……って、学院長!!」


 熊すら威嚇できそうなほど鋭い目つきで学院長を睨み上げた直後、慌てて目尻を下げたのはキャサリンナ・ジュモーだ。たしかこの女生徒は「ギディオン親衛隊長」という異名を持っていた。

 キャサリンナは、急いで乱れた前髪と制服のスカートを整え、学院長を怒鳴りつけかけたことなど忘れたかのように、背筋を伸ばして急ごしらえの愛想笑いを浮かべている。

 さすが名門、ジュモー家の令嬢だ。と学院長は妙なところに感心した。


「キャサリンナ君、実は改めてお願いがあるんだよ。明日の選抜テストなんだけど、やっぱり受けてみないかい?」


 途端にキャサリンナの表情が曇る。自分に正直な生徒なのだ。

 さすが名門、ジュモー家の令嬢だ。と学院長は再度、感心した。


「ギディオンは受けるんですか?」

「あー、いや。受けないと言っている」

「それなら、私の答えは一択ですわ。受けません。私だけ合格してしまったら、困りますから」


 テストを受ければ自分が選ばれる、と根拠なく確信しているのが、キャサリンナらしかった。

 さすが名門、ジュモー家の令嬢だ。と学院長は三度(みたび)、感心した。


「そうなれば二週間もギディオンと会えなくなってしまいます!」

「うん、()()()の十四日だよ?」

「学院にいれば、毎日八時間はギディオンを観られるんです。全部で126時間分のギディオンを見逃すなんて。そんな手はありません!」

「いやぁ、考えようによってはたったの126時間じゃないかな?」

「十月一日のギディオンも、二日のギディオンも、三日のギディオンも、四日のギディオンも…」

「十四日のギディオン君も」


 長くなりそうなので、学院長は口を挟んで端折らせた。


「ええ、その全てのギディオンを観られないなんて、人生の大きな損失ですわ」


 学院長は返す言葉がなかった。キャサリンナはそれほどに自信満々だった。

 切なく立ち尽くしていると、キャサリンナがきっちりと縦に巻いた金色の髪を肩先から後ろに払いながら、口を開く。


「ギディオンを見かけませんでした? 私、彼を手伝おうと思って追いかけてきたんです」


 さっき隣の棟に歩いて行ったよ、と答えると学院長はキャサリンナから離れ、肩を落として最後の問題児のところに向かった。

 リーセル・クロウである。


 リーセルは階段で見つかった。

 今日は階段掃除の当番なのか、箒で一段一段、ホコリを端に寄せてから、下の段まで綺麗に掃いている。

 彼女は顔を上げるなり、少し困った表情で箒の手を止め、上段から降りてくる学院長を見上げた。

 夜空のような紫色の瞳が、困惑に曇って暗くなる。


「こんな所で会うなんて、奇遇だねぇ、リーセル君。ところで、交換留学について考え直さないかいかい? 君は地方出身だから、これを機会に王都に人脈を作れる良い機会だと思うんだ」


 予想通りの話題を振られたリーセルは、なんと断るべきか悩み、箒を握った。

 二度目の人生を今生きているリーセルにとって、王立魔術学院は所縁のある場所だ。

 前回の人生では国立ではなく、王立魔術学院に通っていたのだ。だからこそ、行く勇気が持てない。

 五年間を過ごした場所に、誰にも知られていない一生徒として入っていく自信がないのだ。

 妙に馴れ馴れしくしてしまうかもしれないし、反対に他人行儀にされて自分が傷つくかもしれない。


「ご配慮はありがたいんですけれど、人脈作りは考えていません。私、将来王都にとどまるつもりはないんです。故郷のバラルに就職する予定なので」


 リーセルにとってはそれが最大限の釈明だった。

 学院長は前半部分しか理解できなかった。後半は次席の発言とは思えなかったからだ。ただ、交換留学に全く興味がなさそうだということは理解できた。


(なんでだろう。みんな、本当に。今年の四年生はおかしな子たちばかりだよ……)


 学院長はがっくりと肩を落として、学院長室に戻っていった。






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