第四話
「んぅぅ……」
「あ、お姉ちゃん……起きた?」
「ふぁぁぁ……アリシア、おはよー」
フィリナは欠伸を吐き、眠そうに両手を上げ、固くなった体を伸ばしていた。
アリシアの方を見ると、アリシアは髪を綺麗に整え、皮で作られた安っぽいブーツや手袋、鎧などを整備している最中だった。
フィリナが昨日使った剣も、血や脂を水で洗い落とし、新品同様に研ぎ終わっていた。
アリシアは朝早く起きて作業に取り掛かっていたのだろう。手の薄皮が少し向けて、手が真っ赤になっていることに気づいた。
「あれ? 私の分もやってくれたの?」
「お姉ちゃん疲れてたでしょ? 私は昨日何もしてなかったからこれくらいはね」
そう言いながらアリシアは微笑んだ。
そんなアリシアを見てフィリナも自然と頬が緩み、アリシアの方に歩み寄る。
フィリナはアリシアの頭に手を置き、
「いつもありがとうアリシア。私の妹でいてくれて本当にありがとうね」
「……へへへ」
アリシアはフィリナに頭を優しく撫でられ、口を緩ませニヤニヤと微笑んだ。
「それで今日は冒険者ギルドに行くよね?」
「ん、そのつもり」
「じゃ、早く行った方がいいのかな……?」
「だね。まだ冒険者として登録もしてないし、何があるか分からないからね」
フィリナはアリシアと会話を交わしながら、整備してもらった皮のブーツや手袋、アリシアが身につけている鎧よりも、少しだけ頑丈そうな金属と皮を使った胸当てをつける。
先ほどまで白いレースの下着を身につけていたフィリナは、あっという間に冒険者らしい見た目に変わる。
こう見るとフィリナのような華奢な少女でも、装備をつけるだけで少し覇気を感じる気がするようでしなかった。
「よし! じゃ、行こうか」
フィリナは髪を整え、ちょっと薄汚れているピンク色のリボンで右側に髪をまとめた。
そして、アリシアが研磨した鉄の剣を鞘にしまい、その鞘を腰に紐で括り付けた。
フィリナとアリシアは宿屋の酒場で朝食のサンドイッチを軽く食べたあと、冒険者ギルドに向かってアストルフィールの街を歩く。
朝が早いにもかかわらず、アストルフィールの街は商人たちや冒険者、それにアストルフィールの住人の人々で溢れていた。
道の至る所に出ている露店には、到着したばかりなのか新鮮な食材や、物珍しい鉱石に珍しい薬草、まだ狩られたばかりの魔獣の素材がズラッと乱雑に並べられている。
そんな、まだ見ならない光景に2人はワクワクと興奮を覚え、より一層、冒険者ギルドに向かう歩みが徐々に早まっていた。
フィリナたちは宿屋から数分歩き冒険者ギルドに辿り着く。ギルドは宿屋からそこまで離れてなく、入り口には多くの冒険者がいる。
「……ここが冒険者ギルド
「なんか思ったよりも大きいね」
貿易商団ロレッカの本拠地よりも大きく、敷地も圧倒的に広い。
それに、外からでも訓練場のような場所まで見え、ギルドの横には酒場と、魔獣を解体する解体場まで並列して建てられていた。
さすがは有名な冒険者ギルドだ。
「行こうアリシア!」
「うん!」
フィリナは感動しながらもアリシアの手を引き、冒険者ギルドの重い扉を開く。その時、ギルドの扉の前で雑談を交わしていた冒険者たちが、こちらを気にした様子で見ていたことに疑問を思いながらも進んでいた。
「うわー、何この広さ……」
ギルド内は比較的綺麗で、中央に依頼を受け付けるカウンターのような場所が数箇所あり、並列する酒場から酒を持って、所々にあったテーブルで、依頼の内容を確認し合う冒険者の姿があった。
そして以来の受付カウンターの左右の壁には、両手両足では数え切れないほどの冒険者への依頼の紙が乱雑に張り出されていた。
「ねぇアリシア! あの人の装備! すごっ! うわあの人も……何あれ何の素材で作ったの!? いいなぁ……私も欲しい!」
「ちょ!? お姉ちゃん落ち着いてっ!」
冒険者ギルド内の光景に圧倒させるアリシアを置いて、フィリナは見慣れない冒険者の装備を見て、目をキラキラと輝かせる。
色々な人の装備を見ては「いいなぁ」と呟いている。そんなフィリナの様子を見て、アリシアは自分も興奮を抑えつつ、フィリナが暴走しないように手を繋いで抑えつけた。
「ほら、早く登録しに行くよ!」
「あー! 待ってあの装備が何なのか……」
「後で聞けばいいでしょ! ほーら!」
アリシアはフィリナの手を握りしめ、無理やりに受付カウンターまで引っ張る。その時、フィリナはコレまでに見たこともない残念そうな表情で子供のように駄々をこねていた。
そんなフィリナを見てアリシアはため息を大きく吐き、強引に手を引っ張った。
「こんにちは! アストルフィールの冒険者ギルドへようこそ! 依頼の受付でしょうか? それとも冒険者登録ですか?」
「あ、冒険者の登録です!」
「分かりました! ただいま書類を準備しますので、そのまま少々お待ち下さい」
受付の女性は受付カウンターの後ろに書類を取りに行く。
しばらくすると受付の女性は数枚の紙を持って、フィリナたちがいるカウンターまで戻ってくる。
「では、こちらに名前と年齢、それが終わりましたら、こちらの器具で血を数滴落として下さい」
受付の女性の指示のもと、フィリナとアリシアは渡された紙に自身の名前、年齢を羽ペンで書いた。そのあと、カウンターの前に置かれた魔法具のような物に親指を入れた。
「……いっ!」
少し経つと小さい針が親指に刺さり、ポタポタと親指から数滴血が流れ、魔力が感じられる銅で作られた金属の上に垂れ落ちた。
銅色の金属が真っ赤に染まる。
すると、何やら文字のような記号が浮かび、青色に光出した後、血が金属に吸収されたのかわからないが元々の色に戻った。
「……これでいいですか?」
「はい、確認しますのでお待ち下さい」
受付の女性はフィリナとアリシアから平たく小さな金属を受け取り、2人からは見えないカウンターの裏手に、書類と一緒に待って行った。その後、何やら魔法のような光がカウンターの後ろから見えると、受付の女性が先ほどの金属のプレートを丁寧に持っていた。
薄い銅のプレートは首にかけられるように穴が開けられ、チェーンが通されている。
「お待たせしました! 冒険者の登録はコレで完了です。先ずはこちらをどうぞ」
「コレは……?」
「コレは冒険者としての証です。等級は最初の銅等級からのスタートとなります。また、こちらは身分証としても使えます」
受付の女性は説明しながら、フィリナに銅の認識表と呼ばる金属プレート渡す。
認識表には名前と年齢が刻まれていた。
フィリナはそれを受け取ると静かに首の上から通した。その後、アリシアと同じように認識表を受け取り首にかけていた。
「依頼を受ける時は掲示板に貼られている依頼の受付等級が自身の等級と同じか低い依頼を取り、こちらの受付カウンターまで依頼の紙と等級を示す認識表をお待ち下さい」
「わかりました!」
「では、説明はこれで以上です! 今日から依頼を受けれますので、よろしければ掲示板をご覧下さい! お気をつけて!」
「はい! ありがとうございました!」
フィリナとアリシアは受付をしてくれた女性に深く頭を下げる。その様子を見て、受付の女性は初々しい2人を見て和みながら、頬を上げ微笑んでいた。
フィリナたちは依頼を早速受けるかどうか迷いながらカウンターを後にし振り返ると、目の前には見知らぬ男性が立っていた。
その男性は晴天を思わせるような青い髪を肩まで靡かせ、左の目には深い古傷が残っており、体の手の甲にも傷が見えた。
それに、この男性は装備も見たことのない魔獣の素材を使った鎧などを身につけ、背中にはフィリナの身長と同じ長さの槍を携えていたのだった。
見るからに高位の冒険者だろう。
「おい、エリザ。ちょっとギルマスのおじさんを呼んでくんね? あいつ裏に居んだろ?」
「急にどうしたんですかルストさん?」
「個人的な話があるんだよ」
「……わかりました。少しお待ち下さい」
ルストと呼ばれる男はフィリナとアリシアの進む道を阻みながら、先ほどの受付嬢のエリザに向かって軽口で会話を交わす。
そんなルストを見たアリシアは、道を塞がれていることにイラつき、怒り口調気味でルストに向かって声をかける。
「あの邪魔なんで退いてくれませんか?」
「ん? あー、それは無理な話だ。ちょっと嬢ちゃんたちにも用事があるんだよ」
「ーーなッ!?」
アリシアはルストの返事が予想のものとは違い、口を開けて驚きを露わにしていた。
そんなアリシアの頭をポンポンとルストは叩く。
「ちょ、触らないで下さい! な、何なんですか貴方!?」
「言ってなかったけ? 俺はルスト・ルレイドって言う名前で、ぼちぼちと冒険者として活動してる」
「貴方何かが冒険者なんですか……」
「なんだ嫌そうだな」
「嫌ですよ! 貴方のような礼儀知らずが冒険者なんて! 先ほど私の頭を触ったこと絶対に許しませんからね!」
アリシアはガミガミとルストを怒る。
そんなアリシアの言葉をルストは聞き流しながら、やめろと言われているのに、アリシアの頭をポンポンと子供をあやすように優しく叩いていた。
ルストに頭を触れられる度にアリシアは猫のように「シャァッー!」と威嚇をしながら、ルストに拳を振るも、ルストは欠伸を吐きながら最も簡単に避けていたのだった。
そんな様子を見てフィリナは少し笑う。
いつもは大人しいアリシアが、今日は珍しく自分以外の人と戯れているからだ。
しばらく経つと、受付のエリザが他の人とは比べ物にならない威圧感を出している、老けた中年の男を連れてきた。
「……何のようだルスト?」
「お、きたなエバンス。遅いんだよお前」
「それはすまない。で、何のようだ?」
「レイナから話は聞いてるだろ?」
「あぁ、例の件は聞いている」
額に大きな傷を残すエバンスよ言う名前の男は、ルストの問いにコクっと頷いた。
「なら、この嬢ちゃんたちに例の金を」
「ん? この子達がレイナの……」
「あぁ、レイナの恩人でもあり、俺の恩人でもあるフィリナ・アルカードとエリシア・アルカード……で合ってるよな?」
ルストはエバンスにそう言い、ルストの背後で待っていたフィリナとエリシアの方を振り向いた。
フィリナたちは何が何だかわからず辺りを見渡すが、しばらくして自分たちのことだと理解する。
「えっと、確かに私はフィリナで、こっちがアリシアですけど……?」
「ほら、俺の言った通りだろエバンス」
フィリナたちだけ話に置いていかれ、ルストは話を進めて行く。何が何だがわからないフィリナはやはりあわあわと慌てていた。
アリシアの方も何の話か理解できていない。
「……あの何の話なんですか?」
「ん? あぁ、昨日のガルムの件だよ。お嬢ちゃんがレイナの商団の奴と、俺の部下を助けてくれたんだろ?」
「え? 部下って……?」
「おう、俺の部下。四人冒険者助けたろ?」
ルストの言葉を聞いたフィリナはガルムの時に助けたルイと呼ばれる冒険者たちと、印象に深く根付いたジークを思い出した。
その瞬間に苛つきを思い出してしまう。
「その顔、よっぽど煩わせたようだな……すまない、うちの部下たちが……」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりルストさんって……」
「あぁ、俺がアストルフィールで活動する冒険者パーティ『青天鳥』のリーダーだ」
『青天鳥』はアストルフィールでは有名な冒険者パーティだ。一人の金等級の冒険者を筆頭に、多くの冒険者を育てた事や、数々の魔獣を討伐した功績をいくつも持っている。
そんな『青天鳥』のリーダーがフィリナとアリシアの目の前に立っていた。
二人は驚きのあまりその場に固まった。
まさか、この自由を象徴するような男が『青天鳥』のリーダーなんて思うはずもなかった。
特にアリシアは予想してなかっただろう。
今も何度も自分の頬をつねっている。
「改めて、ありがとうフィリナ。お前のおかげでルイたちやジークは助かった」
「あ、頭を上げて下さい!」
「いや、お前を危険に合わせたのは俺の部下のせいだ。頭を下げさせてくれ」
そう言いルストは深々と頭を裂け込んだ。
そんなルストの様子を周りの冒険者たちも何があったのかと思い興味津々だった。
他の冒険者からの視線が熱く、フィリナは少しだけ気恥ずくなり顔を赤く染める。
「もういいですよね!? る、ルストさん顔を上げて下さい……お願いですぅ……」
「あぁ、本当にありがとうフィリナ」
ルストは「ふぅ……」と深呼吸する。
「で、エバンス。アレを渡してくれ」
「本当にいいのか?」
「当たり前だ。この報酬はフィリナが受け取るのに相応しい。冒険者になる前でも、コイツらには受け取る資格があるはずだ」
「……お前がそこまで言うならわかった」
エバンスはルストの言葉を聞くと、カウンターの後ろから膨れた麻袋と、肩からかける小さな手提げ鞄を二つ持ってきた。
「これは……?」
「ガルムの討伐報酬だ。銀貨25枚とルストの要望で小さいが素材鞄を用意した」
「素材鞄!? いいんですかっ!?」
「俺からの礼だ。あと素材鞄の中にはフィリナが倒したガルムの素材を入れてある。売るなり、武器や防具に加工すらなり好きにしてくれ」
フィリナは素材鞄を受け取るや否や、新しい玩具を貰った子供のように嬉しがっていた。
素材鞄は大きさにもよるが値が張る品だ。
付与魔法を使う付与師により、鞄に収納魔法を付与されている。その為、見た目よりも多くの素材や物をしまう事ができる。
更に素材鞄の中は時間が止まっている為、回復薬や素材の品質が落ちなくて済む。
冒険者には欠かせない必需品であるが、生産量は少なく、市場に並ぶのも珍しいのだ。
それほどに素材鞄は貴重だった。
「ルストさん、ありがとうございます!」
「喜んでもらえて何よりだ」
フィリナは何度もルストに頭を下げた。
アリシアはと言うと、先ほど頭を勝手に触られた事をまだ根に持っているのか、嫌そうに表情を引き攣らせて頭を下げる。
フィリナたちはルストと一緒にエリザにお礼を述べたあと、カウンターから少し離れた場所で会話を交わし合っていた。
「これから依頼を受けるのかフィリナ?」
「今はどうしようか迷ってます」
「それなら少しだけ時間をくれないか?」
「時間ですか? いいですけど……なぜ?」
フィリナは不思議そうに首を横に傾ける。
「アイツと一回剣を交えて欲しいんだ」
「アイツ……?」
「ほら、そこにいるだろ」
ルストはそう言いギルド内の端の方で腕を組んでいた見覚えのある少年を指さす。
「げっ……あの人って……」
「フィリナは知ってるだろ。あそこにいるジークと一戦だけ剣を交えてくれ頼む!」
「ーーえぇ!? 私がですか!?」
ルストは両手を合わせフィリナに頼む。
まさかジークと戦ってくれなど思っても見なかったフィリナは少し戸惑った。
……どうしようと頭の中で考え込む。
「うーん」と唸り声をフィリナは上げた。
「やっぱりダメか?」
「いえ、わかりました、やります!」
「ありがとうフィリナ! お前なら良いと言ってくれると思ってたよ!」
ルストはパッと輝く笑顔を見せた。
「じゃ、俺とジークは先にあそこを進んだ先にある訓練場で準備をしておく。フィリナも準備ができたら来てくれ」
「わかりました!」
「じゃ、また後でな二人とも」
そう言いルストはジークを引き連れ、ギルドの奥にある訓練場に向かって行った。
その場はフィリナとアリシアの二人になる。
二人は互いに見つめ合った。
「行くのお姉ちゃん?」
「うん。これも貰ったし、それに私も自分の実力を思いっきり試してみたいしね」
「そっか。いつも私としか戦ってなかったもんね。いい腕試しって思えばいいのかな?」
「……だね! じゃ、行こうかアリシア」
そう言いフィリナはアリシアの手を取る。
そして、ルストたちの後を追うように、ゆっくりと訓練場に向かって行った。
ご覧いただきありがとうございます。
来年もよろしくお願い致します!