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第7話 盤外の対局

前回、無事レインに勝利した将暉。今、盤外で行われていた争いに終止符が打たれようとしていた。


※将暉とレインは入団とBランク相当の10万Gを賭けて対局していました。そこにルナとシンジが保証人として署名していたので対局のオッズは元の二倍(二人分)になります。

「負けました」


 全ての攻めを受け切られ、負けを悟ったレインが投了した。


 その瞬間[win]という文字が大きく表示され、その下には20万Gを入手しましたと書かれていた。どうやら俺とルナの二人分貰えるらしい。


 俺が確認のためにメインウィンドウを開いていると、レインは何も言わず立ち去った。対局後は感想戦をするのが普通だが、こちらも別に将棋をしに来たわけではないので好都合だ。


「どこまで行ってもマナー違反な対局だったな」


 俺はそう呟くと対局場を出た。それを合図にあれほど見事だった畳や盤駒は数字へ分解されて元通りの芝生にもどる。


 その様子を呆然と眺めていると、背後からルナが飛びついてきた。


 妙に柑橘系の香りがするのだが、この世界には香水とかもあるのだろうか……?


「マサ!信じてたよ」


 見るからに嬉しそうなその笑みを横目に俺は呟いた。


「これで勝ちだ」


「?」


 怪訝な表情をしながらも喜び続けるルナの向こうに腕組みをした男が立っていた。シンジは眼鏡を押し上げて顔を隠すようにしながら不敵に言う。


「いや、あのレインを倒すなんて流石だったよ。できればこんな手は使いたくなかったんだけどね……」


「まだ何かあるの?」


 ルナがうんざりと訊いた。


 そして、その問いに答えたのは俺だった。


「どうせ、お前の息のかかった喫茶店で飲み物代を跳ね上げたとかだろう?いくら二人分とはいえ、賭け将棋の強制対局は10万G相当のCランク。つまり……分かりやすく言うなら庶民価格ではない」


「あっ」


「その通り。その金額はね……」


 ルナの小さな叫びに対してシンジが不気味に告げる。未だに残るギャラリーのどよめきがその雰囲気を助長していた。


「一杯40万Gだ。二人合わせて80万Gとすれば到底初心者の君には払いきれまい?」


「紅茶一杯で40万ってぼったくり過ぎだろ……」


「いやいや、この僕に勧誘されただけで光栄だと思うんだね」


 コイツの価値観は理解に苦しむが、ルナのお陰で倍になった賞金の20万Gと強制対局で消費した5万Gを差し引いても55万G足りない。


「残念ながらレインが負けたからその金髪の子は諦めてもいい。だが彼を倒せるだけの棋力があれば十分だ。さあ、その少女の入団を賭けてもう一局指すか、それとも君一人だけ入団するか。どっちがいい?」


 Aランクの強制入団が使用できる以上、本来なら俺に選択肢はない。が、向こうもルナを入団させるにはもう一度賭け将棋をして『祭り』側が勝つ必要がある。多少のリスクを冒してでもルナを取り込みたいが故の挑発だろう。ジャイアントキリングは二度起きない、とかも考えていそうだが。


 まるで全ては自分の手の上だと、全能者にでもなったかのような素振りで見るからに上機嫌なシンジ。

隣のルナは頬を膨らませながら必死に「自分に構わずもう一局」とか言っているが、俺は将棋が嫌いだということを忘れたのだろうか。


 シンジはおそらく、


「仕方ない。入団する……」


「おお!」


「と、言うとでも思っているんだろうな」


 その瞬間、シンジが固まった。


 その呪縛から逃れようと必死な声が聞こえる。


「そ、その少女を巻き込むつもりかい?」


「ボクは良いって言ってるでしょ?早く対局相手を……」


「悪いが、俺はもう対局するつもりはない。何度でも言うが、俺は将棋が嫌いなんでね」


 そこまで言って俺はギャラリーに聞こえるようやや声を大にして言う。


「さて、『祭り』のシンジだったな。状況を整理しようか」


 さあ、茶番を終わらせるための茶番を始めよう。


「事の発端はルナがお前たちの勧誘を断ったこと。何を言ったのか知らないし興味もないが、所詮は勧誘。本来ならルナを追い回すよりも次の有望な人材を探しに行った方が理にかなっている。では何故そんなことをしたのか?」


「ボクに恨みを晴らすため?」


「違うな。そんなことで組織が動くとも考えにくいし、上に監視されながらしか動けないコイツ等にそんなことを決める権限がある様には思えない」


 俺の言葉にシンジが睨みつけてくる。


 もちろんそんなことで口を閉ざすつもりは毛頭ない。


「コイツ等の目的はもっと現金なものだ。具体的に言うならルナが追い詰められたところを部下の暴走という形で沈めたという体裁を取って信頼を得ること。まあ単に信用を得て勧誘したかったというよりは、何か聞きたい話があったようだがな」


 いわゆるマッチポンプだ。


 俺の言葉にルナが考え込むように呟く。


「異端審問制度」


「なんだそれ?」


「最近WSCで問題になってるシステムでね、棋士団の団員で裏切り者が出た時、お互いに嘘を付けない、心の声が聞こえる部屋に連れていかれるんだって。正式名称は『絆の場』だけど、みんな裏では異端審問場とか呼んでる」


「なら決まりだな」


 シンジが両腕を組み、震えながら必死に冷静を保とうとしている。


「好き勝手言ってくれるじゃないか。何か証拠でもあるのかい?」


 俺は迷わずこの世界で初めてルナと会った時を思い出す。


「ルナを追いかける時、随分と悠長な追いかけ方をしていたな。普通に考えてこれだけの人数がいながら街で少女一人捕獲できないなんておかしいだろう?俺達の行動を呼んで路地で挟み撃ちにできる程度には作戦を立てられるはずなのにな」


 シンジが部下を睨んで舌打ちし、法被の集団はそれぞれ顔を俯けている。


「そ、それは……そうだ!僕が手を貸したんだよ。詳細を何も知らされずに捕まえたい人物がいるから策戦を立ててくれと。そして内容が気になって追ってみたらあの場面に遭遇したわけだ!」


 辻褄は合っているだろう?と言いたげなドヤ顔が腹立たしい。


 というか……


「お前、本気で言っているのか?詳細は何も知らなかったと」


 俺のため息交じりの問いに


「もちろんだ」


 と、まさかの即答。


 まあここまで言ってしまった以上引き下がれないのだからハッタリとしては最善手か。こんなところで将棋のテクニックを応用しないでもらいたい。


 ……徹底的に論破してしまいたくなるじゃないか。


 俺は深く息を飲む。


「ならどうして監視されながらルナを勧誘した?どうしてルナがお前たちの訊きたいような情報を持っていると知っていた?どうして、対局する時にルナではなく俺を指名した?答えは簡単だ。お前は事前に知っていたんだよ、コイツかお前たちの欲しい情報を持っていることを。なんなら運営に問い合わせてお前の会話ログでも見せてもらえば証拠には十分だろうがな」


 何も知らされていない、なんて無駄に強調しなければよかったものを。とはいえ部分的に知っていたのなら、勧誘を断った人物を勧誘する非常識な集団として知られることとなる。どの道選択肢は無かったのだろう。


 悔しそうにシンジが奥歯を噛みながら言い返してくる。


「運営が個人の会話ログを見せる訳ないと思うがね?」


「飲食店で詐欺にあった、とでもいえば十分だ」


 その一言でついにシンジは沈黙した。


 一方でルナが少し不思議そうに訊いてくる。


「ボクを勧誘したいのは分かったけど……でも今回も断ったよ?」


「ああ。本来ならそこで断られたことで諦めなければならないような拙く杜撰な計画だったが、偶然俺が居合わせたことで首の皮一枚繋がったんだ。悪かったな」


「というと?」


 理解できていないのか、頭の上にクエスチョンマークを並べるルナ。


「具体的に言うなら80万Gという巨額を初心者の俺が支払えないことを知りながら請求する、そして勿論支払えないので負債システムが使用可能となる。後は適当に挑発してルナに連帯保証のサインをさせれば準備完了だ。レインが勝てば強制入団でお前は二人の部下を手に入れ、万が一負けても残りのGで強制入団を使えば彼以上の棋力をもつ部下を一人確保できるというどう転んでも確実に利益が得られる計画だった。そうだな?」


 フフと笑うシンジ。オーバーキルだったか?


 いかにも悪役だが、溢れ出す小物感。


 計画を詳らかに明るみにされて開き直ったようだ。


「ふふ。今更計画がバレたところで何の支障もない。一度棋士団に加入してしまえば運営といえども3か月は脱退させることが出来ないのが規則だ。そして君は総額80万Gを支払えないだろう。今、棋士団に加入させてしまえば……」


 上機嫌で開き直っているところ申し訳ないが、俺は先ほど確認した自分の所持残額を淡々と無慈悲に告げることにした。


「悪いな。ちょうど手持ちに80万Gある」


「バ、バカな。初心者のお前にそんな額……」


「あっ」


 驚愕するシンジに対して、ルナは何か気づいたようだった。


 

 俺は証明するようにメインウィンドウを開き通知欄に来ていた負債の項目からGの譲渡を選択した。


「本当にあるのか……」


 受け取りを確認して憔悴したようなシンジがそう呟く。

そう、俺は逃走中の路地裏で詰将棋を、宝箱を解いたのだ。そしてこれに先ほど入手した金額を全て合わせればちょうど80万Gだった。


 運営に報告すれば不正な料金の変動として取り返せるのかもしれないが、どうせ長居しない世界の通貨だ。大して気にすることでもあるまい。


「これで文句はないだろう?もっとも、まだ粘るなら運営を交えて相談してもいいが……」


 出来れば運営とは関わりたくないというのが本音だ。


 絶対に面倒なことになるから。


 俺の態度に諦めたのか、最後の脅し文句を聞いて諦めたのかは分からない。シンジは俺を睨みつけると


「まあいいだろう。今後は気を付けることだな」


 と捨て台詞を吐いて去って行った。


 ギャラリーから謎の拍手が沸き上がる。


 ルナが上目使いで頬を赤らめながら俺の瞳を覗き込んでくる。


「その、迷惑かけてゴメンね」


 そんな言われ方をすれば許せない訳ないだろうに。やはり美人は得だな。


 だがそのまま言えるはずもなく俺はそっぽを向きながら代わりに答えた。


「いいさ。仕返しはしたしな」


「……痛み分けでしょ?ボクのせいで80万Gも失っちゃったし」


「俺の損失は構わない。恐らくそろそろアイツも気づいているんじゃないか、自分のした最大の失敗にな」


 俺の含みのある言い方を理解できなかったのか、ルナはぽかんと口を開けていたがそんな様子姿すら絵になる。


 この一件で祭りの直営店は経営が厳しくなるだろう。俺がわざわざ探偵の真似ごとをしてまでシンジの思考を説明したのはギャラリーに『祭り』の直営店へ行くとカモられる危険がありますよと悪評を広めるためだ。


 悪評は迅速に広まるというのは古今東西の真理だから80万Gなんて話にならないほどの損害だろう。




 俺が完勝した余韻に浸っていると、唐突に空中からウィンドウが表れた。


[限定称号:真を知る者 ダアト を獲得しました]


「……称号?」


「どうしたの?」


 そう言ってルナが俺の横から覗き込んでくる。そして、その内容を見た瞬間、あっと何故か嬉しそうな、驚いたような声を漏らした。


「これって……」


「称号ってなんだ?」


「えーと、あっちで話そうか」


 そう言われるがまま、俺達はギャラリーから逃げるように適当に足を進める。どうやら他の人に聞かれたくないらしいが見るからに足取りが軽い。


「ところで何で棒銀なんて選んだの?」


「なんて、とは失敬な。棒銀は有力な戦法だぞ?」


 やはりここで話したくないということだろう。無言で立ち去るのも変なのでとりあえず質問に答える。


「俺を初心者と思わせてシンジの油断を誘いたかった。途中で逃げられると面倒だからな」


「それじゃあ、最初に長考してたのって挑発じゃなくて……」


「それも込みで色々考えていたんだ。マナー違反に違いないから咎められても文句は言えんが」


 ふーんと頷くたびに彼女のツインテールが揺れる。流れる髪に反射する光が眩しく、それ以上見つめることはできなかった。


 と、急にルナは真顔に戻ると別の問いかけをしてきた。


「ところでさ、マサって棋力どれくらいなの?得意戦法は?」


 今更だな、という感想が浮かぶ。だが、俺達はまだ今日であったばかりだ。これが自然かもしれない。かといって、素直に答える気もない。


「10級だ」


 ルナは一瞬きょとんとし、すぐに頬を膨らまして怒り出す。


「もう。秘密にしなくてもいいのに!」


「そういうお前はどうなんだ。あれほど長手数の詰将棋を簡単に解けるならかなりの高段者なんじゃないか」


 するとルナはこちらに顔を見せないまま小さな声で


「ボクも10級。将棋指せないから」


 と再度短く言った。


 どうやら先ほどの発言は本当だったらしい。決して仕返しといった甘い雰囲気ではなかった。


 ルナは続ける。


「そう言えばボクが何でWSCにいるか答えてなかったよね?」


 正直、もうあまり興味がないのだが……。


 まあ、聖稜館へ行く途中に絡まれる危険性もあるわけで。路地裏での反省としてルナについて訊いても悪くはないか。


「ボクはね、3人の大切な人を探してるんだ」


「多いな」


「まあね。多分だけどそのうちの一人が『祭り』の人が聞きたがってた話だと思う」


 シンジがあのお方、とか言っていたやつか。


「それと聖稜館にいる……私の将棋の師匠」


一人称が変わっている。きっと昔のことを思い出してでもいるのだろう。


「と、最後の一人がね」


 そう言ってルナがまっすぐ俺を見つめてくる。


「昔、ボクを救ってくれた恩人を探す事。数回しか会ったことないし、向こうがボクのことを覚えているか分からないけど……。でもボクにとって大事な、とても大事な人なんだ」


 そんな真直ぐな瞳で何か期待されても困る。



 残念ながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、将棋を捨てた俺には関係ないのだから。



 それにそんな今は存在しない人物を探し出してどうしたいのだろうか。


 確証もないし俺からルナに言えることは何もない。


 俺が視線を逸らすとルナは一瞬落胆した後、


「そ・れ・よ・り・も!」


 と誤魔化すように妙な区切りを入れながら俺の腕を軽く叩く。


 気付けばまた人通りのない路地裏へ来ていた。


「さっきの称号について訊きたいんでしょ?」


「それと聖稜館についてもな」


「そうだったね」


 それからルナはうーんと顎に手を当ててからゆっくりと口をひらいた。


「明日暇?」


「ああ。特に用事は無いな」


「なら、明日話すよ!」


 別に今からでも……と言いかけたが、彼女もこの後予定があるのだろう。そもそも初対面の俺にここまで教えてくれたのだ。文句を言う道理もあるまい。


「分かった」


「それじゃあ、また明日ね!」


 そう満面の笑みで去る少女を眺めながら俺はログアウトポイントへ向かった。


 WSCの街並みは時間と共に日の角度が変わる。去り際に見た町の風景は作り物じみた美しさを持っていた。



 それから一日もしないうちにネット掲示板で『祭り』が炎上したことは言うまでもなかった。


いかがでしたでしょうか。将棋物を書くなら絶対に盤外の頭脳戦を入れたいと思っていたのですが……。お楽しみいただけたなら幸いです。

今回で無事に第一章(?)を終えることができました。評価や感想お待ちしています!批判されれば根強く工夫し、褒められれば泣いて喜びます!。というか評価だけで感動して卒倒できるレベルですが(笑)

何はともあれここまでありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。

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