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第5話 賭け将棋

どうも春野仙です。ゲーム世界では現実でできないことが可能なのがいいですよね!ということを考えながらこの章は書きました。どちらかと言えばこの章は伏線扱いで説明チックなので徐々に改善していきたいと思います。

 ルナに店を連れ出されて歩くこと数分。


 とてもゲームとは思えない、いや、むしろ非現実であるからこそ生み出せる絵画のような河川敷に来ていた。


 眼下に広がる急斜面には緑の芝生が生い茂っており、所々にピンクや白の花が咲いている。


 見晴らしの場所へ来るとルナが立ち止まった。


「短気だな」


「別にいいでしょ?迷惑かけてないし」


「法被に追われた」


「でもコーヒーただで飲めたよ?」


「消費カロリーと摂取カロリーが釣り合わないが?」


「なら、案内代も込みでね」


 そう悪戯っぽく微笑む姿に不本意にも目を奪われてしまう。金を取るつもりだったのか、なんて軽口を言うつもりだったが出てきそうも無かった。


「マサは何で断ろうと思ったの?」


 彼女は前を向いたままでこちらに顔を向けない。


 俺はやや考えてから答える。


「不誠実な態度が気に食わなかった、といったところだ」


 具体的に言えば、利点しか話さない点。それに加えて交渉にも関わらず自分が上だと妙に信じているような俺の嫌いな高段者にありがちな癖。他にも店内数か所にあった隠しカメラなど断る要素満載だった。


 そして何より、


「マサは将棋好きじゃないんだもんね」


 俺の思考を先取りするルナが苦笑いを浮かべるがあと一歩踏み込みが足りない。


「惜しいな。『好きじゃない』ではなく『嫌い』なんだ」


「もう、せっかくオブラートに包んだのに」


「それで包んだつもりなら、中身が出ないようにもう二三重にした方が良いぞ」


 ふふ。という笑い声とともに金色のツインテールが揺れた。


 鏡のように川面がキラキラと輝いている。


「それで、一応聞くがルナは何で断ったんだ?」


「うーん。素直にムカついたっていうのもあるけど、あの人嘘ついてたから」


「……嘘くらい誰だってつくだろう」


「うん。別に人に嘘つくくらいは良いと思うよ。でも、自分に嘘は良くない」


 急に哲学っぽくなったな。


「あのシンジという男が自分に嘘をついていたと?」


「たぶんそう。なんとなくだけど、なんで自分がこんな事、っていう感じがしたから」


「結構ノリが良かったように思うが」


「見張られてたとか?証拠はないけど」


 ……証拠がない、と言うことはあの店内に仕掛けられた監視カメラに気付くことなく純粋に心理を読み取ったということだ。


 短気というより、人の感情に機敏なのかもしれない。


 何となく詫びるつもりで俺はあの場で見たものを思い出す。


「入口、マスターの棚、机、天井の一角。少なくともこの4点に監視カメラらしきアイテムが設置されていた」


「そうなの⁉気づいてたなら教えてよ!」


 その反応に満足しつつも膨れるルナを眺める。


 容姿も挙動も可愛らしい。性格にやや難ありだが破天荒とかお転婆と表現すれば彼女に惚れ込む男なんて腐るほどいるだろう。


 だが、俺は未だ彼女を信用していない。別に自分が利用されているなどとは思っていないし別に利用されていても目的が達成できるなら構わない。だが初対面の会話といい、人違いにも関わらず行動を共にしている点といい明らかに何か隠している。


 そして利用されることに問題は無くとも隠しごとをする人物を信用できるほど俺は善人では無かった。



 故に問うてみる。


「ルナは棋士団に入らないのか?将棋を指すなら入団した方が都合良く思えるが」


 するとルナは何故か微笑み、明るく聞こえる声で言った。


「ボク、将棋指せないから」


 俺は一瞬沈黙する。ルールが分からないという訳では無いだろう。詰将棋を解けている時点でダウトだ。


 行動と矛盾した、どこか腑に落ちる発言を分析しながら打算の正体に近づいていることを自覚する。そして俺はその核心へ触れる一手を見つけ出した。


「……なら、お前は何を求めてWSCにいるんだ?」


「ふふ。マサ、顔が怖いよ?」


 本当に恐怖していたらそんな軽口は言えないと思うがな。


 俺は表情を変えることなく沈黙を持って先を促す。


「ならさ、マサはなんでWSCに来たの?将棋嫌いなんでしょ?」


 人に聞くなら先に自分が話せということか?


 元々話す予定の話題である。


 俺は軽くため息をつき、ここへ来た経緯を端的に話した。


「昔世話になった人がWSCにいて、俺に見せたいものがあるそうだ。将棋は嫌いだからできれば断りたいんだが、返信をしても音沙汰ないし他に連絡手段もない。かといって恩人だから無下にもできない。だから諦めてここに来た」


 来ないで済む努力はしたのだ。


 将棋なんて二度と関わりたくなかった。


 呪いたくなるほどに嫌いだ。


 だが、やはりあの人を無視はできない。


「そっか。マサもボクと似た感じなんだね。それで、その人には会えたの?」


「……今日一日お前と一緒にいただろうが」


 俺が呆れながらそう言うとルナは頬を赤らめてそっぽを向いてしまう。


 なんとなく気まずい予感がして話を続けた。


「その人に会うためには聖稜館という場所に行かないといけなくてだな……」


「聖稜館⁉」


 その単語を聞いた途端ビクッと肩を震わせてこちらを見た。


 この反応は当たりだろう。ようやく聖稜館について知っている人物と出会えたことに安堵する。


 しかしながら、詳しく訊こうと思ったところでその如何にも三下な男の声が聞こえてきた。



「二人とも、待ってくれ!」



 残念ながら聖稜館の話はもう少し後になりそうだ。そして聖稜館についての手がかりを得た以上、ルナのWSCにいる目的について完全に興味を失ってしまった。


 俺は最速で聖稜館へ行く方法を検討したいのだが、流石にこの男、シンジが邪魔である。俺は冷たく一言言い放った。


「何だ?」


「君たち本当に入らないのかい?」


 これが営業スマイルというやつか。まあこれだけナチュラルに挑発できるのだから営業職には就かない方が世のためだろうが。


「君たちの棋力ならすぐにでも戦力になれるから好待遇だし、僕たちもあのお方についての情報を……」


 まるでここでひいては後がないように、諦めず説得を掛けてきたシンジが直ぐにしまった、というように口を閉ざす。


 ……何という盛大な自爆。


 とはいえその腹はさきほど聞いていたのでこちらの反応は薄い。俺の隣からも冷ややかな視線が注がれていた。


 だが、一人慌てているシンジは顔に影を落とすと高圧的な物言いに切り替えた。


「もういい。まどろっこしいことは無しだ。お前、彼と対局しろ。それで彼が勝ったら二人ともうちの団に入ってもらう」


 いい迷惑だ。


 それにお前というのは指をさされている俺のことだろうが、彼とは?


 そう思った矢先、シンジの後ろから茶髪の少年が現れた。赤いジャケットに青いジーンズ。ポケットに手を入れ余裕そうにこちらを睨む様子から察するにどうやら腕に自信があるらしい……がそこまで強くなさそうだな。本当に将棋が強い奴はもっと違うベクトルでオカシイのだ。


 俺は旧友を思い返しつつ目の前の威嚇する犬のような少年を無視する。


 その一方でシンジの言葉を解釈したルナが眉をひそめた。


「それは賭け将棋ということ?」


「そうだ」


 ルナの確認にシンジが頷く。


 俺もそれに続いて質問をした。だが、質問の宛先は話を中断させられたせいか不機嫌そうなルナだ。


「賭け将棋ってなんだ?」


「……ちょっと説明が難しいんだけどWSCのあらゆるものはA~Dでランク分けされていて、等価と認められたもの同士で取引ができるんだ。例えばCランク相当の駒とCランク相当の『称号』とかね」


「なら同じランクの物を持っていないと賭けができないのか?」


「そういう場合にはランクに応じたゴールドで代用できるよ。具体的にはAが50万、Bが10万、Cが5万、Dが1万G以下。例えばさっきのたこ焼きをかけるとDランク扱いになって上限で1万Gまで賭けられる」


 ……1万Gのたこ焼きなんてろくに味が分からないだろうな。


「で、それが入団と何の関係があるんだ?」


「WSCでは一部プレイヤーの行動も相当するランクで強制できるの。例えば強制入団させるならAランク相当」


「ということは50万G払えば誰でも強制的に入団させられるのか?」


「ううん。あくまで賭けだったり借金っていう行為の対価として払うだけだから買収したりは出来ないよ」


 要するに体で払うってやつだな。健全な意味で……。


 俺が何となく理解したことを察したのかシンジが喜々として割り込んで来る。


「少年、一ついいことを教えてあげよう。賭け将棋でプレイヤーの行動を強制する内容はワンランク下の扱いになる。つまり、強制入団はBランク相当で10万Gで賭けができるんだ!」


 要するにAランクの要請内容をBランク扱いできるということか。


 運営の賭け対局を促す制度だろう。


 だが、それ以前に賭け将棋ではワンランク下がる、ということは……。


「他にプレイヤーの行動を縛るシステムってあるのか?」


「うん。有名なのは負債かな。ゴールド同士を賭けた賭け将棋した時によく出てきて、文字通り借金すると額に応じたランクの報酬を相手から得られる。他にも取引とかいろいろあるけど……」


 苦笑いするルナを横目に俺の脳内では様々な可能性が思い浮かぶ。


 が、こんな対局断ればいい。そもそも俺が挑戦を受ける必要性は皆無なのだ。


「では早速始めようか」


 すっかり対局を始める気のシンジに俺は冷たい声で言った。


「断る。なぜ俺が将棋をしなければならない」


「相手がレインと知って勝てないから逃げようっていうことかな?」


 あからさまに挑発してくるシンジに全駒でもしてやろうかと思うが、そんな安い挑発に乗るほど俺もお人好しではない。俺はさっさと聖稜館へ行ってこんな世界から抜け出したいのだ。


 よって返答は、


「解釈はご自由に」


 という至極簡単なものになる。


 俺が立ち去ろうとすると、どこからともなく法被の集団が表れて俺達を取り囲んだ。暴力が禁止されているこの世界では物理的に押しのけることができない。


 勝ち誇ったようにシンジが告げる。


「できればこの手を使いたくなかったんだけどね。あの喫茶店で君たちは僕に借金をしているんだ」


 その言葉にハッとしたのかルナが慌て出す。


「ふふ。よく思い出してごらん?僕は『君たちはお代を払わなくていい』と言っただけだ」


「そんなの……」


 詐欺だ、というのは簡単だが実際問題これは俺達の失敗だ。こちらが早とちりしただけで向こうに非が在るとは言い切れない。


「支払いは全部その初心者君に付けてあるから君は安心していいよ。そして負債のシステムでランクCの賭け将棋の強制対局を使う。プレイヤー、ショウ。レインと対局しろ」


 それにしても大体向こうの意図は分かった。


 おそらくこの世界の値段設定的に上限値まで引き上げても強制入団を利用できるほどの負債を負わせることはできなかったのだろう。だから対局を用いて掛け金を下げた状態で仕留めると。


 コイツに名乗っただろうかと疑問を覚えたのも束の間。目の前にウィンドウが表れ、「賭け将棋、対局申請をします」と表示され、レインと呼ばれた少年へ向かって紙が折鶴になり飛んでいった。


 それを受け取ったレインが何か操作すると突如、俺とレインの間の空間が数字に化け、気づけば七寸近くある足つきの将棋盤と駒台があった。先ほどまでは草が生い茂っていた場所には金色の畳に紫の座布団が置いてある。


 隣にいるルナの手がにわかに震えていた。


「ごめん、ボクが迂闊だったよ」


「気にするな。これが終ったら聖稜館について教えてくれ」


「うん!」


 念のため聖稜館という単語は声を潜めて伝えた。


 ルナの返事に周囲が「何を話してたんだ?」と騒めいているが気にしないことにする。


「それにしても、ギャラリー多くないか?」


「そうだね。もともとあまり人が少ない場所だったけど、これだけ騒いでれば……。それにそのレインって人はこの前の新人戦で優勝してそれなりに有名だから」


「要するに実力者が対局するから観戦しに来たって訳か」


 ルナが肯定してこくんと頷く。


 皮肉にも それにしてもこの弱者に気を使わない、強者が優先されるという価値観が今日一番将棋の世界へ入ってきたことを感じさせてくれた。



 俺は光を感じなくなった川面を眺めつつ、燻る苛立ちと連れて対局場へ向かった。


今回は賭け将棋の基本的なシステムを理解してもらおうと思った回です(笑)

数話後にまた出て来るのでその時は前書きにでも纏めます。

次回からはいよいよ対局。是非お楽しみください!

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