第4話 棋士団
どうも春野仙です。予告通り無事に更新できて一安心しています。どうぞお楽しみください!
気付けば俺とルナは薄汚れた路地裏で法被を着た集団に挟み撃ちにされていた。
「道を開けてはもらえないか?」
控えめに声を掛けてみるが返事は無い。
無論黙認という訳ではなく、取り合うまでも無いという相手の意思の表れだろう。
あくまでWSCは非肉弾系のVRゲームである以上、この世界での暴力は禁止されている。時代錯誤な表現を厭わないなら「拳で語るなら盤上で語れ」と言ったところか。
一方で隣にいるルナは怯えるような可愛らしい仕草は一切なく、ただ辟易とした様子で法被集団に嫌悪の視線を向けていた。
そういえば、と今更になって思い出す。彼女曰く彼らはストーカーのようなものらしいがそれ以上の詳細は聞いていない。
俺は声を潜めてルナに問う。
「お前、何をしたんだ?」
「人聞きが悪いこと言わないで。ボクは何もしてないよ」
「何もしてなかったらこんな事にはならないだろうが」
「うっ。正論はズルい……」
秒でルナが言葉を詰まらした。
しばしの間の後、ルナは堂々と告げた。
「棋士団に勧誘されたのを断っただけ!ちょっと言い過ぎたかもしれないけど……」
「……ちょっと?」
俺は確認の意を込めて法被達を一瞥する。
たじろぎながらも一人が力強く答えた。
「確かに俺達も強引だったかもしれない。だが、お前のせいで多くの仲間がWSCを辞めたんだ!」
それに続く様に他の法被達が続く。
「ああ。俺達の多くが心に傷を負った!」
「そうだ。あんな非人道的なことよく口にできるな!」
前後から浴びせられる罵声にルナ少し肩を震わせている。
本当に何を言ったんだコイツ。
そして法被達よ、少女の一言で心に傷を負うような繊細な性格だったんだな。
失笑と驚愕が混ざり合い、改めて禄でもない世界に来たことを痛感する。
とはいえ大体の事情は理解した。
ただ、こいつらの目的はなんだ?
謝罪の要求、仕返しなどがベタだが、それにしては必死過ぎるし下らない。
残る可能性は……まさかな。
だが俺が口を開くよりも早く、突如として狭い路地に柏手を打つ音が鳴り響いた。その場にいた全員の視線がそちらに集まる。
「はいはい。それ以上は見苦しいよ」
まるで教祖でも現れたかのように声と共に法被たちが頭を下げた。
正面の人垣がまるで伝説の水のように開くと、一人の青年が歩き出てきた。短く整えられた髪に黒縁の眼鏡。高い背に合ったスーツの胸元に団扇のエンブレムがついている。
どうやらこの集団のお偉いさんらしい。
「部下が見苦しい真似をしたね。この通りだ」
そう言って青年が軽く頭を下げる。
一瞬拍子抜けした様子を見せつつもルナは腕を組んで男を牽制するように睨みながら答えた。
「次に過度な勧誘とか次に同じことやったら運営に通報するからね?」
「分かった。徹底させることを約束するよ」
そう余裕気に顔を上げた男は安堵というよりも全て予想通りと言わんばかりだ。そして、あまりルナの話を聞いた素振りがない。
「それとは別に君たちと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
俺達は顔を見合わせる。
ルナの目が明らかに怪しいと訴えていた。
「ここで話すのもなんだから付いて来てもらえるかい?」
そう一方的に告げて青年は今来た道を引き返す。明らかに裏がある話し方だがこの場を抜け出すにはついて行くしかない。
横にいる不安げなルナに目配せをすると彼女は軽く頷いたのだった。
案内されたのは同じエリアの喫茶店だ。俺達はテーブルを挟んでルナと青年が向き合うように、俺はルナの隣に座っている。なお、法被達はあの後すぐに散っていった。まるで事前に示し合わせていたかのように。
喫茶店の中は間接照明のみでやや薄暗く、それが店の渋さを出していた。ここはNPCの運営するショップではなくプレイヤーが営むプライベートエリア(特定の個人がGを払うことで得られる空間で、プレイヤーがゲーム内で開業する場合やゲーム内に家を持ちたいときに良く使われる、と言うことをルナが食べ歩きながら長々と説明してくれていた)で、注文するとマスターが飲み物を淹れてくれるただの喫茶店だった。しかし、飲み物も味や香りなど細かく再現されており分量や淹れ方で味に差がでるらしい。
メニューを見ることも無く、ここへ連れてきた張本人が問うてくる。
「君たちはコーヒーと紅茶どっちが好み?」
「「紅茶で」」
無駄に言葉が重なった。
ルナが意外そうにこちらを見ているが、男子は皆コーヒーが好きとでも思っているのだろうか?
まあ、確かに苦いコーヒーを無理して飲んでいた時期もあったが……そんな幼さは卒業したのだ。
やがて注文したコーヒーと紅茶が二つ(前者が青年、後者が俺とルナが頼んだものだった)をマスターから渡されてたNPCが運んでくる。
「君たちは払わなくていいよ」
目の前の青年が張り付けたような笑顔で告げた。
今は深く考えるまい。
まず、各々が一口ずつ飲んだ。
口の中に広がるダージリンの風味とミルクの滑らかな口当たりに砂糖のさっぱりとした甘さ。少なくともここがゲームの世界であることを忘れるには十分だった。
全員がカップを置くのを合図に青年が口火を切る。
「では、改めてまして。僕の名前はシンジ。棋士団『祭り』の幹部をしています」
礼儀正しい言葉使いと固い態度から何となく気を抜けない相手だ、という雰囲気を出そうと頑張っているのは伝わってくる。ただ、妙に視線が店内を泳いでいるので、緊張どころか向こうの企みも何となくわかってしまった。
それとは別に、俺は棋士団とは何かと小声でルナに問う。
「棋士団っていうのは文字通り将棋指しの集団。それぞれ拠点エリアを持てるのが特徴で人数上限はランク次第かな。定期的に団体戦とかも開かれてるよ」
ルナの説明を補足するようにシンジが続ける。
「拠点って言ってもプライベートエリアとは違って、小さな町なんだ。簡単なアイテムショップや道場、NPCの店とかもあるけど、意義として大きいのは団員には全員がプライベートエリア扱いの家を与えられること。普通に買うとかなり高いような物件も無料で提供されるしね」
へえ、くらいには心を動かされた。
「だが将棋指すのに必要か?」
「まあ、単に対局するだけなら別にいらないけど……」
ルナの返答を引き継いだのはシンジだった。
「プライベートスペースでの対局は公開非公開を決められるんだ」
それが?と俺は黙ることで促す。
「基本的にどこで対局しても棋譜の残るWSCで棋譜の残らない対局が可能とはどういうことか分かるかい?」
「……定石研究か?」
「その通り!」
シンジはわざとらしく大きく頷いた。どうやら台本に合流したらしくこれまでよりも流暢に続ける。
「現代将棋の胆ともいえる定石研究。それもただ非公開にできるだけではなく、付き人NPCという形で運営が用意した先端ソフトを借りることも可能だ」
ここで怒涛の勢いが止まり、わざとらしい間が生まれる。眼鏡を人差し指で抑え、顔を隠すようにしてゆっくりと、改めて俺とルナを、特に後者を見て言った。
「どうだい?改めて棋士団のメリットは分かっただろう?他にも支配エリアの数に応じてゴールドなどいろいろな特権が得られる」
「そうだね」
ルナはどうでもいいというように棒読みで頷く。それを良しと取ったのか、二人の温度差を気にも留めずシンジは急に声を大にして告げた。
「そこでだ。今回の謝罪の意味を含めて、本来なら入団試験が必要なところを、特別に、試験免除で許可したいと思う!」
何となく声がエコーした気がした。途中からテレビショッピングでも見ていたような気分だったが、よもや抑揚の付け方でシステムによるエコー補正があったりするのだろうか。
戸惑ったようなルナが両手を前にしつつ遠慮がちに口を開く。
「えっと」
「いやいや、お礼なんていいんだ。謝罪の一環なんだから」
人の話しを聞かないタイプか、緊張して台本通りにしか話せない残念な奴か。
この男、事の発端を知らないのか?それとも知っていて強引にでもルナを引き入れたいのか?
シンジの本心は不明だが、ルナが目に見えて不機嫌になったということは分かった。
先ほど過度な勧誘に釘を刺したばかりなのに、この短時間でこんなことを言われたら流石に腹が立つのも仕方ないというものだ。
そしてそんな状況に追い打ちをかけるようにシンジは言った。
「ただ、棋士団に入るついでに一人の女の子について話を聞きた……」
「ボク達は入らないから。行くよ、マサ」
我慢の限界だったのか、そう冷たく言い放って立ち上がるとルナは足早に出口へと向かった。無論、俺も後を追う。
「ご馳走様。じゃあね」
振り向きざま視界に入った、残されたシンジの驚愕に満ちた顔が印象的だった。
いかがだったでしょうか。冒頭部の下りを回収するにはあと1,2話くらい必要そうです(笑)
今後も応援していただけると幸いです。




