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第1話 WSC

今回から本編へ入ります。将棋を題材ということでどう進めるのか試行錯誤していますが、ボチボチと書き進めますのでお楽しみいただければ幸いです。

 手足を動かし、正常な感覚があることを確かめる。


 疑似的な重力が俺を縛り付けていた。


 周囲には鏡があり自分の容姿が確認できた。


 この世界ではキャラメイキングが存在せず、髪の色や長さを変更できる程度だ。よって左右の壁に飾られた巨大な鏡には現実と遜色ない冴えない顔が映っていた。ただ、いかにもつまらなそうな表情まで再現されているのはリアルの対局に近づけるよう開発に拘った結果だろう。


 服装は初期設定の見慣れない制服を着ており、それだけがこの世界をゲームだと教えてくれた。


 軽く体を動かすがてら周囲を見渡す。


 左右には知らないレンガの壁に取り付けられた先ほどの姿見があり、背後には無限廊下が続いている。そして正面には階段が見えた。


 他に選択肢が無いので道なりに進み階段を降りる。足を踏みしめる感覚は現実よりも体が軽くて心地良かった。


 小さな踊り場で折り返し、さらに降りると目の間に予想外の景色が現れた。


「ほう」と感嘆が漏れる。


 そこは将棋の書籍やら駒、扇子などが所狭しと並ぶアイテムショップだった。駒は設定で変更できるだけ、本もただの電子書籍だが現実の店と遜色ない。


「どっちが現実か区別がつかなくなりそうだな」


 もっともこんな世界が現実なら意地でも抜け出してやるが。


 俺がショップへ足を入れるとNPCと名札を付けたレジ員が唐突に声を掛けてきた。


「こちらで受付を済ませてください」


 ユーザーネームの登録場所が無く疑問に思っていたが、どうやらここらしい。


 面倒だと思いながらもレジの前に立つと目の前に操作ウィンドウが出現した。


 異次元に置かれたような文字を読み取り、五十音を発音、簡単な書き取りをする。


 どうやら代指し疑惑が出た時に本人の証明として使う他、ここでAIを弾いているようだ。


 数分でそれらの試験を済ませると


「それではお名前を教えてください」


 というNPCの言葉と共に、再度ウィンドウが開かれた。


「名前ね」


 いつもなら熟考するところだが、どうせ長く続けるゲームではない。


 俺は少し迷ってから本名の神戸将暉(かんべまさき)の「将」の字から[ショウ]と入力した。


「[ショウ]様ですね。発音がよろしければOKボタンを、誤っていれば適切な発音をお願いします」


 俺が適当に何度かイントネーションを直すとその女性たちは俺の発音に習い繰り返し読み上げた。


 満足する発音になったのでその旨を告げると


[初期ボーナスとして1000Gを受け取りました]


 という表示が現れた。このGというのはこのゲーム内で利用できる仮想通過なのだろう。


「行ってらっしゃい!」と送り出す人のような声に押される形で無意味に会釈してからショップを後にした。




 自動ドアを出ると再度感嘆が漏れた。


 目の前にはまごうことなき街が広がっている。都心の一部を再現したらしく二本の有名な電波塔も見えるが、その一方で物理的に不可能な建造物を含む遊びある空間であった。


 さらに特筆すべきは街を歩く人だ。アイテム購入地点であるからプレイヤーが集まるのは分かるが、名札が無ければ区別できないであろう数多のNPCがこの光景に貢献していた。


 なお、彼ら……これら全てと対局可能であり、キャラによっては妙に凝ったストーリーが入っていたり、プロ棋士による指導対局券や料理券などのレアなアイテムもあるらしい。


 とはいえ俺の目的はあの人に会うこと。将棋なんてくだらないゲームに時間を割く暇があれば一秒でも早くこの世界から抜け出したいのだ。


 それを思い出し、事前のチュートリアルで聞いた通り空中で指をスライドさせるとメインウィンドウが表れた。棋力、ユーザーネーム、プロフィール、メール、フレンド、アイテム……など様々な項目がある。右上に表示されたエリア名によると、ここはどうやら[始まりの町]という場所らしい。


 次にメールの欄からリアルのアドレスと同期させてそのうちの一通を開いた。


 先週、受け取った古い恩人からのメールだ。今時珍しい同期遅れか分からないが差出人が文字化けしているが文章に変化はない。



「WSCの聖稜館で待っている。君はもうこの世界に関わりたくないだろう。でも、どうしても君に見せたいものがある」



 久しい、具体的には俺が将棋を離れて以来の約5年ぶりの連絡になるにもかかわらず本文はこれだけで終わっていた。


 二度と将棋に関わりたくない俺は代替手段を模索するために連絡しようとしたが、全く音沙汰なかったため諦めてここに来たのだった。


 最速でこの目的を果たす。


 そう心に誓うと今度はメインウィンドウの地図欄から聖稜館と入力して検索した。



 ……が、表示されたのはWSC全体の図であり何もヒットしない。



 考えられる可能性が列挙される。


 ・バグ

 ・何らかの権限か条件が必要になる限定エリア

 ・プレイヤー間でのみ用いられる通称

 ・そもそも別のゲームの可能性……。


「少し調べるか」


 分からないことは訊くに限る。




 コンクリートの地面を踏みしめつつ情報収集しながら気付いたことだが、驚くべきことに事細かに作られた街並みの背景オブジェクトと思っていたものはその多くに何らかの役割が与えられていた。


 対局場や観戦解説場、盤駒の専門店やログアウト用の宿屋は当然ながら、飲食店に洋服や化粧品を扱う店、普通に野菜を売っている八百屋、挙句の果てにAIによる簡易病院まである。他にも詰将棋の買い取り専門店や何やら張り紙のある掲示板、店先に店員バイト募集の張り紙などあらゆる物に意味があったのだ。


 何かにつまずいて転びそうになる。


 足元のマンホールには将棋の駒が描かれていた。


 溜息をついて足早に歩き去る。


 やはり、ここは俺のいる場所ではない。



「聖稜館? どこかのお屋敷?」

「美味しそうだね」

「知らないなあ。そんなことより対局しない?」


 ……本当に来る場所を間違えたかもしれない。


それから一時間ほどこのエリアを訊き回ったが希望的観測とは裏腹に、誰も聖稜館について知らなかった。町を歩くNPCや交番、コミュ障を堪えてプレイヤーにまで訊いたが全て外れである。


なお、俺の切実な願いをそんなことと言い放ったのは交番のNPCだった。彼には是非、仕事を頑張っていただきたい。


現状で残る希望としては初心者の多いエリアのため知られていないという線だろう。


 そう状況整理をしながら歩いていると妙な人だかりに遭遇した。妙と思った根拠は二点。虫のように道脇の木に集まっていることと、雪のように静かなこと。その場の全員が食い入るように木を見ているが静かな集団ほど違和感のあるものは無い。


「なんだ、アレ?」


「ああ、あれはトレジャー詰将棋だね。通称、「宝箱」って呼ばれてるよ」


 俺は何となくボヤいただけだ。無論、返事を期待してのことではないので驚きのあまり変な声が出かけたのも仕方ないだろう。


 振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。金色の長い髪をツインテールで横に結んでおり、その整った顔立ちは美少女という世俗な表現では不相応に感じた。空色のシャツにベストを羽織り、藍色のスカートでシックにまとめ上げている。しかしながら服装とは矛盾して、その碧い瞳にはどこか活発さが覗いていた。


 俺が半ば見惚れていたことには気付かず、この沈黙を追加の説明要求と捕らえた少女はコホンと軽く咳払いしてから丁寧に解説を続けた。


「トレジャー詰将棋は文字通り財宝のような詰将棋。時間も場所もランダムで設定されているかわりに報酬が非常に大きいのがポイントなんだ。ただし難易度が非常に高い上に一人しか正解できないからみんな真剣なわけ」


 楽しげに説明するその姿はそれこそ宝箱でも見つけたように喜んでいるように見える。


 しかしながら相槌を打っている暇は無かった。


「いたぞ。こっちだ!」


 少女の後方から複数の人陰が走ってきている。その数は6。白いワイシャツに青い法被という統一された姿から江戸時代の大衆が連想された。


 その声にビクッと肩を震わせる少女。おまけに小さくため息をついているのだから状況を理解するには十分だ。


 俺が察したことを察したのか、少女は早口で告げた。


「あれは二十三手だし、リハビリにはちょっと不向きかもね。ボクは一回撒いてくるから。またね!」


 そう言い終えるが早いか少女は颯爽と去っていく。標識によればこの先にエリア移動のアイテムがあるらしい。


『リハビリ』に『またね』か。


 どうやら人違いだったらしいが、有益な情報が手に入ったので良しとしよう。


 追手の男達がまさに目の前を通り過ぎようとしていた。


 まあアレだ。君子危うきに近寄らずというやつだ。誤解とはいえ、あの少女は間違いなく危うきに該当すると本能が告げている。


 ……だからうっかり足が出たのも紳士を自称するには必要なことだ。

 危うきが遠くなるのだからな。


 そしてものの見事に、盛大に、先頭を走っていた男が転んだ。


 更に将棋倒しの要領で続く二人まで倒れる。


 驚いた仲間たちが駆け寄ってきた。


「お前、何を!」


「すいません、ぼんやりしていまして」


「……気を付けるんだぞ」


 思ったよりも冷静な対応で悪意もない。


 男達はゆっくりと立ち上がると少女の後を追って走り出した。()()()()()()()()()()()()()()()()


 それにしても現在追走している人数に加えて、叫び声からこれとは別に仲間がいるとすれば十人近くに追われている計算になる。


「いったい何をやったんだ……?」


 活発な印象を受けた、とはいえそんな大勢を敵に回す機会などあるのだろうか。ここが異世界ならお転婆なお嬢様を追う使用人……みたいな妄想をしてみたが所詮はゲーム。やはり何かやらかして敵対しているというのが濃厚だろう。


「それにしても一人称が『ボク』か」


 嵐のような少女を見送りながら、そんなどうでもいいことしか思い浮かばなかった。


第1話を前半と後半に分けるつもりでしたが素直に二話にしました!

文字数の調整なども今後の課題としなくては……。課題は多いですが頑張りますので応援いただけると幸いです。

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