第9話 天川亭1
ルナに呼ばれて天川亭へ来た将暉は入口で出会ったミツキという少女とルナの勘違いを解くのに苦戦した。無事に誤解が解けたところで聖稜館について本題に入る。
「「ごめんなさい!」」
目の前ではようやく全貌を理解した金と銀の少女が頭を下げていた。
ここは天川亭の店内。薄暗い間接照明と複数に分かれた個室、そして各個室の中央には1メートル四方のガラス机と外見とは裏腹に内装は完全洋風であった。ネカフェのようでもあるが、物理法則を完全無視できるこの世界の特色を生かした、一部屋当たりが非常に広々とした空間だ。しかも案内時の説明によれば完全防音らしい。
つまり密談をするのに最適な場所だった。
現在、来店時に注文した抹茶ラテもカップの底が覗いている。
ルナはバツが悪そうに俯いているし、ミツキが頬を掻きながら明後日の方向を見ていた。ミツキの方は全く反省の色が見えないが……まあいいだろう。
俺は許しの意味を込めてため息を付く。
「それで、聖稜館への行き方について教えてもらうってことでいいんだよな?」
ルナが中途半端に頷いた。
「えっと、大体あってるよ。でもすぐには行けないけどね?」
「どういうことだ?」
「えっと……」
どこから話そうか、といった感じで戸惑うルナに対してミツキが喚きたてる。
「マサさん、お姉さまを困らさないでください!」
「いや、困らせるというか……」
「私はまだあなたのことを認めていませんからね!」
「いつの時代の父親だ?」
「はぅ。また私に罵倒を……。お姉さま聞きましたか?今この男が……」
「いや、どう考えてもお前が……」
「二人とも静かにして!」
ルナの今日もっとも大きな声によって場に静寂が訪れたのだった。
「面倒だから最初から話すね?」
そう言ってツインテールの片方を手で弄りながら話しが始まった。
「このWSCにはね、いくつか都市伝説があるんだよ。リアルで死んだ人の幽霊とか、無人未踏のエリアに転移して帰れなくなったとか、勝てば願いを叶えてくれる神様がいるとか、神様の楽園があるとか」
「なんというか、科学の結晶のような世界とは思えない、非科学の集大成だな」
「まあね。聖稜館もその類なんだ。選ばれた人だけが行くことのできる聖稜館という幻の館。そこへ行けば不老不死が手に入るってね」
悪戯っぽく笑うルナは馬鹿っぽいよねと内心で付け加えているように見えた。だが、その目は決してその存在を否定していない。
「何か手がかりはあるのか?」
「辛うじていくつかは掴んでいます。エリアも不明。条件も不明。でも実在します」
俺の問いに淡々と答えたのはミツキだった。やや抑揚に欠ける機械じみた話し方であるが、その分最後の一言に重みを感じる。
言葉を引き継いだのは、今の間にカップに口をつけたルナだった。
「その証拠はね……」
寂しそうな表情でメインウィンドウを操作するルナ。やがて一通のメールが映し出された。
[ルナへ、WSCにある聖稜館に来なさい。話したいことがある]
文字化けしていて差出人不明。見るからに不審なメールだが……。そして日時は俺が例のメールをもらった頃と一致する。
「差出人は何故かWSCで開くとなぜか文字化けしちゃうんだけど、昨日話したボクの将棋の師匠だよ。でもリアルで去年から行方不明でいろんな人と捜索してるけど見つからない……」
「私にも同じメールが来ました。私の送り主はお姉さまとは違う人ですが、私のよく知る人物ですし、こちらも同じ時期から行方不明なんです」
なるほど。いくらか共通項がありそうだな。
それにしても非常に意外で不本意なことにミツキが普通に話すと理知的に聞こえるという発見をしてしまった。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺も昨日同期した差出人の文字化けしたこの件の元凶であるメールを二人に見せた。
「俺も同じようなメールが届いた。最後に会ったのは5年以上前だが、受信したのはここ一か月だ。安否は知らないが返信が無かったこと、電話に出なかったことを考えると行方不明の可能性は否定できないけどな」
そう事実を基に客観的な分析結果を告げる。失踪、メール、そしておそらく将棋の恩人という共通点は分かっても、そこから聖稜館の手がかりを得られるかは疑問だ。
何か聖稜館に近づく手がかりはないものか。無論、諦めるという選択肢も無くはないが……。あの人から受けた恩を仇で返すようなことをしたくないもの確かだ。
俺が顎に手を当てて考えていると思考に入り込もうとしていることに気付いたのか、ルナが慌てたように話始めた。
「待ってマサ。もう一つ重要な手がかりがあるの」
「お姉さま、その話は……」
「大丈夫。マサも選ばれた人だから」
「そんな⁉」
ミツキが悲痛そうな声を上げる。まるで処理したくても処理できない雑草を見つけたような……。いや、これは悲観しすぎか。
「マサ、昨日の称号覚えてる?」
「ああ。それをプロフィールに設定した途端このコートが……」
「設定しちゃったの⁉」
「何かマズかったか?」
正直このローブだけで十分にマズい。具体的にはかなり強力な精神攻撃を受けているのだ。なんとなく妖刀ってこんな感じか?と思い始めたほどには。
「限定称号って一度装備すると他の限定称号を付けないと外せないよ?」
俺は思わず絶句した。
つまり別の称号を取っても解除できずこの痛々しいコートは脱げないのか?
衝撃を受けているところでドヤ顔のミツキが挑発してくる。
「つまり、あなたはもう手遅れということです厨二さん」
「おい。厨二病末期みたいな言い方するな」
「いえいえ別に。不治の病ですもんね。死なないと治らないですよね」
「まあ死んで治るだけましか。お前のは死んでも治らないんだろ?」
「なんですか?私が馬鹿だって言いたいんですか⁉」
「自覚があったのか?」
徐々にヒートアップする口論、というかただの罵り合い。
そんな俺達を眺めていたルナがぽつりと呟いた。
「二人とも、楽しそうだね?」
完全に目が座っている。非常に不機嫌なことはこの世界で出会って二日目の俺ですら鮮明に理解した。
一言で黙らせられた俺達を無視して、脱線した話しが戻る。
「限定称号だけどね。ボクたちも持ってるんだ」
そう言ってルナはウィンドウを操作して王冠が中に描かれている水晶の指輪を、ミツキは顔を顰めながらも銀髪を捲ってエメラルドのような緑色で月の形をしたイヤリングを見せてくる。
「これは?」
「限定称号専用の装備、とか言ったら分かりやすいかな?多分マサも称号の欄から出せると思うよ?」
俺はメインウィンドウ、プロフィール、称号からダアトの称号をタップする。すると、
『真知の指輪 実体化しますか?』
と表示された。迷うことなくそれを選択する。
すると俺が来ていた漆黒のコートが空中で丸まりながら線の様に細くなり黒い球体を作り出した後、ポンと球体が割れて中から指輪が出てきた。
演出のわりに実に簡素な指輪である。飾り一つない純金の指輪だろうか。重さが無いので偽物感が凄いが……。
ちなみに服装はこれ以前に来ていた制服っぽい初期装備になっていた。
一連のマジックショーのような演出にルナは「おお!」と拍手し、ミツキは「チッ」と舌打ちしていた。
「礼を言う。おかげであの忌々しい衣装を解除できた」
「別にいいって。それで……その、ダアトの能力って教えてもらっても?」
「能力?まさかお前まで厨……」
「お姉さまへの罵倒は許しませんよ!お姉さまはちょっと夢見がちなだけです」
「いや、ミツキ?ボクは別に変なこと言ってないよね。ミツキのイヤリングだって相手の……」
「いくらお姉さまでもそれ以上言うと怒りますよ?」
そう言って膨れるミツキに軽く謝るルナ。
仲睦まじい姉妹だな……。
俺は何となく指輪をはめてからそれをタップする。
[真知の指輪:他のプレイヤーから視覚的に認識されなくなる。この効果を使いますか?]
「ってことらしいんだが」
俺がいつまでもじゃれ合っている二人に言う。二人とも面白いもの見つけたっというように飛びついてきた。
「やってみてもらってもいい?」
「ああ」
どのみち試すものだし、別に長居をするつもりのない世界では秘密にする必要もない。二つ返事で引き受けると俺は効果の使用を選択した。
指輪が俺の手を離れて丸い球体になり、先程指輪ができた時と逆再生される。
そしてそのまま俺はフードを被った状態の漆黒のコートに身を包んだ姿になった。一見変わったように見えないがガラス製のテーブルには影も姿も映らなかった。
自分では分からずルナとミツキの反応を確かめる。
「これなら追われても大丈夫だね」
ルナは最近の反省をしているのか微妙なライン。そして
「ストーカーはもちろん、覗きも痴漢もお姉さまに悪戯し放題……」
隣の銀髪の思考はただの犯罪者でしかなかった。
ところで、どうやって戻るのだろうか?先ほどの様に指輪をタップして……と思ったが指輪が無い。ということはその変化後の姿であるコートに……。
幾らコートに触れても変化がなかった。
「おい、これってどうやったら解除できるんだ?」
「ああ、多分指輪をタップして」
その思考は通った。
「ならコートはどうですか?」
そこも通った。
メインウィンドウを再度操作しても先ほどのような表示は出てこない。
「まあいいじゃん。透明人間の完成!ってことで……」
目を逸らそうとルナは完全に挙動不審だ。
俺も別に聖稜館に行ければ……と諦め始めたがあの人に会った時に気付いてもらえなければ困る。
そして意外なことに待ったをかけたのはミツキだった。
「お姉さま。それではあまりにマサさんが浮かばれませんよ?」
「う……」
「というのは建前で、ストーカーし放題というのはいかがなものかと」
……やはりそんなところか。
俺は朝からの仕返しを含めて軽くミツキの額を指で弾いた。俗に言うデコピンである。
「ひゃっ」
とミツキは小さな悲鳴を上げて慌てて額を両手で覆った。
……思ったよりも面白いがこれをエスカレートさせるのは違うだろう。
「ミツキ、どうしたの?」
話題について行けないルナが不思議そうに問う。
「マサさんが……」
「マサが?」
「胸に触ってきました!」
「完全な冤罪だ。というか、どう考えても頭に手を当てているだろうが。それに……いや、なんでもない」
女性の身体的特徴について言うのは自重しよう。
それにしても、まるで見ざるの猿の手をやや上にあてたようなポーズのミツキ。
しまったというように慌てて腕を組んだが既に遅い。そして非常に不機嫌そうだ。具体的には今にも襲い掛かってきそうなほどに。
ルナはやや呆れたように溜息をつきながら言う。
「マサ!」
「はい」
「女の子の頭を撫でちゃダメでしょ?」
……若干の勘違いがあるが、とりあえず見えていないことの裏付けである。
安心したのも束の間、目を吊り上げたミツキが以前腕組みをしながら見えないはずの俺を睨んでいる。
「それで、先程は何を言いかけたんですかね?」
丁寧な口調が逆に怖い。
(別に胸が無いとか言ってないぞ?)
内心で挑発しつつも口に出すとさすがにセクハラになりかねないので黙っていた……はずなのだが。
「あなたは私に一番言ってはいけないことを言いましたね⁉」
そう怒鳴ってミツキは立ち上がり、俺に向かって手を伸ばして来た。
口に出ていたか?それにしてはルナは状況に着いてきていないようだが……。
反省しつつも思ったよりも的確なミツキの攻撃を紙一重で躱す。
寸分の狂いの無い攻めに、実は見えているのではなかろうかという疑念が生じるがやはりガラス製の机に俺の姿は映っていない。
それからやや持久戦模様が繰り広げられたが覚悟を決めたかのように、ミツキは決死で飛びついてきた。
そして、その勢いでローブのフードが脱げた。
「捕まえました……って私に何させるんですか⁉」
「ミツキ……その、はしたないよ」
俺の腹の上に跨るミツキ。しっかりと重さや体温を感じるのは流石WSCといったところだろう。
ミツキは顔を赤らめて立ち上がると慌てて俺に向かって文句を言い始めた。
猫じゃらしで遊んでいた猫が正気に戻ったような感じだ。
いろいろ言いたいことはあるが、どうやらフードが透明化の鍵だったらしい。
さて、何の話だったかな?
やや期間が空きました。いろいろ忙しく……(※言い訳)。
さて、徐々に話の核が見え始めました。ちなみに天川亭1ということから分かる様に2があります(笑)。
今後もお楽しみいただけると幸いです。




