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綺麗事で生きていける人間は零である

 ブファアアアア!


 赤々と燃える炎が洞窟に一筋の線を描く。

 鉱石はジワジワ地面に溶け落ち、新たな水溜りとして形を正す。火炎が途切れる頃には冷え固まり、半分欠けた状態を保っている。


 圧倒的強者。ドラゴンって時点で大体予想はしてたけど。映像と実物じゃ全然違う。

 頭スレスレを火の粉がたゆたい、服の一部に焦げ跡が残る。

 あついあつい!

 燃え広がる前に叩いて消火。モロに受けたら服以前に体ごと持っていかれる。


「五百年生きたってレベル上げしてないんだから勝てるわけないでしょが! 最初はさぁ、スライムとか弱っちいのから倒すんじゃないかなぁ!」


 威嚇射撃でもはや戦意は消え失せた。勝てない、無理。

 五百年の経験を思い出す。


 オーダー、料理、

 お使い、店番、仕入れ出品、

 木材鉄の取り扱い、長年の知恵で修理等。


 たくさん学んだなぁ。

 危ないの徹底して避けてたからなぁ。

 ドラゴンの倒し方知らないなぁ。


「さぁ! 瞬殺してしまいましょう! 人間の意地を見せるのです」


 人間の意地っていうか最後の抵抗だろ。生物が本能で足掻く最期だろ。

 瞬殺の前に瞬殺される状況を打破する良い案は。


 ノリ気で絶対勝てると勘違い野郎なエルと、力を誇示してやれるもんならやってみろアピールのドラゴン。


「待たせるな。久々の来客と我も心が踊っているのだ。煉獄の炎、氷河の槍。さあ、貴様のありとあらゆる大魔法を我に試せ。そして無謀と知り焼き尽くされよ」


 始まる前から終わっている。試すまでもない話。

 街と自宅の間にモンスターはおらず、今日初めてモンスターを見た。道中に他のモンスターもいなかったから、生まれて初めてがドラゴンに。

 戦い方も知らなければ、特徴や弱点も知りやしない。

 状況を打破する良い案。ええ、思い付きませんとも。襲われて街と一緒に焼かれる住民Aです。


 魔法の存在だって実感がなかった。

 街中で突然光るのも街灯で見慣れているし、料理の際炎を出して炙る料理人もいた。魔法そのものは触れていたが、私の思う魔法が電気なら、ドラゴンの言う魔法こそゲームらしい魔法だろう。


「待って待って」


 話が通じるドラゴンだ。

 心の底から勘違いで間違えて来ちゃいましたと言えば、見逃してくれるかもしれない。


「実は騙されたっていうか、イニシャルだけでここにドラゴンがいるだなんて知らなくて。勇者でも最強くんでもないから、ごめんなさいで許してもらえませんか」


 日本人が編み出した全国共通の秘奥義。此を繰り出して許そうと思わない人もモンスターもいるはずない。


 此、誇り名誉を放棄し、

 此、醜かろうと命を乞う。


「ふむ。構えが独特だな。さすがは天界のものを連れているだけはある。勇者の末裔か」


 私もさ、取引先でやらかした時謝ってくれる先輩を勇者と慕ったよ。

 膝を、肘を、手のひらを。地に着け頭を丸め込み。


 エクストラスキル、だっけ。


「すみませんでしたああああああ!」


 《エクストラスキル:土下座》


「なんだこの光はーー!」

「これはまさかーー!」


 *


 ボーボーボー。

 ガスバーナーで炙られるアジのようだ。


 ドラゴンは許してくれなかった。

 魔法のモーションかスキルか警戒されたが、無論ただの土下座であり「バカにしているのか貴様ー!」と炎の息に焼かれた。

 レベルを上げていれば魔法が使えて「今後の成長に期待しよう」傲慢に逃してくれた可能性だってあった。

 今度、生きていればレベルについて聞いてみよう。五百年生きていながら異世界について詳しく知ろうとしなかった私の不備。ギルドの人は悪くない。


 あついなぁ、焼かれてるなぁ。


 ドラゴンが強いのは異世界に住んでいる以上、必然的に耳にした。街を破壊しただの、歴戦の勇者をことごとく捻り潰したいだの。

 その最強と謳われるドラゴン様、に現在私は焼かれているわけだ。跡形もなく燃え尽きていたら、思考すらないのだろう。考えられる、手足が動く。生きているらしい。


 人は生きているだけで強くなるのか。


 人生困難ばかりと言われる世知辛い世の中。生きるイコール強くなるとはこのことだ。

 最強であろう炎が、夏の猛暑に感じる。


「我が炎に動じぬ防御力。賞賛に値する」


 炎で焼くのは諦めたようだ。


「それほどでも」


 エルがドヤッた。炎を受けたのは私。現場証拠で言えば、私を褒めたんじゃないか。


「私の力があればドラゴンの炎などちょちょちょいです」


 なーるほど。

 元は天使だ、人を核兵器に仕上げようとした天使だ。ドラゴンを圧倒する力を異世界で行使できる。

 殺さないで遠くへ投げて、ドラゴン撃退しましたで報酬貰えないかな。殺さなきゃ血は出ないし罪意識もないし、こちらとしては大助かりなのだが。


「ふ、面白い。ならば次は貴様らの番だ。如何なる攻撃であろうと受けてやろう。先のような戯れは許さぬぞ。さあ、全力でかかってこい!」


 全力の土下座はダメですか。

 エルはさらっとこなしたが、私は魔法の使い方を知らないのだ。見てきたとやってきたは違う。土下座と甘えたフリで奢ってもらう、魔法のような人間技が精々。

 うん? エルはさらっとこなした。子供に戦えって言うのはアレだけど、このまま何もしなければ二人とも豚の丸焼きにクッキングだ。


「本気のエルを見せてあげて。うん、私は離れているからどんな大魔法? でもやっちゃって」


 これでいいのか……。子供みたいなエルに代役させて。よくないよなぁ。


「はい? 仰る意味が理解不能です。魔法を防ぐ力はありますが、物理的に殴られたり、ましてや私のようなお淑やかな天使が殴り飛ばせるとお思いで? 天国での五百年と五百歳は等しくないんですよ。強くないですって」


 えっ。


「もしかして倒せない?」

「当たり前じゃないですか。ほとんど駆け出し冒険者と一緒ですし。スライムすら見たことありません!」


 同レベルだった。

 魔法防御は嬉しいけどそれ以外全く同レベルの最弱パーティーだった。


「もしもの時助けようって、ついてきたんじゃないの?」

「一人になると孤独死します」

「こんな危険な場所に来る? 普通」

「ミオさんが守ってくれるので。魔法防御だけは一応」


 留守番したくないから危険地帯までついてきましたって。


「バカなの? オマエハバカナノカ?」

「でが」


 エルの愉快な声が途切れた。

 隣にいたのはか弱い女の子じゃなく、柱より太くしなやかな筋肉の塊。ドラゴンの尻尾だった。


「エル?」


 そこにエルの姿はない。

 どこに……

 絶句した。

 ヒビ割れた壁に、傷だらけで張り付いているのだ。


「戯れは許さぬ言ったはずだが?」


 ………っ。

 服の中にしまい込んだ五百年振りの武器を手を、無我夢中でドラゴンの尾に突き刺した。

 変化はない。五百年もの間、漏電を続けていたのだろう。護身道具としての役割は果たせなかった。

 スタンガンでドラゴンが倒せるなんて思ってない。

 それでも、気が済まないのだ。なんでもいい。こいつをぶん殴る。


「良い目付きだ。仲間を殺され本気を出す気になったか」


 本気? んなもんあるわけない。レベルも上げていなければ年齢だけ重ねた私に何ができる。

 出会ったのは数日前だけど。見守っていてくれたのは、ずっと前からだ。人の生涯よりも長く。

 これだからモンスター討伐なんてやりたくなかった。簡単にーーを、傷付けて。


 受付嬢はしばいておこう。

 無理か。後を追うのだから。

 無力だなぁ。

 冒険者にならなくても、街が襲われた時とかのために、訓練はしておくべきだったなぁ。


 異世界は過酷だ。

 雑用。酒臭い飲んだくれおっちゃん。平和に見えるその人たちは、いつ死ぬかもわからない戦場に知らぬ間に出かけていたのだろう。私が見てきた冒険者は表向きの顔。裏じゃあ、これが日常だったのかもしれない。

 仲間が死んで、ーーが死んで。


 私が見ようとした世界は、明るい部分だけ。

 現実は世知辛い。過酷だ。暗い部分もある。

 法律で言えばホワイトな企業だったけど、多少の陰口はあった。見て見ぬフリをして、完璧な無色透明だと思い込んだ。


 綺麗事だけじゃ生きていけない。

 どんなにのんびり暮らしたくても、災いの方からやってくる。

 日々対処していかなければ、ーーとて守れない。


 **


 雷が漏れ地を走り抜け、洞窟のあらゆる鉱石と共鳴する。共鳴し切れなかった物たちは砕き散り、光の輝きを放って結晶に変わる。

「あはは」そう最恐の笑顔を浮かべるは、ミオさん。

 協力者は言う。「話と違う」勇者を相手にした時よりも驚いた。

「冒険心を沸かせて欲しいってだけじゃあ!?」協力者は意思を送ってくる。「ここでバラしたら私共々解体(バラ)されます」と念を返す。


 協力者(ドラゴン)はプライドが高いモンスター。決して冒険者に命乞いなどしない。

 心で「死んでも良いのか。我死んでも良いのか」と泣き叫んでいる。「ごめんなさい」とだけ謝った。


「怒らせたら絶対やばい」


 私は決めた。ミオさんの言うことを聞こうと。

 そして二度とこのようなイタズラをしないと。


「ミオさんたーーーーーーいむ!」


 暴力だけでドラゴンを叩きのめそうとする雷の前に、私は涙で土下座した。



 **

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