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隠し子じゃない

「おはようございます」


 頭が痛い。飲み過ぎたのは間違いないが、ついに幻覚を見るに至ったか。

 孤独に耐えられない脳が、ついに妄想と現実を入れ替えたのか。


 先にシャワーを浴びよう。先にお風呂に入ろう。

 先に朝を食べよう。


「私もよろしいですか?」


 幻にもご飯を分けよう。

 外に出よう。空を見よう。


「今日もいい天気だな」

「晴天ですねー」


 幻と会話ができている。幻なのに、いないのに。


「疲れてんのかな」


 間違いない。疲れてる。五百年も悲しい生活を送ってきたんだ疲れていて当然だ。


 気持ちい。肩が気持ちい。

 肉体的に負傷はないけど、精神的に癒される。孫にしてもらう肩揉みって確かに嬉しいな。


 物理的に接触可能な幻を受け入れたい私がいる。

 しかし、所詮は幻だ。幻に触られるはずがない。現実を見ろ私。これは孫でも子供でもない、知らない女の子だ。知らない女の子が家にいる。


 盗みに来た?

 留守の間に家に忍び込んで、物を取っていたら帰ってきて、独り身で可哀想な心に漬け込み孫のフリで逃げ切ろうという魂胆。

 盗まれような物、あったかなぁ。不老不死の噂に踊らされて、秘薬があるとかそんなん思っているのかなぁ。


 うーん。


 どうせ何も盗まれていないし、この幸せな一時をたとえ盗人相手でも満喫したい。ダメですか。

 ーーダメです。

 犯罪に染まり切る前に更生してもらわないと。無断で住居に入るのはとあるゲーム内だから許される話であって、現実でやったら不法侵入っていう立派な罪。それっぽいルールは街にもある。教えておかないと、大人として。


「あのー、すみません。あなたどちら様ですか」


 肩の温もりが終わり、取り戻しつつあった快楽の感情が死んだ。


「私、ですか」

「そうそう。他に誰がいる? このひろーい、せーかーいでー」

「ええと、いますけど」


 そりゃあいるよ。街にも世界中にも人はたくさん。


「はいはい。ご冗談は良いので」

「いえ、女の人が」

「はいはい。私もこう見えて女です」

「走って行っちゃいました」


 何を言っているんだチミは。揉むのをやめたとは言え、肩を触っているのは君の手だろう。

 吐くならもっとマシな嘘を言ってくれ。


「はいはいそーですね。じゃあ、残ったあなたのことですよ。あなたは一体誰ですか。どうしてここにいるんですか。私の家で何をやっていたか正直に言うなら許します」

「そ、それは」


 すぐに言えないのは仕方がない。素直に話したら許してやると言っても、向こうは信じていないだろうし。貫き通せば嘘も本当になるかもだし。


「オレオレ詐欺は通用しないよ。私、見た目女の子なんで自分の体を孫としてみれば満足なんで。本物の孫がいなくたって寂しくないんで別に」

「自分の体で……」

「言わないと縄で縛り上げるよ。警察の前に怖い飲んだくれ親父に突き出すよ。言いなさい。あなたは既に包囲されている」

「わっかり、ました」


 謝罪の意を込めてだろう、背後から正面に移って体を晒す。後ろでごめんなさいされても許すつもりはないもんね。

 顔が赤いのはそういう種族? 今はどうでも良い話だが。


「私、実はミオさんのお家で。ミオさんのお家で」


 ミオ永遠の十歳。

 同い年の女の子を、外で裸にさせました。


「トイ……借りてました」


 *


 色々聞きたいのだがこれはどういう了見だ。


「結婚相手は? いつ子供作ったの?」

「なんで言ってくれねえんだ。祝いの酒くらい持ってったのに」

「マスコットちゃんが汚されてしまった。汚されて、汚されて」


 うーむ?

 事情聴取を行うべく家の入れようと思った矢先の出来事で。街の人たちが、中にはギルドの受付嬢やおっちゃんも遥々遠くの我が家に押しかけてきた。

 開けてみればビックリ。


 女の子を産んだらしい。私が。


 根も葉もない噂に、街から飛んで来なすった。


「飲んだくれ親父。まさか潰れてるマスコットちゃんを手にかけたんじゃないでしょうね。ねえ!」


 それはない。嫌でも起きて針山地獄に落とすから。


「お前だろーが! 俺は子供に興味ねえ! 加えてロリババアには一億掛けても絶対ねえ!」


 スタンガンはどこですか。


「とにかくおめでとう!」

「「「おめでとう!」」」


 おめでたくないおめでとうを告げた街の人たちは嵐のように去っていった。

 事情を聞いた後、女の子を引き連れて必ず誤解を解いておこう。





「え?」

「え? じゃありませんよ。忘れちゃったんですか私のこと」

「忘れた? 元から知らないんですがねぇ」


 結構前に会ったことがあるらしい。あくまで向こうの言い分で、真実とは言い切れない。

 街の人の顔はほぼ覚えている。その中にこれほど可愛らしい女の子がいるのなら、すぐ思い出してもおかしくない。それに、街の人たちの反応からしても、住んでいるわけじゃないのだろう。


「結構前に会ったじゃないですか! あなたのおかげで生きながらえた」

「鶴の恩返し的なのした覚えないです」

「そうじゃなくって。この顔に見覚えは」

「指名手配犯」

「ちがーっう! ええいこうなったら止むを得ずです」


 次の瞬間、首が猛烈な熱さに見舞われ、意識が刈り取られた。


 *


 視界が動かない。

 意識がふわっとしていて、懐かしさを感じる。

 二度目、か。

 一度目は何で死んだんだっけ。寿命以外だったのは覚えているけど。孤独死なのも覚えているけど。

 二度目は鮮明に覚えている。女の子がいて、話を聞いていたらいきなり首が熱くなって。五百年も生きていたのに、あっさりだった。


「こんにちは」

「こんにちは」


 デジャブ。前にも似た女の子と実績がどうとか言ってたような。


「思い出しましたか?」

「確か女の子に殺されたんでしたね」

「死んではいません。殺されてもいません。私のことです」

「やっぱり。あの後どうでした? 出世できました?」


 女の子はあれから他の部署に配属され、異世界転生のご案内は別の人になったそう。実績が無駄になったのではなくおかげさまで上位の部署に出世したそう。

 そしてその部署の仕事が、異世界転生のその後を見守るところだという。


「へぇ、大変」


 私をじっと睨んでくる。

 あの一件以降関わりもなく、数世紀経った後となれば赤の他人。新しい仕事に就いたと言われても他人事だ。相槌を打つのが精一杯。


「話の流れで、わかりませんか」

「わかりません」

「異世界転生の案内から転生後を見守るようになりました」

「聞きました」

「転生後を見守るのが仕事になりました」


 やけに強調してくるな。


「昇格おめでとう」

「鈍感ですか」


 怒った顔が見えたのも少しの間。視界が歪んで、女の子が歪んで見えてくる。半透明になって、上から色が塗り潰される。

 そして変わり終えた女の子の姿は、異世界で最後に見た女の子だった。


「ふぇ」

「ふぇじゃなくて! 私がミオさんを見守るために来たんです!!」



 意識が吹き飛ばされて戻ってきたら、濁流の如く説明された。

 女の子ーー天使は、私を異世界に送り出した後にその後を見守るよう仕事を任され、天国からずっと見守っていたものの、時の流れで人はいなくなり、一人取り残されていく様に我慢できず遥々こちらにいらしたとか。


「じゃあトイ……借りたってのは嘘か」

「本当です。天国から遠かったので。途中パーキングエリアもないので我慢の限界でした」


 苦労して久々に会えたのに忘れられたらそりゃ怒るわ。


「でもさ、見た目違いすぎててわからないんだけど普通。忘れてたわけじゃないよ、人は見た目が九割だから」

「残る一割で見抜いてください」

「鬼か」

「天使です」


 とりあえず、一人ではなくなった。

 よくわからん優人が、寂しいと思い込んで来てくれた。

 別に寂しくなんてない。五百年も一人にされたんだ。寂しくなんてない。

 ベッドを二つくっ付けたのも、広く使うためで寂しかったからじゃない。


「喜んでます?」

「気のせいです」


 天井が透けて、満天の星々は見えた、気がした。

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