就職活動と時の流れ
異世界の街なんて、冒険者然り変人然り、どことなく穏やかでないイメージ。武器を持って街中をうろつき、肩をぶつけでもしたら「てめぇ! やったなぁ!」てな感じに柄の悪い人間が絡んでくる。
平和だ。
田舎だ。
家の高さは大なり小なり多少差はあれどの範囲で、どこも似たり寄ったりな外観だ。
こういうのもありだったなぁ。
昔のヨーロッパ風の家も案外悪くないなと思う。せっかく貰ったあの家にいちゃもんを付ける気はサラサラないけど。
兎にも角にも仕事を探さねば。
日本にいた時は新卒からだったのに、異世界じゃ小中学生から仕事を始めないとだとは。
「のんびり暮らすのには、まだまだ時間が掛かるかなぁ」
ヤレヤレ。
仕事を探すにもどうしたものか。
街の人に聞くのも良いけど、最初から聞いてばかりでいいのか? 自分で考えろバーカとか言われない?
そこにおばあちゃんがいる。優しそうだけど、話しかけたら実は山姥。早々に人肉になったりしないよね。
よし、行こう。
大丈夫だ。会議でプレゼンするのに比べれば知らないおばあちゃんに話しかけるのなんてちょーよゆーだ。
プルプルプルプル。
足よ落ち着け!
ガクブル……ブルブル。
第一住民が山姥なんてあり得るか! 進めっ!
もしもの時は必殺技がある。臆せず進めーっ!
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私は今、看板の付いた家を転々としている。
高校生の時はまだスマホがない世代で、お小遣い稼ぎにアルバイトをしようにもネットでサクッと検索とはいかなかった。
だから、歩く。
大体お店の中か外に求人募集のチラシがあって、電話か押しかけかでアポを取る、つもりだった。
ないないないないないないない!
文字も読めるし言葉もわかる。その中に「アルバイト募集中!」が全くない。
「ど、どういうことだ。この街は就活氷河期でも迎えているのか」
街ですれ違った人は多くない。街の規模と割合にしても、一席くらい空いていてもいいはずなのに。
面接にすら行けない。書類審査で落ちてる……。
「おやおや、大丈夫かい?」
ああ、さっきの山ーーおばあちゃん。
「いえ。引っ越したはいいものの、お金がなくって。仕事を探そうとしたんですが、見つからなくって」
「そ、そうなのかい? ああ、泣かない泣かない」
泣いてない。泣いてる?
これくらいで泣くような精神年齢三十五……。
でも、自然と手が目を擦っている。ああ、泣いてるなこれ。
「一人で引っ越してきたの? ご家族いる?」
「いにゃい」
「泊まるところはあるの?」
「あるけど一人で寂しい」
「ご飯は?」
「お金ないから」
頭の中が真っ白になって、自分の意思で言っているとは思えないことまで言い出した。終いには寂しさを剥き出しに「一生独身だぁ」とか関係ない内容までは喚き出す。
困った顔のおばあちゃん。泣き声に反応したのか、周囲に人集りができていた。
「ばあや何事だい?」
「一人で引っ越して来たんですって。お金がないのに仕事が見つからないそうで」
「仕事? なら冒険者……こんな可愛い女の子に勧めていいものか」
「仕事ならうちの手伝いに来なよ! そんなに難しくないし、賄いも出すよ!」
大変な事態になった。
そして、一日で街の誰しもとお近付きになった。
喜ぶべき部分もあるが、精神年齢三十五歳、泣いて縋るとは情けない。いつから泣き虫になったんだ私。肉体年齢が精神年齢に追いついていないのか。くそぅ。
しかしまぁお恥ずかしながらに、色々と収入源は得た。
飲食店のオーダー取り
メインは泣いた時に雇ってもらった店でのアルバイトで、それだけでも十分生きていけるもののやっぱり楽しみが欲しかった。社畜になるために異世界に転生したわけじゃないのだから。
一ヶ月は安定するまでに娯楽を封印し、少しずつ街で困っている人の雑用を手伝ってお小遣い稼ぎをした。
街では高齢化が進んでいる。
働こうと思えばどこでも働ける人員不足。これまで助けて貰った恩もあるしアルバイトの掛け持ちも考えたが、社畜に成り下がりそうで暇な時に手伝う範囲に抑えた。
街での評判は大変良く、少し遠い私の家におすそ分けが来ることも。
特別な力がなくたって異世界は楽しめる。
大富豪にはなれてないけど、一人で暮らすには十分稼げる。好きな物も買い漁れはしないけど、少しずつ貯めれば手に入る。
冒険者にもなった。
あれだけ危ない人イメージしかなかった冒険者は見た目こそ武装集団で怖いものの、重い荷物を運ぶのに協力してくれたりと中身は街の人同様優しかった。
ちょっと優しくされからというのも少々。しかし真の目的は割引だ。冒険者登録で貰える冒険者カードを見せると何かと貰えたり割引したりお得な特典がいっぱい。
生活は安定してきた。
無理もしてない。むしろのんびりしている。
一ヶ月、二ヶ月三ヶ月…………。
年月が流れ星よりも早く過ぎていく。
*
「おばあちゃん、今までありがとう」
「ふふっ」
「そろそろ店も終いかねぇ。ごめんね、ずっと雇ってられなくて」
「いえいえそんな! 今までありがとうございました」
「くそぅ、博打で負けた」
「飲み過ぎると死んじゃうよ?」
*
何年も経って、多くの人と別れた。
子供の数が増えて高齢化が終わったかなと思う頃には子供たちも成長して、世代代わりが起きていた。
……?
私の体は十歳辺り。何年、何十年、数世紀も経っているのに変化がない。
本当に今更、遅すぎるくらいに気付くのだ。
ーー不老不死でした。
ここは異世界だ。特別に寿命が長いとも考えていたが、しっかり大人になるし、老化を得て天に昇る。誰が言うでもない、この目で見てきた。
「チビのままだなぁ」
冒険者のおっちゃんは違うおっちゃんだ。酒臭い遺伝子は受け継がれているが。
「うーるーさーいー。大きくなれねーんだよぉー」
街で最年長である私は容姿はアウトだが立派な成人を迎えている。お酒は問題ない。
「くそったれぇ。みんないなくなっちゃったよー。寂しいよー」
「おっちゃんも五百歳のロリに興味はねぇ」
「うるせぇ。だーれが惚れてやるもんか」
冒険者カードには年齢が乗る。割引のために提示する際、個人情報はバレてしまう。
容姿は十歳中身はおばば。その名はギネス最長保持者ミオ!
酔った勢いで自虐ネタに使ったのが始まりで、実に迷惑な形で語り継がれている。だから街の人なら知らない人はいない。まさに生きる伝説。
「百円やるからご本人の見たいなぁ」
そんなの誰がやーるもーん
「容姿は十歳中身はおばば。その名は……むにゃ……ぁ」
かー。
異世界で五百年生きて、何度酔い潰れたことか。
「おいおいガキが酔い潰れてるってのはみばえがわりーぞーひっく」
「おいそこの酔っ払い。我が街のマスコットちゃんを飲んだくれにしないでくれ。しっしっ」
「勝手にこいつがのんでるんだろーがー」
酒場の受付嬢とおっちゃんもいつもの言い合い。
それを耳に、今日もきっちり酔い潰れ、目が覚めたら。
ーー
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「おはようございます」
知らない女の子が家にいた。