第84話 悪鬼
中国から届けられた金銀財宝の仕分けをした日の夜。仁美さんや愛華さん、彩花さんは俺の話を聞き記録するために眼前に座って分厚い紙束を用意した。凛香さんは定位置になっている背後。詳しく話す気は無かったけど、ここまで用意されるなら出来る限り詳しく話そう。
「1550年の、おそらく3月5日に俺は美濃に転移した。それまでは岐阜市に住む普通の高校生だ。最初は混乱しっ放しだったな。それから、村の人間に追い掛け回された」
「何故、追い掛け回されたのですか?」
「服が制服という珍しい服だったからだろう。山に逃げ込んだ時、俺はある出会いを果たした。
……山賊達と、出会ったんだ」
俺が転移した先は、美濃の岐阜城……稲葉山城の近くだった。推測だけど、時間だけが戻った感じで座標はズレて無かったのだろう。地球の自転とか公転を考えると地球上での座標はズレてなかった、と言う方が正確か。そこで俺は何故か村人たちに奇異の目線と殺意を向けられたので、走って山の中まで逃げた。
その山中で、人を襲うことが生業です、と顔に書いてあるような山賊達と出会った。
山の中まで逃げ込んだ秀則に、悪意ある者達が襲い掛かった。棍棒のような重い棒で後頭部を強打された秀則は、自身の頭から血が流れ出ていることに気付く。不思議と痛みは無かった。
「なっ、おい!さっさと殺せ!」
「う、うん!」
棍棒を持つ男は痩せている男の命令を受けた後、もう一度秀則の頭を側面から殴打した。しかし秀則は軽く吹っ飛ばされた後、むくりと起きて淡々と状況を把握する。
「なあ、お前らは誰だ?」
「兄ちゃん、こいつヤバいよ」
「ば、化け物かコイツ」
会話を試みようとする血塗れの秀則に対し、加害者側の山賊兄弟の方が慌てふためく。棍棒を持つ大柄な弟は後ずさりし、細長い身体の兄は刀を抜く。本来ならとっくに気絶しているか、死んでいるはずの暴力を食らっているのにも関わらず、秀則が何とも無かったかのように振る舞っていたからだ。
「おい、何をやっているんだ」
「お前が頭か?」
「あ?何言ってるんだ?ガハッ、てめ、っぐ」
「お頭ぁ!てめっ、死ね!」
そこに偉そうな男が到着し、秀則は3人の男に囲まれた。秀則は周りにいる3人が自身を殺そうとしていることと、痛覚が無くなっていることを察したため、1番体格が大きい頭目の男の股間を靴で蹴り上げる。直後、倒れそうになった男の顔面に秀則は拳を入れた。本来なら素人のパンチが顔面に当たった所で気絶など起こり得ないが、ブレーキの外れた秀則のパンチは本人の拳が砕けると同時に、男の顔面を砕いた。
「ふーん、刀って意外と切れないのか」
「なっ、ひぃ」
頭目の男が倒れた所で、頭目の男をお頭と呼んでいた兄が刀で斬りかかる。その刀を動かし辛くなった右手で受け止めた秀則は、血が溢れ出るのも気にせず両手で刀を握り、刀を強奪した。
「あっ、指が落ちた」
「何で、そんなに、平然としているんだよ!」
刀を受け止めた時に斬れた指、右手の親指以外の指が地面に落ちる。しかし痛みを感じない秀則は1人で勝手に納得した後、左手で刀を持ち、へたり込んでしまった兄の首に刀を当てる。
「俺に服従を誓うか、ここで死ぬか、選べ」
そして秀則は恭順か死を迫った。兄が殺されると思った弟は、なりふり構わず秀則の頭を潰すために棍棒を振り下ろす。
結果、複数ある頭の傷口から血をだらだらと、頭蓋骨の一部すら見えている状態でにこやかな笑顔を浮かべる秀則に対して、兄は命乞いをした。
「で、戦闘後にみるみると傷口が塞がって、それが山賊兄弟の視線が外れた時だったから、少し別の方向を向いて貰ったら傷は完治していたよ。頭目の男は気絶していたから、身ぐるみを剥いで路銀にした」
「今まで断定ができなかったのですが、美濃の悪鬼とは秀則さんのことですか?」
「俺のことだね。そう呼ばれてたのはごく僅かな期間だけだったけど、美濃の悪鬼に関しては記録があるのか」
「……美濃や尾張、近江の山賊達が組織化して、護衛料をせしめるようになったのも?」
「俺のせいだよ。というか織田家に傭兵団みたいな形で雇われたんだから、1人な訳ないじゃん」
山賊達との戦闘のお陰で再生能力と痛覚カットの存在に気付いた俺は、山賊達の根城に1人で突っ込み、山賊を殺したり傘下に入れたりを繰り返した。人を殺した時に、忌避感とかはあまり感じなかった。というか感じても翌日には感じられなくなっていた。刀での戦闘は素人丸出しな戦い方だったけど、肉を切らせて骨を切る、を物理的に実践できたので負けは無かった。
普段の俺はカリスマのカの字も無かったようだけど、深手を負っている時だけは凄みがあったらしい。戦国の世に降り立ってから僅か3ヵ月で、忠誠を誓った山賊達は200人を超えていた。当時の日本の治安の悪さがよく分かったけど、あの3ヵ月で本来なら30回以上は死んでいたな。
「3ヵ月の間、山賊達を殺し回っていたらいつの間にか配下が増えていたから、色々と事業を始めたんだ。そんな時に、織田信長と出会ったよ」
「有名な『お前の親父は二年後に死ぬぞ』ですね」
「……あの時はかなり調子に乗っていた時だったから、考え無しで喋っていたな」
記録が無いと仁美さんは言っていたけど、インパクトのあった出来事は残っていたらしい。ちなみに信長の父が死んだのは1552年になってからだったので、予言は当たったことになる。
……まあ、あの邂逅が無かったら織田家に仕えることもなかったから、あの時の出会いが俺にとっての転換期だったのだろう。