第6話 理想との剥離
子を持つ母とは思えないぐらいに見た目は若い美雪さんと共に、汽車で揺られながら愛知まで向かう。美雪さんの親衛隊と俺の親衛隊がついて来ているので、1両丸々豊森家という異常事態だ。しかも美雪さんの親衛隊も全員女性のため、女性専用車両に迷い込んでしまったような気分になる。ただ、国のトップに対する護衛としては過剰では無いように思えた。
「……親衛隊は女性限定とか、そういう決まりでもあるの?」
「いえ。私の親衛隊の中には男性も含まれていますが、今日は秀則様と遠出ですので女性の方が良いかと思いまして」
「ああ、気を遣ってくれていたのね……」
近辺を護る親衛隊の人数は美雪さんも俺も16人。これは今の大日本帝国軍の最小単位である分隊の人数に合わせてあるようだ。15人規模の分隊があり、3個分隊で50人規模の小隊がある。3個小隊で150人規模の中隊になって、3個中隊で500人規模の大隊だ。今の歩兵連隊は2000人から1500人規模に減らさせているから、3個歩兵大隊を2個歩兵大隊にしたようだ。細かい調整は留守番している仁美さんが頑張っているはず。
それにしても車両全員が豊森家ということは、車両全員が俺の子孫ということか。本当に豊森性は多いのだろう。美雪さんにも4人の異母姉妹がいるそうだけど、これはかなり少ないそうだ。
「女性の当主って初めてなんだよね?」
「はい。先代当主、私の父の意思です。『当主の座は一度美雪が引き継いだ後、秀則様に渡せ』という遺言があったため、私が当主となったのです。
秀則様が女性の当主をお認めになられないのであれば私はすぐに」
「いや、当分の間は美雪さんが当主をやってて。
結構仕事量多いんでしょ?」
「ふふっ、わかりました」
美雪さんとの会話はぎこちないところもあったけど、少しは俺に対する怯えというか、そんな感じの感情が薄まったような気がした。ついでに豊森家の当主としての仕事について美雪さんに聞いたところ、この国の政治形態についてかなり具体的にわかった。
昔、俺は領土を与えられた時に目安箱を設置した。目安箱の性質上、誠実な訴えもあったが、個人的な内容や俺の部下を非難するような内容も多くあって、次第に面倒になっていった。そして任される領土が多くなると、目安箱への投書は莫大に増えた。とうとう処理が出来なくなったので、領民達で話し合いの機会を作らせ、嘆願書は1つの村で月に1つまで、と決めた。
それでも織田家が拡大し、管理する土地の規模が拡大すると処理が面倒になったので、息子達に嘆願書の処理を任せた。この時点で下の人間の意見を一番上が直に見る、という目安箱としての目論見は完全に失敗しているけど、優秀な息子達は嘆願書から為すべきことを選別し、設計書の作製、費用対効果の予測までして俺に回した。天下統一後、俺は息子達から上がってくる計画書に判を押すだけで民の要望を聞く素敵な領主になったのだ。
……当時でも問題がいっぱいあったことには言及しないが、この仕組みと今の大日本帝国の政治体制はとても似ている。各地方から選抜された国民が現在の国の問題点を話し合い、纏めを豊森家に提出。これを参考にして豊森家内で予算の内訳をどうするか話し合い、最後に豊森家の当主が判を押す。豊森家の当主の意向が無ければこれだけで半年分の予算の使い方が決まってしまうそうだ。
どう見ても完全に豊森家による独裁政治です。本当に色んな場所で昔の俺のやり方が形を変えて受け継がれている、と考えて良さそうだ。平均的な国民に課せられる所得税2割も2公8民を真似ただろうし。商人に対して儲けているやつほど多くの税金を課す仕組みを作ったのも、累進課税の元になっていると思う。
「思っていたよりも随分と速いけど、京都から愛知まではどれぐらいかかる?」
「3時間ほどです。お昼過ぎには到着しますね」
愛華さんに京都から愛知までの所要時間を聞くと、僅か3時間で京都愛知間を移動できるとのこと。汽車の旅は思いの外快適に過ごせた。車内で弁当を落ち着いて食べることが出来るほど揺れないのだ。
……蒸気機関車は蒸気機関の開発からおよそ430年、かなりの改良が為されたらしい。スピードは開発当時のものとは比べものにならないほど早く、坂がある所でも減速をしてないように感じる。ただ、蒸気機関車の改良に時間をかけるぐらいなら電気を使った電気機関車の開発をして欲しかった。蒸気機関車の改良の先にあるものでは無いと思うし。
「うわぁ、京都と同じような街だ」
「当然ですよ。下水管と上水菅を配備する際に再構築したので」
「……まあ、都市は同じような構造の方が管理しやすいし、効率的だよね」
愛知の中心部、清州城の近辺は京都と同じような街並みが続く。京都と違う点は建物の外観がほんの数パターンしか無いこと。まるで金太郎飴のように同じ形の建物が並んでいる。確かに建築資材もパターン化出来て効率的かも知れないが、全体主義の恐ろしさを垣間見た気分だ。ただ建物自体は立派だから、周りと全く同じ建物、ということ以外は良いのか、な?
本当に技術のモザイク状態というか、ちぐはぐさが半端じゃない。今日は清州の街から少し外れたところにある高級そうな宿舎にお泊り。この近辺で唯一、独創性のある建物なので凄そうな宿に見える。俺の分のお金は愛華さんが払ってくれるので心配ないけど、あの財布の分厚さで全部1万円札なら相当な量のお金が入ってそうだ。
個人的に重い札束を持ってみたいと思ったので、財布を持ってみたいという意思を遠回しに伝えると、愛華さんが持っている財布とは別の財布が出て来た。こちらにも、札束がギッシリ詰まっている。
……持っているのが国民から集めた血税だということは理解しているけど、それでもこの心地の良い重さはテンションが上がる。