第79話 平等
「自由フランスは平等主義を掲げていると聞いたけど、平等主義とは違うような……博愛主義?」
「博愛?」
「うん。ふと浮かんだ言葉だけど。博愛主義者って、全人類が平等に愛し愛される関係になることを目指すのかな?分け隔てなく接する感じ?」
「博愛がそのような意味なら、近いのは平等主義よりも博愛主義なのかもしれません」
自由フランスは平等主義というより、博愛主義者達が集っているように思えたから、アリスちゃんに聞いてみると相変わらず8歳とは思えない回答が返って来る。平等主義なら、そもそも共産主義とは真向から対立するような関係じゃないし。博愛主義は都合の良い平等主義のように感じるから、個人的にはあまり好きになれないけど。そもそも、上手く説明できるほど博愛主義に対する知識が無い。
「それは、平等主義とはどう違うのですか?」
「博愛主義は、人種や宗教に関係無く平等に接するべきだという考え方だ。貧富の差を無くそうとするような平等主義者とは違って、別に社会的な何かを求める訳じゃない。単に、目に見える隣人を愛すというだけだよ。目に見えない、もっと広域を愛す人もいるかもだけど」
愛華さんが聞いて来たので答えるけど、平等主義者と博愛主義者は似ているようで違うと思っている。平等主義者なら社会的弱者にも社会的強者にも平等さを強いるのに対して、博愛主義者は弱者を救う点だけ共通しているか。金持ちからお金を取るという考え方は、博愛主義なら起こらないことだ。それは社会的強者の立場を無視した行いだし……博愛主義って、かなり曖昧なイメージだな。
「纏めると、平等主義は富の再分配を行う過程で金持ちからの搾取を考える。一方で博愛主義は弱者の救済が念頭にあるけど、そのために金持ちからお金を吐き出させるようなことはしない、という感じ。むしろお金に余裕があるなら勝手に出してくれるはずだ、と期待だけする感じかな」
「富を持つ者に対する、社会的な強制があるか無いか、ですか」
「一応そんな感じだけど、博愛主義者の中にも色々といるからなんとも言えない。孤児を救うべきだと言う人が、一銭も孤児院に対して身銭を払って無い、なんてこともあるし」
博愛主義者の中でも、自ら格差を埋めようと働く人もいれば、言うだけ言って行動しない人もいる。自発的に行動するか否かの違いだ。社会全体がそうなることを望むが、自身は周りの人間が動かなければ動かない、みたいな人が多いのも、博愛主義者の特徴だろう。まあ、言うだけ言って行動しない人間のことを偽善者と呼びたくは無いが、偽善者に見える時もある。
平等主義と博愛主義の違いについて個人的な解釈を愛華さんに教えた後は、彩花さんが聞いて来てくれたフラコミュの情報を纏める。フラコミュは集団農場、富の再分配、民間企業ゼロと、見事な共産主義国家だ。興味深い点として、独裁者がいないことは特徴的だろう。日本でも豊森家の当主という独裁者がいるのに、フラコミュでは独裁者がいないということは、真の共産主義国家にでもなっているのかな?
「国民から選ばれた7人が、同列で国を仕切るって面白いね」
「その7人に立候補するための規定も細かいですが……7人なら奇数ですので意見が割れた時も対応しやすいですね」
「豊森家は8人だから、半数で割れた時は当主の出番だよね?」
「そうですね。半数で割れた事があまりありませんが」
愛華さんによると、日本では意見が割れることがあまり無かったみたいだから、国の中枢が8人でも問題が無かったとのこと。万が一の時には当主が決めれば良いし、ここら辺は独裁者がいる強みだろう。
民から選抜された代表者による共産主義国家って、民主制でもあるのだろうか?トップですら国の枠組みに入るフラコミュと、トップだけは絶対的な権力を持つ日本。対照的な社会主義国家なのに両国とも長く続いているのは、それだけ世界が荒れていたからだろう。
「一度民主制の国家になったことで、共産主義国家となった後もその影響は残っていたか。その民主政治は、衆愚政治の見本みたいになって潰れているけど」
「……衆愚政治、ですか。確かにそうなのかもしれません」
「ごめん、アリスちゃんの祖国を悪く言うつもりはないよ」
「いえ、私も弱者の声が大きくなってしまったことが国家転覆の原因だと思っているので大丈夫です」
「……アリスちゃん、本当に8歳?」
民主政治の国家が潰れる要因は幾つかあるけど、大半は野心を持った人間による独裁化と、衆愚政治による財政の破綻が原因だ。そして弱者の声が大きくなったから国家が転覆したという意見は、的を射ていると思う。それが8歳児から出るのは驚きしかないけど。
オーレリーさん以外から聞き出した情報の中に、行き過ぎた社会保障というものがあった。弱者の声が大きくなると、税金の負担割合は増えていき、最終的に破綻する。
……際限無く要求して来る社会的弱者ほど厄介な物は無い。なぜなら、完全に社会的弱者を無くすことは不可能だからだ。だからこの日本がそういう人達を封殺しているのはわかるし、完璧な社会を作り上げてみんなで平等になろうとするのもわかる。
実際にフラコミュ内部で国民全員が同じ中間層になっているのかはわからない。もしかしたら日本みたいに食糧や衣服が溢れているのかもしれないし、貧困層しかいないのかもしれない。軍艦の保有数が多いから、結構裕福なのかもしれないし、国民の生活をギリギリまで削って軍拡しているのかもしれない。
艦艇は既に第一次世界大戦時に活躍した潜水艦が存在していて、プロイセンが潜水艦を多く保有しているらしい。ロシアも潜水艦を作る技術は保有してそうだから、何とかして技術を買えないだろうか?フランス人が潜水艦の設計図とかを知っていれば、技術取引をする必要は無いけど。何だかんだ言って潜水艦はまともに機能するなら艦船の中では1番強いから、可能な限り多く建造したい。
戦艦は、全長が200メートルを超える船もあるようだ。フラコミュにはそんな巡洋戦艦が最低でも13隻あり、欧州で一二を争うほどの海軍力も保有している。近年、2017年に起きたリスボン沖海戦……ポルトガルの沖合辺りで起きた海戦では、フラコミュがスペインとイギリスの艦隊を打ち破っている。
お互いに小規模な艦隊での小競り合いだったそうだけど、イギリスとスペインの艦隊は合計で戦艦6隻、巡洋艦19隻、駆逐艦34隻が沈んだとか。イギリスやスペインという大国でも経済に大きな影響を与えている規模で沈んでいるな。どこが小規模なのかオーレリーさんに問い詰めたい。フランス側は十数隻の艦艇しか沈まなかったようだけど、それでも大きな損失だろう。
……やっぱり戦争は、ただ戦っているだけだと不毛過ぎる。というかリスボン沖ということは、ポルトガルの近くだけど、ポルトガルは存在しているのか?世界の情勢を考えると海軍の増強は必須になって来たので、フランス人技術者もやる気になって貰わないと、世界大戦時に日本が詰みそうだ。