第77話 人権
山田アリスちゃんとなら話しても良いそうなので、生活的なことまで聞こうと思ったけど、アリスちゃんがうとうとし始めたので寝かせることにする。時差もあるけど、今までの船旅の疲れや緊張感のせいでもあるだろう。愛華さんはアリスちゃんの動作をずっと凝視していたし、睨まれていたとすら思われてそうだ。
「混血人に対しては、寛容なんだね」
「日本人の血が入っていますし、何より日本語が流暢でしたから」
「……日本語の良し悪しを名誉日本人の規定に入れたのは、正解だったか。やっぱりそこで判断する人は多いだろうし。日本語が片言だと会話も身構えてしまうのは、分かる気がするよ」
日本にもフランス語を話せる人は少なからずいるけど、ネイティブな発音とかは難しいから、アリスちゃんには通訳の仕事もして貰わないといけないかもしれない。筆談なら何とかなっている人達もいるけど、会話でのコミュニケーションが出来ないと協力体制を組むのは難しいだろう。
「排他的な文化が形成されてしまっているから、根本から覆すのは難しいな」
「……秀則様は、フランスの人と仲良くする方が得だと思った?」
「仲良くする方が、楽だと思っただけだよ。拘束して人質をとって無理やり働かせることも出来たし、もしかしたらそっちの方が手っ取り早いかもしれない。だけど、欠片しか残っていない良心が止めた」
「それが、秀則様のよく言う倫理観ですか?」
「……面倒な物とか言っちゃ駄目だよ、愛華さん。俺でも面倒だって思うことは多々あるけど」
もしも俺がいなければ、彼らは日本の旗を掲げていたとしても沈められていただろう。内燃機関のある大型の艦船とはいえ、何百という数の砲艦があれば沈めることは容易い。陸では量を質が凌駕することもあるけど、海や空では難しいからだ。特に海戦は、型落ちでもある程度は戦えてしまう。
無事に会合することが出来たとしても、技術を持っていることが分かれば、拘束して持ち合わせている技術を全て吐き出させたんじゃないかな。そしてたぶん、こっちの方が手っ取り早い。
敵軍の捕虜から情報を引き出す時、懐柔するのは難しかったけど、拷問するのは楽で早かった。当時の俺は、拷問を見て見ぬふりだったな。最初は制限していたけど、懐柔の費用が馬鹿らしくなるし、ふてぶてしい捕虜だと最悪の選択だったからだ。最終的に拷問を行うなら、最初から拷問するのと変わらないだろう。
……俺も昔、拷問を受けたことがある。あの時は最初、指を折られた瞬間に痛覚カットが入ったから、後は涼し気な表情で耐えていた。向こうの拷問官の方が涙目になっていた気がする。いくら矢じりで傷口を抉っても表情一つ変えない化け物とか、怖すぎるわ。挙句の果てに腕とか足とか再生するしな。
「仁美さんも納得したんだし、フランス人の人権問題に関してはこれで終わりにするよ。愛華さんも、過剰な警戒は損をするだけだから止めて欲しい」
「秀則様は、損得勘定で納得させようとしているのですか」
「……察しが良すぎるのも、困るね。凛香さんは仲良くする方が得だと、納得したようだけど。愛華さんは無理だったか」
「いえ、そういう訳では……」
「仲良くした方が得だと、思い込んでおいて。きっと、将来的にはその感覚の方が楽だから」
凛香さんは、フランス人達と仲良くする方が得だと思い込むことで折り合いをつけたようだけど、愛華さんはまだ突っかかりがあるようだから、仲良くする方が楽だと割り切れ、と言う。
おそらくだけど、日本全国にこの状態の人が何千万何億と居そうだな。外国人問題は俺の感性に合わせて解決した結果になったけど、不信感が増大してそうだ。早いことオーレリーさんには何か成果を出して貰わないと、辛い状況が続きそうだな。
……俺自身が何か手っ取り早い成果を挙げれば良いんだけど、気球でも飛ばすか?気球なら、フランス人達が持ち合わせている技術の1つでもあるだろう。
「フランス人の中に気球についての技術を持ち合わせている人がいたら、作るように言って。たぶん手っ取り早い融和方法だと思う」
「かしこまりました。気球についてはフランス人達に任せることにします」
「……愛華さん、英語が喋れるならフランス人達に気球を作るよう言って来て。英語なら話せる人がフランス人にも多いから」
愛華さんがいつまでもフランス人に嫌悪感を示していると面倒なので、積極的に関わらせることにする。荒治療にはなるけど、フランス人に慣れて欲しい。
愛華さんは身長の高い、見かけは年相応の普通の大人だけど、内面はまだ子供っぽいところがある。嬉しい時や悲しい時は平静を装うのに、嫌なことがあるとはっきり顔に出てしまうタイプ。……精神的な成長が見られない、俺が言えることでは無いけど。
彩花さんと愛華さんをフランス人の元まで送り込んだので、今周りにいるのは凛香さんとアリスちゃんしかいない。久しぶりに周囲にいる人間の数が減ったなと思ったら、代わりの護衛役が2人、部屋の中に入って来た。確か彩花さんと一緒に親衛隊に入った人で、中国では毒物発見センサーとして活躍していた2人だ。
護衛に毒のスペシャリストがいるって、何か間違っている気がする。せっかくだし麻酔薬とか作らせようかと思ったら、既に存在する模様。人体実験とかしているから、そういう物の開発は済んでいるのかな。
……人体実験の規制までしたら、反発は凄いことになりそうだ。だから、人間への実験というのを全面的に禁止すると同時に、人間の定義でも考えさせるか。