第75話 男女平等
フランス人達が京都に到着して会談があった日の翌日。オーレリーさん以外に日本語を話せる人から聞き出した情報が纏められた紙に、フランスの共産主義化の原因が書かれていた。どうやら事細かに聞いたようで、纏められた紙には女性の社会進出に伴う出生率の低下と行き過ぎた社会保障についてのことが纏められている。
……別々に聞いた理由は、情報の差異を見るためだと思う。嘘を話されても大丈夫なように、小分けして聞いて情報の矛盾点を探していたのだろう。外国人への猜疑心が強すぎる。
「フランスは、一回民主化した後で共産化していることが不気味だったけど……」
「出生率が1.5まで下がったせいで、既存の社会体制では国の基盤が支えられなくなったのでしょう」
「1.5って、低いの?」
「1.5を下回った状態で何十年も放置していれば、徐々に国の経済は傾くのではないですか?」
「……まあ、出生率は2を下回れば人口が減っていくから、国力は低下するか」
改変前の世界より早い民主化に成功したフランスだけど、平等主義が生まれた結果、女性の社会進出が起こり、徐々に国力が低下していったらしい。例え推定でも出生率1.5って恐ろしい数字だな。改善できなければ数十年で国が潰れそうだ。
「女性の社会進出が国力低下に繋がるなら、今の日本とか既に崩壊していてもおかしくないんだけど。
軍にも女性が2割から3割はいるし、国有農場で働く人の6割が女性だし」
「どうやらフランスでは、結果での男女平等を行ったようです。軍も、政治家も、組織の長も、女性が半数を占めるように」
「…………素晴らしく男女平等な社会だ。世が世であれば、称賛されていただろうな。その当時のフランス国民から見れば、今の日本は男女不平等か」
共産化してしまった最大の要因は、結果での男女平等を行っていたからだろう。結果的に男性の役職率が高いなら、男女不平等だという話は改変前の日本でもよく聞いた話だ。しかし男女比を考慮した結果、本来役職に就くべき能力を持つ人間が役職に就けないのは本当に平等なのか、未だに議論されていた部分でもある。
そして効率主義の今の日本から見れば、男女の比を調整するために能力が低い方の人間を昇進させることは、男女不平等だ。現在の日本は、機会に関しては男女平等だけど、結果に関しては触れていない。女性でも優秀であればどこまでも昇進し続けるし、男女比の考慮はしていないだろう。そもそも、男女比の意識すらしていないのではないだろうか?
……長男が家を継ぐという思想や一夫多妻制は残っているから、男女平等な社会とは言えない。それでも働く女性が多い、というかほぼ100%なのは、女性の社会進出が上手くいっている証拠と言っても良いだろう。
非情なほどに能力の点数化を行うせいで男女の性差を意識しないような社会になったとか、ちょっと面白い。この点に関しては手を加えなくても良いだろう。下手に口を出して結果での男女平等を求められると面倒だ。俺が男性だから、という理由もあるのだろうけど、結果での男女平等は真の男女平等社会だとは思えないし。
民主化した結果、平等主義が芽生え、結果での男女平等を求めたフランスで具体的に何が起きたのかはわからない。だけど結果的に国力低下や出生率の低下が起きて、社会保障の比重が重くなり、財政が破綻した。弱った隙を狙われたのか、戦争が増えて軍事費が増大し、アフリカの植民地は維持の方が大変だという結論になってしまった。これを切り捨てようという派閥と、新大陸を放棄してでもアフリカの保持はするべきだという派閥に分かれる。
結果、新大陸派を掲げた共産主義者達がフランスを乗っ取ったということだな。平等主義だったことも後押ししたのかもしれない。ようやく流れを把握することが出来たし、植民地へと逃げたフランス人達がどういう経緯でフランスを出たのかも知ることが出来た。まあ、不幸だったとしか言うことは無いな。
男女平等な社会を作るために、良かれと思って実施した政策が裏目に出ただけだろう。共産化前のフランスに関する社会体制とその問題点を知れたことは、今後にも活かせそうだ。
「男女で差があるのに、結果での男女平等を求めたことが理解できません」
「愛華さんは、男性がずるいと思ったことは無い?」
「……髪の手入れが楽そうだとは思ったことがあります」
「ああ。愛華さん、髪が長いから洗うのとかは大変そうだ。
男性への憧れで、真っ先に給与や待遇の事が出ない辺りは全体主義らしいよ」
愛華さんや彩花さんは、結果での男女平等社会の意味が理解出来ないようだ。当たり前だと思うことが違えば、常識は違ってくる。管理社会が長く続いたせいで、男女の身体能力、体格、頭の良さの平均値に性差があるのは当たり前だという思考と、能力が違えば賃金や地位が違うのは当然だという常識がこの日本にはある。
……頭の良さに関しては物差しが数学的な分野しか無いから、女性の方が不利だとは思うけど、体格や運動能力に関して女性が男性に勝てる項目は少ないだろう。柔軟性ぐらいしかパッとは思い浮かばなかった。
「今の日本の社会で、女性のリーダーってどれぐらいいるの?」
「美雪様が豊森家の当主となってからは少し増えた印象がありますが、全体では2割を超える程度です」
「……つまり、8割弱は男性が組織のトップを独占していると見ることも出来る。これをずるいと思うか、順当だと思うかの違いだよ」
今の日本は、見る人が見れば男女不平等な社会なのだろう。女性の方が平均賃金は低いし、役職に就く人は男性の方が多い。特に軍では、男性の士官が8割を超える。
でも日本の予算を決めることができる8人の男女比が4人ずつで1対1だったことを考えると、飛び抜けた天才が生まれる確率は男女共に同じぐらいなのか。その1つ下の地位だと、男性の方が多くなるけど。
おそらく男女で教育の機会は均等だっただろうし、性差があるものだと認めているから、男性がずるいと騒ぐ人もいないのだろう。……平等主義を掲げるのも、時と場合によっては考えようだということだ。