第72話 異国人との会合
2020年7月19日の正午過ぎ、自由フランスの亡命者達を取り纏めるオーレリーさんとの会合が始まった。
……俺は親衛隊の人達と、遠くから眺めているだけだけど。そりゃ、得体の知れない人間とは接近させてくれないよな。後ろの凛香さんの圧が凄いし、大人しくしておこう。
「2617名のフランス人と、1人の混血人。計2618人が自由フランスの生き残りですね」
「数百万人はいる国の生き残りが2618人って、残りは奴隷にでもなったのか?」
「……ほとんどの人はイタリアとイギリスの軍に囚われたそうです」
「イタリアに追い出されたって聞いたけど、イギリスも関係しているのか。イタリアとイギリスの挟み撃ちなら、自立することがやっとの国で反抗出来るわけ無いな」
愛華さんの隣に座って、オーレリーさんと話している仁美さんの後方から会談を眺める。微かに声は聞こえて来るけど、日本語で会話をしているようだ。オーレリーさんは、少し片言かな。外国人が喋る日本語、そのままのイメージだ。
「船は何隻あったんだ?」
「7隻ですね。全て、重油で動いているそうです」
「……石油の精製だけでも、各地でさせておいて正解だったな。船が動くお陰で、会合が早まった訳だし」
白髪交じりのお爺さんと言ってもおかしくないオーレリーさんは55歳の男性で、亡命者達の中では唯一の高齢者だ。本当はもう1人、老人がいたそうだけど船旅中に亡くなったらしい。脱出の際に食糧を十分に用意出来なかったそうだから、何人か餓死もしているみたいだ。
そして会談が休憩に入ると、美雪さんの隣に座っていた仁美さんが席を外して俺の所まで来た。若干、怒っているような表情だ。
「秀則さん。この名誉日本人の規定ですが、4人の祖父母の内3人が名誉日本人で、もう1人が名誉日本人と外国人の間に生まれた混血人の場合、日本人となるのですか?」
「名誉日本人同士の結婚の場合のみ、子供は名誉日本人となると決まったけど、それ以外の場合では日本人扱いだからその場合は日本人になるね。混血人と名誉日本人の結婚になるし、2代前の4人の内、混血人が1人の場合、日本人でしょ?」
「……これでは7人の名誉日本人がいれば、日本人の血が混ざらない日本人が誕生してしまいます」
「日本語の使用を受け入れているなら、別に良いだろう。これで誕生した日本人と名誉日本人の子も、日本人にする予定だ」
どうやら純血のフランス人なのに日本人となる規定に異議があったようだ。仁美さんはこの件にあまり関わらなかったから、今になって気付いたのだろう。仁美さん以外で俺に面と向かって文句を言える人間はいなかったので、名誉日本人の案に関してはほとんどの項目がスムーズに審議を通過している。名誉日本人と日本人の間に生まれたハーフを日本人とするのは、かなり難航したけど。
「日本の発展のためにも、仁美さんには彼らのことを受け入れて欲しい。故郷を失った人達でも、持ち合わせている技術はこちらより上なんだ。ここでの生活に絶望しか無かったら、協力を求めるのは不可能になってしまう」
「彼らの船は、既に調査を始めています。技術であれば回収できます」
「……船舶の知識だけじゃなくて、他にも様々な知識を得られる可能性が得られるかもしれないことは分かっているよね?その知識が失われるデメリットしか無いから……純血のフランス人が日本人を名乗ること、許容できない?」
2600人以上のフランス人がいて、その中にはオーストリア=ハンガリー帝国やプロイセン王国に留学していた人間もいる。間違いなく知識の宝庫だから、それを失う可能性を上げることは止めて欲しい。内燃機関だけでは無く、様々な分野の知識を吸収できるだろう。それに、フランス人が今後爆発的に増えたとしても、第二次世界大戦が終わる頃に1万人を超すことは出来ない。
「……わかりました。確かに私が意地を張ったせいで、協力を仰げない方が困りますね」
「今度、埋め合わせはするよ。出来ることなら何でもするから」
「後で考えておきます。そろそろ、戻りますね」
「うん。あ、そうだ。彼らに対して、フランスに戻る意思があるのか無いのか、確認はしておいて。たぶん彼らが植民地に移住した時の最初の目的は、フランス・コミューンを打倒してフランスに戻ることだっただろうし」
将来的に、フランスに戻る意思があるかどうかの確認も行いたいので、仁美さんを通じて聞いて貰う。おそらく、最初はフランス・コミューンから政権を奪取してフランスに戻る、みたいな目標があったはずだ。新大陸重視の政策が大当たりして、政敵の粛清を始めた時点で、もうまともな方法で戻るのは無理だと悟っているはずだけど。
……日本も外から見れば共産主義にも見えるから、この世界の共産主義者は元気だ。フランスも過激なことはしているけど、大元には国際競争を勝ち残る、という思考があるお陰か悲惨な状況にはなっていない。悲惨な状況なら、イギリスやプロイセン王国との殴り合いで生き残れるとは思えないし。
時々、オーレリーさんからの情報が纏められて入ってくるので、それを把握しながら今後の方針を考える。フランスからの亡命者達は思っていたよりも多くの情報を持っていて、想定以上の、世界との技術力の格差を感じる。欧州では既に飛行機が飛んでいるみたいだし、潜水艦の存在も確認できた。
フランス軍によってイギリス軍が北アメリカ大陸から追い出されるのも秒読み段階らしいし、アフリカ大陸ではイタリアやオスマンが中心となってイギリスを相手に熾烈な覇権争いをしている。どうやら、アフリカ大陸の大陸横断鉄道は開通したみたいだ。これはフランスがアフリカ大陸から撤退しているのも大きい。南アフリカ王国を迂回するためにも、イギリスはアフリカ大陸を東西に走る鉄道を欲しかっただろうし。
……世界を統一するのは、なかなか難しそうだ。