第71話 台湾領
7月15日の昼頃に、亡命して来たフランス人達を台湾へと送った、という手紙が届いた。マレーシアに送った手紙はまだ届いているのか怪しいので、マレーシア辺りを統治する織田信弘隆信さんの独断ということになる。
……名前に凄く違和感があるので、仁美さんに聞いてみる。
「織田信弘隆信って、信弘が名前なの?」
「織田信弘という名前の人間が複数人いるため、後ろに父親の名前を入れています。同姓同名の人が多い時は、後ろに父親の名前を入れることがあります。豊森家では採用していませんね」
「何で豊森家では採用していないの?」
「不格好になるので採用しなかった、という話は聞いたことがありますが、詳しくはわかっていません……」
どうやら織田信弘さんの父が隆信さんという人で、同姓同名が多い場合は後ろに父親や祖父の名前を並べているそうだ。フランス人の亡命者の中にもそんな感じの名前を見た気がするな。日本語で父親や祖父の名前を後ろに置くと違和感が凄いので、限られた家でしか行っていないそうだ。
豊森家では生きている人間で同姓同名にならないよう配慮をしている。最近では一郎二郎の頭に漢字を一字入れる名前が主流で、これなら被らないと流行っているそうだ。その内、漢字二文字に一郎二郎の組み合わせとなるだろう。価値観と言うか、感覚の違いを感じる。数字で管理されていることに慣れ過ぎていてちょっと怖い。日本のトップでもこの有様だから、下はもっと慣れているはずだ。
「マレーシア辺りと、台湾は織田家の分家が統治していると聞いたけど、完全に任せている感じなの?」
「いえ、基本的には豊森家の設けた枠組みで働いています。しかし緊急事態や急いだ方が良い事案などに対しては統治者の判断に任せています。今回の場合は、織田信弘さんが台湾まで運んでも問題無いと判断したのでしょう」
「岐阜や滋賀も織田家だっけ?信長も子供は多かったし、60を超えても現役だったからなぁ」
台湾も領主が織田家の人間なので、織田家の勢力図はそこそこ大きい。しかし織田家の人間に豊森家の人間が嫁入りしたり、逆に豊森家の人間に織田家の人間が何人も嫁入りしているので、織田家と豊森家の間に生まれた人のみをピックアップしてもかなりの人数になっている。もう取り込んでいるようなものだろう。
「親戚と言っても良いのか。いや、戦国時代の頃から親戚関係ではあったんだけど。何重に婚姻関係を結んでいるんだ」
「戦国時代より26回、織田家の人間と豊森家の人間で結ばれていますよ。私の母が織田家の人間です」
「……彩花さんの親族関係が分からなくなってきたんだけど。父が豊森家の人間で、母の父がイギリス人のクォーターで……母の母が織田家の人間?」
「彩花は少々特殊な血筋ですので。普通はここまで複雑な家系にはなりません」
そして彩花さんは豊森家の中でもかなり複雑な血筋だった。仁美さんが複雑と言うなら、相当複雑なのだろう。ただ一つ言えることがあって、彩花さんの血統表に書いてある名前の人は全員頭が良かったみたいだ。体格とか運動能力では無く、頭の良さの遺伝実験の粋を集めて生み出した存在だろう。
それなのに生まれて来たのは茶髪くせっ毛で、可愛らしい顔なのにアホっぽく見える乳袋持ち体力オバケだから、何か間違っているというか、何というか……。確かに頭は良いんだけど、器のインパクトが大きすぎて、スペックに違和感を覚える。
「台湾にはまた行ってみたいな。昔の台湾と比べてどうなったのか気になるし」
「平壌や岡山と大差無いですよ?台湾ではサトウキビや枝豆が主要産業ですね」
「……もしかして、街並みとかも一緒?」
「はい。台湾に関しては暴風雨が何度も襲う影響で、少し背が低い頑丈な家になっています」
台湾には昔、行ったことがあるのでまた行ってみたいと思った。戦国時代の航海は命懸けだったけど、台湾までは日本の統治下に置きたかったので、大軍を派兵して占領した後に現地まで赴いた。あの時は占領地となった台湾の住人に結婚の制限まではしなかったけど、日本語の使用は強要していた。
……統治者として息子に台湾の管理を任せるとか、わりと監視社会の下地を作っていたような。巡り巡って自分に返ってくることが多すぎて、自業自得と言う言葉がピッタリな気がした。
仁美さんによると、もう日本化してから長いせいで独自の文化はほとんど無くなったみたいだ。テンプレ街づくりに違和感が無いから、文化がお粗末なのだろう。
「台湾には既に使者を送りましたので、7月20日までには京都に到着すると思います」
「仁美さんがマレーシアに送った使者って、台湾は経由していないの?」
「沖縄は経由しているので、沖縄の統治者には話が通っているかもしれませんが、台湾に届いているのかはわからないです」
フランス人の亡命者達を台湾に輸送した、という報告を受け取った時点で、既に台湾には到着していると思うので、数日後には会えそうだ。それまでに一通り、名誉日本人について確定させないといけない項目が多いので、豊森家の人間は大忙しだろう。今の日本の行政府にいる公務員は夏休みが長いらしいから、それまでに仕事を終わらせておいて欲しい。
「……8月中には10日間以上の連続した休みを取れるのか」
「行政府の人間は9月からまた予算案の会議に向けて忙しくなるので、長期休暇に関しては適切だと思っています」
「今年に限っては常備軍の維持費を見直したり、戦争を始めたり、物流管理部門を作ったりと大変だっただろうし、例年より多く休暇を取っても何も言わないよ。休暇が終わったら銀行制度の確立や給与体制の見直しまであるし」
行政府の人間は忙しそうだけど、週に2日はお休みだし、纏めて休暇は取れるようだし、良い生活は送ってそうだ。それを咎める気にはならない。国を動かす職の待遇が悪くなると、どうしても政治が乱れてしまう。それは戦国時代にいた時に痛感しているので、度が過ぎない限りは許容しよう。