第68話 民主制
「民主制の最大の利点は、国民が行政を監視できることなんだ。行政が間違っていたら、別の政党に切り替える事が出来る。国がサボっていたら、国民が許さない」
「それが、民主制の最大の利点ですか?」
「……これに愛華さんが疑問を感じる時点で、豊森家の統治が如何に誠実なものだったかがわかるな」
民主制を採用すると、国民の関心が政治に向く。当然税金の使われ方にも興味を持つし、国民一人ひとりが政治に参加できる権利も持つ。国民が政府を監視すること、これが最大の利点であると、俺は勝手に思っている。
「でも、今の日本は告発が推奨行為だ。ここ50年の内に追加された法律の中で、最も多い項目の1つが告発関係の時点で、如何に苦労したのかがわかるよ」
「告発制度のお陰で腐敗を防げている、ということですよね?」
「……やっぱり彩花さんは頭良いね。
そういうことだよ。告発が出来る社会というのは、かなり得難い社会なんだ」
その最大の利点を、豊森家は法律と相互監視社会で作り出した。上の人間が下の人間を管理し、下の人間が上の人間を監視する。通常、下の人間が上の人間を監視する社会体制を築き上げるのは難しいのだけど、下の人間を法で守ることによって、上の人間を不利にさせることで、強引に成立させている。
「美雪さんが全国を歩き回っているのも、監視のためでしょ?」
「はい。基本的には美雪様の親衛隊の方々が取り調べをしていますが、美雪様を持て成す際に告発が起こることも多々あります」
「金で告発を封じ込められなくしたのは凄いと思うよ。口封じの際の金額や状況に応じて、報奨金を増やすとか随分と太っ腹だと思ったけど、そうでもしないと駄目だったんだろうね」
美雪さんが神奈川に行ったり、北海道に行っていたのは視察のためだったと言われていたけど、実際には告発できる場面作りのためだった。ただ旅行をしていた訳では無い。美雪さん本人は蟹が美味しかったとか、北海道は3月でもまだまだ寒いとか、完全に旅行の感想を語っていた気もするけど。
国の実質トップが、監視のために現地に訪れるなら、視察される側は対応のしようが無い。口封じしようにも、金は無理だし、暴力や恩や待遇で縛るのかな?それもそれで対応出来そうな法や告発者が優位な現状だと、無謀な気もする。
その上、美雪さんの手足となる親衛隊の数はかなり多い。その誰かに接触されれば一巻の終わりとか、不正をして私腹を肥やすのは無理そう。第一、上の人間は私腹を肥やそうとしなくても十分なお金が懐に残るし、重婚はさせられるという現状を考えると、何のために不正を行うのかが気になる。
「最近の不正って、大体が能力を認められるため、だっけ?」
「そうですね。中抜きをするというより、降格させられそうな人間が一か八かで資料を改竄し、平均レベルに見せかける、という不正です」
「……私腹を肥やされるよりかは無害だな。いや、改竄は許さないけど」
「改竄が発覚した人間の多くは重い罪として裁かれます。改竄しなければ単なる降格で済むことを考えれば、改竄する利点がありません」
愛華さんが現在問題になっている改竄について教えてくれたけど、中抜きに比べれば可愛い物だ。今の日本の体制だと、トップに居座る豊森家の当主が正常に機能さえすれば、国が保てる。当主が頼りなくても、周りの人間や法が下の人間を守ってくれる。このことを把握した時点で、民主化する意義を失った。
「それに、国が投資していた分野もあって、それに関わることなら成長もしているから、今のままで良いと判断したんだ」
「……農作物や家畜の品種改良ですか?」
「うん。改変前より進んでいそうなものもあるし、末恐ろしいよ」
また、成長が少ないと言っていたけど、確実に進歩している分野がある。それは品種改良の分野だ。5億人の人口を支えるために品種改良を絶やさず行ってきたお陰で、実りの多い小麦や病害に強い稲が生まれた。化学肥料が無いとここまでの人口爆発は無理なような気がしていたけど、農地面積が広くて品種改良に積極的なら、あり得ない話では無い。
もっとも、100年前と比べて稲や小麦の生産力が3倍近くにはなっているけど、それは農地面積が2倍前後に増えているからであって、品種改良の力だけでは弱い。やっぱり化学肥料が必要なんだろうけど、ハーバー・ボッシュ法で作るんだっけ?もう少しでピースが埋まりそうなんだけど、思い出せない。
元々、記憶力が良い方では無かった。高校に通っていた時の知識は保存されているけど、曖昧な知識は曖昧なままで保存されているから辛い。
「魚の養殖の方も、人口を支えるためだよね?」
「はい。入り江を利用して稚魚を放流したり、網で囲って完全な生け簀にしたりしています。牧畜も大規模にして行っていますが、魚の養殖の方が楽ですね」
「……養殖の方が楽なのかぁ」
魚の養殖に関しては、行わないといけないレベルまで漁獲量が減ったからだ。気付ける方も凄いがすぐに養殖をしよう、となった日本も凄い。お陰で安定して魚というたんぱく質が手に入るのは、何よりも大きい。
その魚を加工する工場みたいな建物があるそうだから、それを大掛かりにしようか。肉や魚の加工工場を増やして雇用対策にしよう。缶詰も大きな物しかないから小型化を行って、軽工業の発展を狙う。軽工業の中で唯一発展してそうなのは繊維工業だから、繊維工業に関しては口出ししなくても良い。
……繊維工業は雇用対策にもなるし、豊森家が中心になって推し進めていたのだろう。人手を多く使用するから、過剰生産気味なのかな。別口の産業が発展したら、人を移そうか。