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第67話 捕捉率

夜遅くまで行われた会議のような、ただ俺が一方的に知識を授けた話し合いは給与形態の見直しまで決定して終わった。後は美雪さんと仁美さんが何とかしてくれる、と思っているので自室に戻って眠ろうとしたら、声がかかる。


「……最後に何か一つ、秀則様が秀則様本人であるという証拠を見せて頂けませんか?」

「……恒一郎(こういちろう)さんだっけ?別に良いよ」


対面に座っていた男性が、証拠を見せろと言って来たのだ。そしてこの場で恒一郎さんを睨んだのは美雪さんと仁美さん、仁美さんと仲が良さそうだった女性の3人だけ。無関係を装っているのが男性の両隣にいる男性2人、面倒なことになったと思っているのが俺の隣にいた男性。残りの女性2人は、恒一郎さんに賛同しているような雰囲気すらある。


「我々は、秀則様が秀則様だと本心から……」

「刀を持って来て、良く斬れるやつ」

「……っ!」


愛華さんに刀を持ってくるように言うと、すぐに刀を取って来てくれた。見た感じ、手入れされていて良く斬れそうな刀だ。


切れ味の良さそうな刀を右手に持ち、恒一郎さんに近づく。委縮した恒一郎さんの目の前で渡された刀を振り下ろして、自分の左腕を切り落とした。


「……ぇえ!?あ、ぁっ……」

「安心して。痛くないから。どうせ目が覚めたら治るし」


その左腕を、返り血を浴びた恒一郎さんに渡して、血を流しながら寝室へと帰る。久しぶりに重傷を負った状態で眠るから、今日はぐっすりと眠れるかな。


……実際、痛みを感じるのは一瞬だけだ。一度重傷を負うと、その傷口をぐりぐりしても痛みは一切感じないし、眠れば治る。不死に近い状態だということは、戦国時代では凄く役に立った。というか無かったら100回以上死んでいる。ただの高校生が戦国時代に行って生き残れるわけ無いしな。




そして目を覚ますと、左腕は生えていた。まあ髪が伸びなかったり、普通なら数日間は治らないはずの切り傷が寝れば治っていたから、戦国時代にいた時と同じだな。翌朝、酷くやつれた恒一郎さんが大事そうに俺の左腕を抱えているのを見て、可愛そうにもなったので恒一郎さんに謝罪して左腕を返してもらった。何かに使えそうだからこの左腕はホルマリンにでも漬けておきたい。ホルマリンの作り方がわからないけど。


「愛華さん、凛香さんはその様子だと一晩中俺の身体を観察してたんでしょ?どんな風に治ったの?」

「いえ、それが……恐らく私と凛香さんの瞬きが同時に起こったタイミングで、治っていました」

「……一瞬で、元通り」

「そっか。観測出来ないのも同じか。周りの人間に聞いても、いつも『いつの間にか治っているんです!』って言われたなぁ」

「秀則様、今後自傷することは無いようにお願いします。豊森家一同のお願いです」

「うん。考えておくよ」


腕を切り落とした理由は確認の面も大きいけど、血飛沫を浴びるほどの距離でアレをやると戦国時代を生き抜いた猛者でもやべえ、と思ってくれるのでその後の管理が非常に楽になるのだ。今は逆に不和を招きそうな気がするのでもうしないようにするけど、たぶん恒一郎さんは当分の間、逆らえないと思う。


一応、あの場にいた全員の頭の回転が異様に早いことは理解しているので、あの場にいた豊森家の人間の異常性は理解している。だから恒一郎さんやその他の猜疑心を持つ人間に謀反を起こされないよう、釘を打つ必要はあった。血飛沫ブシャーはやり過ぎた気もするけど、手っ取り早い『秀則様』の証明手段でもあるから仕方が無い。


まあ権力の大半は手放すつもりだし、意味が無かった気もする。


「それにしても、民主化を行う物だとばかり思っていましたが、現行のままで良かったのですか?」

「民主化にメリットが無いなら、むしろ必要性は低いからね」


愛華さんが民主化しないのか、みたいなことを聞いて来たので、ゆっくりと解説でもする。時間が空いたことだし、凛香さん、愛華さん、彩花さんは長い付き合いにもなりそうだから、思考を伝えておいて損はないだろう。


「そもそも国の徴税が上手くいっているなら、強引な改革をしなくても良い事はわかる?」

「……なんとなくはわかります」

「混乱なく徴税出来ていて、国が黒字なら、基本的に問題は無いんだよ。この国で、所得税の回収率は9割を超えているでしょ?」

「100%回収できている訳ではありませんが……推定で98%ですから、9割を超えていることは確かです」


一昔前の言葉だけど、クロヨンやトーゴーサンという言葉がある。これは少し前の日本での、所得税の捕捉率を示している。給与所得者は9割から10割、自営業なら5割から6割、農民や漁師なら3割から4割を捕捉している、という意味だ。要するに、農業や水産業に従事している人間から税金を正確に取ることは難しい、という意味の言葉になる。


一昔前の日本でさえ所得税の捕捉率は酷かったのだ。税の仕組みを考えること以上に、徴税を正確に行うことは国にとって重要になってくる。秀吉が太閤検地を行った理由でもあるな。この世界では俺が考案して秀吉が実行したことになっているけど。


しかしこの日本は農民の大半が給与取得者であり、国が農民の所得について深い理解があるため、脱税が起きにくい。その上、大きな民間企業には豊森家の税理士が派遣されたり、自営業の納税には抜き打ち検査が不定期で行われている。


その結果、愛華さんが言う推定98%という異常な捕捉率になっている。……まあ、正確な捕捉率なんてわからないけど。もしかしたら豊森家がそう思っているだけで、6割にも達してない可能性だって十分にある。


それでも、税金をきっちりと把握し、回収する。国として1番難しいことが、既にできている状態だと思って良いだろう。そのため、国という1番大きな企業は常に黒字で緩やかな……非常に緩やかな成長を続けている。


……もしも豊森家の支配が無くなれば、1から徴税についても見直されるはずだ。その時、今ほどの徴税機構を再現できるかは怪しい。


下地があるから難しくは無いだろうけど、管理社会を壊してしまえば今よりも低いレベルの徴税機構になることは明らかであり、間違いなく衰退することになる。流石にそれを知っていて、今の政治体制を根本から改革する、なんてことは言えなかった。

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