第60話 徘徊する旅人
岡山の国有企業で働く2人の男性の日常について知ったり、生活レベルについて理解できたので京都へ帰る。休日は、2人とも週に1日だけだった。希望する曜日の休みを基本的には貰えるようで、年中働きっ放しという訳ではなかったけど、少ないな。お盆と年末年始には連休もあるので、年間休日は60日を超えるぐらい。8時間労働は厳守されてないし、改変前の日本なら完全にブラックだ。
民間企業の方は休みが多い感じだし、給料は国有企業の倍以上貰えているようだけど、家賃が倍増したり食料の配給が無いので生活レベルに関しては同じ程度か、民間企業に勤めている人の方が少し良いぐらい。もっとも、社長とか上の立場の人間だと凄く良い暮らしを送っているようだけど。
何気に物件や土地の売買に関しても掌握しているのが豊森家なので、家賃収入のほとんどが国に入っている。個人から個人へ売り渡す場合でも、必ず国を仲介しないといけないし、土地の値段は資産の量によって比例的に変わる。1人が莫大な面積の土地を買い占めることが出来ないように、工夫をしているのかな。
民間企業に関しては、能力が高くないと雇われないし、給料が低かったり労働環境が悪かったりすると企業側が見限られる。国有企業という受け皿があるから、労働環境は勝手に良くなった感じだな。その分、能力を求めている感じだけど。
汽車を待つ間、少し時間があったので同じホームで汽車を持つ老人と話をした。
「儂はな、今年で67歳になる。仕事は一昨年に辞めてな、金が貯まっていたからあてもなく全国を歩き回っているのだ」
「何処で、仕事をされていたんですか?」
「大坂にある、大鳥家具だ。嫁には先立たれてな、子や孫も大きくなったから、儂の資産を狙っておる。その前に、使い切ってしまいたいのだ」
この人は大阪にある家具の販売を専門に行っている会社で、長い間家具のデザインに関わる仕事をしていたらしい。この人が設計した家具は今でも人気で、大鳥家具の販売数は近畿圏内で1位を独占しているとか。愛華さんによると豊森邸の食堂にある椅子も、大鳥家具の椅子とのこと。この人は箪笥や金庫みたいなものの設計図を書いていたようだから、残念ながらこの人がデザインした家具が豊森邸にあるのかはわからない。
「使い切ってしまいたい、ですか。2割は国に取られてますからね」
「いや、国に取られるのは構わない。……単に、息子達が気に食わんだけだ」
この国に相続税は無い。しかし、個人が手に入れるお金のすべてに所得税がかかるので、実質2割の相続税があると考えても良いだろう。そして相続税っぽい所得税を専門に監視するための部署が、この日本にはある。……いや、それは改変前の日本にもあるか。
とにかく、えげつないほどの正確さで故人を調べ上げ、きっちりと財産の2割分のお金を持っていく。残りを、基本的には長男に譲渡することにはなっているが、故人の希望や遺言書があれば分割相続も可能だ。
「儂が財産は兄弟間で分割しろと言うておるのに、長男のあいつが全部総取りしようと企んでおったからな。もう一切合財渡す気はないわ」
「ああ……それは、酷いですね」
長男が善人なら、兄弟で分割することもあるのかな。この時のお金に累進課税が課せられないのは、完全に豊森家優遇政策の1つだ。お陰で民間企業の社長の長男とかは、働かなくても暮らしていけそうだけどな。
「今日は、どちらまで行かれるのですか?」
「丹波だから、次の汽車に乗る予定だ。……ひ孫が生まれたからな」
「ひ孫ですか!?おめでとうございます」
この老人にとってひ孫は4人目だから、もう慣れたそうだ。20歳から22歳までには結婚するのが普通だから、60代後半でひ孫がいることも珍しく無いのだろう。そもそも、孫が6人もいるそうだし。
老人は、兵庫の北の方へ向かう汽車に乗って先に行ってしまったので、手を振って見送る。厳格そうで偉そうな老人だったけど、親衛隊の数に怖気づいてしまうことが無かったから、きっと経験が豊富な人なのだろう。むしろ、俺の方が自然と敬語を話していた。一応、あの老人とは同じ年ぐらいなんだけどな。精神年齢とか、一切成長してないけど。
……最後、別れ際に貯蓄額を聞いてみたら、数千万円だったので驚いた。死ぬまでには使い切れそうに無いな。きっと全国各地を旅して、気ままに食べ歩くつもりだろう。さっきも駅のホームで1番高い弁当を食べていたし。
帰りは汽車の中でうつらうつらとしていたら、いつの間にか京都だった。完全に寝ていたな。気付いたら凛香さんの膝の上に座りながら寝ていたから、いつ俺を膝の上に移動させたのかが気になる。
「お帰りなさい、秀則さん。岡山の地は、どうでしたか?」
「ただいま。岡山は良いところだったよ。というか、何処もあんな感じなのかな?」
「岡山には何度か行ったことがありますが、特産物を生産する農園以外は、地方都市として大きく異なる点はありませんね」
仁美さんが出迎えてくれたので、お土産の桃を渡して一息つく。岡山は都市部以外、田んぼや畑が続いており、桃やマスカットの農園が点在する感じだった。農場と農場の間には、10代の人間なら無料で入れる寮みたいな建物があったり、長屋があったり。長屋は共同トイレと共同風呂だったけど、12畳ぐらいの大部屋がある2Kの間取りで月5000円と考えれば妥当か少し安いレベル。
「大鳥家具の家具って、この家にどのぐらいある?」
「大鳥家具ですか。日本で2番目に大きい家具の会社ですが、高級品は取り揃えていないのであまり無いです。確か食堂にある椅子と、加藤さん達の部屋に置いた箪笥や長椅子、机も大鳥家具の製品ですね」
仁美さんに大鳥家具について聞いたら、大衆向けの家具専門販売店みたいな認識だった。販売数が1位とは聞いたけど、売上高は1位では無いと言うことか。まあ民間企業でも、給料が多く出ていそうなのは良いことだ。銀行から借入ができないと言うことは、何代も経て大きくするしかない。
……銀行制度だけは本格的に取り掛かろう。ここを抑えれば、市場の拡大は出来るはずだ。その分、破綻者が出る現実はどうしようもないが。