第59話 一般農家
農場で知り合った男は、嫁が2人いる勝ち組人生を送っていた。しかし家が寮では無いから家賃が月に5000円必要だし、食事も寮みたいに出る訳じゃない。食料の配給はあるようだけど、米と野菜が基本だった。
「現在の、給与と生活費とかわかる?」
「私の家計簿がありますので、それを見て貰えればわかると思います」
現在の所得を妊娠していない方の嫁さんに見せて貰うと、男が年収45万円で妊娠していない方の嫁が年収50万円だった。妊娠している方の嫁さんは今年の3月で仕事を辞めたので、今年度は年収0円。昨年度は年収44万円だったので、男と同じ仕事だったのだろう。退職金みたいなお金が26万円と、国から祝い金が3万円だけ出ているけど、少ないな?
「退職金って、一律で勤続年数×2万円か?」
「いえ、違います。若い時はそうなりますが……10年勤続していた場合は勤続年数に2万円をかけます。15年の場合は2.5万円で、25年なら3.5万円をかけますね。最長は11歳から60歳までの50年間で、勤続年数に6万円をかけるため、国営企業の退職金は最大で300万円となります」
妊娠している方はここの農場で12年間働いていたので、退職金が26万円と定められているらしい。凄い単純計算で決められているから退職金が多すぎる気もするけど、満額貰えることの方が珍しいようなのでこれで成り立っている模様。
これ、休職という制度が無いのかな。すぐに再就職はできるようだけど、女性は基本、退職金が満額貰えないことを前提にしている気がする。というか軍に入っていたら退職金で300万円は貰えないな。軍属の人の給料はかなり良いから、相殺している感じだけど。
「2歳からは子供を国の施設に預けられるので、それから職場復帰という流れです」
「……子供が2歳になるまでの3年間は子育てに追われる訳だし、お金のやりくりは大変だな」
「私達は貯蓄があるのでそこまで大変ではありませんが、不安にはなりますね」
愛華さんに2歳からは施設に預けられると教えられるが、それまでの3年間は仕事が出来ないということだ。おそらく、家事をしながら子育てをするのだろうけど、その間の収入が無いのは辛そう。
家計簿の生活費の欄を見ると、昨年度の7月は家賃が5000円、食費が1万円、衣類や化粧品で2万円。日用品やその他雑費が1万円。趣味が1万円で貯蓄が4万円だ。3人合わせての月収が12万円前後だったから、意外と余裕はあった。税金で2.5万円ぐらい差し引かれているから、もう1人の女性の方も働けなくなったら辛い感じかな。
「貯蓄は……700万円もあるのか。あれか、軍役の時のお金をしっかり蓄えているのか」
「はい。将来的に絶対必要になると思っていたので、軍役の時に貯めていた300万円は手を付けていません」
軍役の時は1年に60万円ほどのペースで貯めていたようだから、貯蓄はあるようだ。各々貯金をしていたようだし、これなら心配は無い。というか、もうちょっと良いところに住んでも良かったと思う。もうすぐ4人家族になるのに、小部屋と大部屋と台所しかない部屋は……いや、新婚ならこんな暮らしも良いか。これで家賃5000円なら、かなり安い方だろう。国有企業に勤めているから、割引されていたりもするのかな。食料の配給もあるから、飢えて死ぬことは無い。
「普段は、何時に家を出ているの?」
「今の季節だと、朝の6時に起きて、急いで支度して6時半には家を出ます。帰れるのは夕方の5時半頃ですね。
実働時間は昼の1時間と休憩時間を抜くと、9時間程度です」
「職場まで歩いて行って、実際に仕事を始めるまでの時間が30分程度なら早い方か。それで、収穫期以外は月収3万円と」
「私は寮でご飯を作るので、もっと早い時間に起きます。朝の5時前には家を出て、ご飯を炊いています」
妊娠していない方の嫁さんは寮で朝食の用意と夕食の下ごしらえをする仕事に就いているため、朝の5時から昼の3時ぐらいまで働いている。休憩を抜くとしっかり9時間は働いているようだ。一方で妊娠している方の嫁さんはそれぞれの朝食、昼食用の弁当、夕食を作り、掃除や洗濯を請け負っているようだ。
……愛華さんに聞くと、これでそこそこ上手くいっている家庭とのことだから、これが層の厚い中流階級の平均的な生活なのかな?思っていたよりちゃんとした生活を送れているようだけど、子供が増えると大変らしい。
その子供も、10年で社会に出ることとなるが。2歳から軽い学習を始めて、3歳から足し算引き算の概念を教えて、5歳になる頃には読み書きを教えるとか小学校の前にある程度の教育が済んでいるな。小学校に入る6歳からは本格的な漢字の読み書きや四則演算を教えて、8歳になる頃には一次方程式も教えている。そりゃ、小学校で留年がある訳だ。10歳でストレートに卒業ができるのは、6割程度とのこと。
……この男の人も、妊娠している方の嫁さんも、11歳できちんと社会に出て働き始めている時点で優秀な方なのだろう。妊娠していない方の嫁さんは、留年していたみたいだけど。
そう考えると、今隣にいる愛華さんや彩花さんは完全にスペックがおかしいな。特に、彩花さんなんか11歳で士官学校に入学している。本来なら間に3年間の中学校に相当する教育機関を出ていないと厳しい試験を突破して、首席卒業している時点で超ハイスペック。海軍士官学校のレベルが低いのかと思ったら、陸軍士官学校より難しいようだし。
色々と私生活の事も聞いてしまったので、持ち帰る予定だった桃のお裾分けをする。凛香さんに金一封を渡しているから気にするな、みたいなことを言われたけど、気持ちの問題だ。たぶんこれ、希少な品種の中でも状態の良いものを厳選した桃だろうし、金一封より価値がありそう。
赤字経営なのに何処から人を雇うお金が湧いて出てくるのかな、とも思ったけど、所得税の2割だけでかなりの税収にはなってそうだから、税金の補填でなんとかなっているのだろう。民間企業もある訳だし、経済の循環だけは行えているけど、これを成長させないといけない。
銀行みたいな、国がお金を預かる機関はあるようだけど、お金を預けるためだけの場所になっているから、借入を始めようかな。……借入ができないことに驚いた俺に親衛隊員が驚いた。これは高利貸しを成敗しまくった俺の所為かもしれないけど、預かったお金をどう活用するのか、考えるぐらいのことはして欲しかった。
そろそろ情報収集が終わるので、もう何話か挟んだ後は主人公が具体的な政治体制の方向性を決め始める予定です。