第55話 敵と味方と
「ただいま帰りました」
「おかえり。
……不破野さんに、何したの?」
「マッサージを施しただけですよ。今まで戦場で戦っていた兵士とのことなので、休息を与えました」
仁美さんが不破野さんを連れて帰って来たので、不破野さんに何をしたのか仁美さんに聞くと、マッサージをしたとの返答が。家から出て行ったのは朝8時で、帰って来たのは夜6時。10時間もかかるマッサージって何だろう?
「何をされたの?」
「マッサージを受けていました。あまりの気持ち良さに、ほとんど寝ていた気がします」
「……質問とか、された?」
「されましたが、あまり変なことは聞かれませんでした?あれ、でも答えた記憶が無いような……」
不破野さんにこっそりと聞いてみると、本当にマッサージだったみたいで不破野さんの体調はすこぶる良いらしい。今なら3キロ先でも撃ち抜けそう、とか言っているけどそこまで弾が飛ぶ狙撃銃が無い。
まあ、リラックスさせて眠気が強い状態にしてから性格とか思想を確認していたのかな?この疑い深い性格は、俺のせいとも言えなくはないから辛い。
戦国時代、1番辛かったことは血縁者がいないということだった。各大名は重職に一門を据えるのが普通で、織田家ですら血縁関係は重視していた。だからという訳では無いが、金と権力を利用して女を囲い、血という明確な繋がりを持つ子供を多く作ったことは確かだ。
20年もすれば、背丈も顔も変わらない俺が化け物だということが知れ渡ったから、結局は無駄な行為だった訳だけど。それでも子を強く信頼し、兄弟間の結束を固めるように言ったのは重職を任せられるような信頼できる相手が少なかったからに他ならない。
……一族の結束を強くし過ぎた結果が、これだけど。豊森家の人間は特別視されて、日本を意のままに操っている。これをぶっ壊した時、反逆されたとしても俺は死なないけど、そのせいで日本が二分して国力が低下する事態は避けたい。
「明日は、国営農場の方に行ってみたい」
「今夜は夜遅くまで祝宴が開かれる予定ですが、早めに切り上げますか?」
「……何の祝宴?」
「秀則様が無事に戦地から帰還したことを祝う祝宴ですよ」
これからは色んな所を自分から見てみよう、と決意して愛華さんに明日の予定を伝えると、今夜は祝宴が行われると言う。戦争に勝った訳でも無いのに、宴会を開くのか。
「何時からだよ」
「19時からです。もうそろそろなので着替えて下さい」
「……愛華さん、何か変わったね?」
「2ヵ月も戦地で共に行動していれば、慣れてしまう所もあるので」
時計を見ると、18時半だ。普通に家で夕食を食べると思っていた俺は、派手な服に着替えさせられて、連れ出される。目的地は豊森邸のすぐ近くにあった、祭壇のある古めかしい建物だ。俺がこの世界に来た時、1番最初にいた建物だ。
3カ月前、初めてこの祭壇の上から人だかりを見た時、全員が平伏していた。その心中は、大半が畏怖と恐怖で占められており、僅かに不信感のある人が1割前後いるだけだった。
今日の宴会に参加した人は、その時と面子がほとんど変わらないだろう。その心中は、怪異を見るような目で見つめてくる人が3割、畏怖と恐怖で脅えている人が2割、尊敬して崇拝している人が3割、大小様々だけど不信感を持っている人が2割って所か。
支持率を改まって聞いてみたら100%だろうけど、実際には7割弱ってところかな。まだ神だと心酔してくれている人が5割は超えてそうだし、不信感を持つ人も実際に行動を起こそうとするほどの不信状態には陥っていない。
この場にいるほとんどが豊森家の人間ということも関係するのだろうけど、それでも国の中枢にいる人物に不信感を持つ人間が増えるのは不味いな。と言っても、解消するには大きなわかりやすい成果物が必要か。
「乾杯!」
宴会は美雪さんの号令により始まり、色んな人が挨拶に来る。この中の何人が、今の俺に不平不満のある連中なのかは気になるから、今度はしっかりと名前を頭の中に入れる。
……要注意人物は財政を司る機関の人達と、海軍関係者かな。当たり前のことだけど、戦争をすれば予算案は滅茶苦茶になるし、海軍より陸軍や空軍を優先して愉快な海軍関係者はいない。個人的な恨みもそろそろ発生しそうだ。
唯一の救いは、美雪さんや仁美さんが単なる尊敬だけではなく、家族としての、恋人としての愛情を持って接してくれていることか。……中身は変わっても、10年以上も一緒に過ごしてきたしな。ほとんど軟禁されていたけど。
「はぁ、挨拶が多くて疲れたよ」
「……本当に、挨拶で疲れた?」
ごろんと寝転がろうとすると、後ろにいた凛香さんの身体に支えられる。いつの間に後ろへ移動していたのかわからないし、ちょっとしたホラーだ。だけど凛香さんが背中にいるだけで心強くなるのは何でだろうか?絶対に自分だけは襲わない肉食獣が背中にいるという安心感がある。
「何で、わかった?」
「秀則様、一人一人の立ち居振る舞いを観察してたから」
「俺が観察していたと逆に察知していた人はいるか?」
「……いないと思う。一瞬、気が強くなるだけだったし」
凛香さんは、気配を察知するのと気配を消すことが得意だ。人間を止めているレベルで。部屋の中にいるのに、玄関にいる客人の人数すら言い当てる姿に何回も鳥肌が立った気がする。
……間違いなく凛香さんは、優れた者同士を掛け合わせることを目的とした豊森家の実験の中で最も優れた系統の、成果物だろう。凛香さんの姉妹は全員が軍内部で異様な身体能力を発揮し、あらゆる分野の武術で他の人間を圧倒している。凛香さん自身も、柔道で日本一だ。
価値観や倫理観がガラガラと音を立てて崩れていくような気もするが、どうせ明日になったら復活するので気にしないでおこう。元々は俺が優秀な遺伝子同士を掛け合わせて優秀な軍馬を生産しようとしていたんだ。それを人間に適用したら、成功してしまっただけのことだ。
馬も人間も同じ生物である以上、人間だけが成功しないはずがない。人間での成功率は、調べてみたら低かったけどな。しかし一定の成功率があったことは認めないといけない。
……じゃあ逆は、どうなるんだろうか。その辺も、自分の目で確かめようか。