第52話 自由
7月8日の夜になって、ようやく豊森邸に到着した。4日間で北京から京都まで移動できるって凄く発展している気分になるけど、本来なら飛行機で4時間もかからなかったことを考えると憂鬱な気分になる。
夜中に京都に着いたので既に屋敷の住人は全員寝ているかなと思ったら、仁美さんや美雪さんを始め起きていた人達が大慌てで出迎えてくれた。本来なら明日の昼に着く予定だったから、準備が出来て無かったのだろう。
「お帰りなさい、秀則さん」
「ただいま、で良いのかな。仁美さんは元気そう……には見えないね」
「すいません、お見苦しい所を見せてしまって……」
仁美さんの元気が無さそうなので、原因を探ると俺の出した鉄道課の権限を大きくする計画を纏めていたからだった。鉄道課は物流管理部となって、動員の際に食品や日用品の輸送に影響が出ないよう管理する部門になったようだ。それを作るだけでも、大きな一仕事だったのだろう。
「それに加えて、フランス人の亡命者達がマレーシアに来航したようなので、対応に追われていました」
「フランス?共産主義革命が起こったのはかなり昔のようだし、今さら亡命者が出るの?」
「いえ、彼らは自由フランスと名乗る国からの亡命者です。我々もまだ詳しく概要を知らないのですが……」
「……京都まで連れて来て、丁重にもてなすように伝えて」
夜遅くまで起きていた理由は、フランス人の亡命者がマレーシアに来航した、という情報が入って来たせいだと仁美さんは話す。100年近く前に共産主義化したフランスから逃亡者が出るとは思えないし、植民地に逃げた資産家達の生き残りかな?だとしたら、今の日本では知る事が出来ない色んな情報や技術を持ってそうだし、逃がす訳にはいかない。
「……あれ、フランス語って喋れる人いるの?英語で会話してる?」
「いえ、亡命者達の取り纏めの人物は日本語の読み書きができるようです。
こちらが報告書になります」
仁美さんから渡された、シンガポールやマレーシアの辺りを仕切っている領主からの報告書によると、アフリカ大陸の角の部分、ソマリア辺りに住むフランス人達がイタリアに追い出されて日本まで流れ着いたらしい。アフリカ大陸では西欧諸国の植民地の取り合いが起こっているから、その流れで追い出されたのだろう。
……自由フランスという国は、共産主義革命が起こった際に逃げ出した資本家達が当時のフランスの植民地だったソマリアに逃げて打ち立てた国らしい。要するにフランスは、共産主義のフランスコミューンと自由主義の自由フランスに分裂したということかな。
当時のフランスはかなり不安定で、アメリカ大陸を重視する派閥とアフリカ大陸を重視する派閥に分かれていたとのこと。結局、アメリカ大陸を重視する派閥を取り込んだ共産主義者達がフランスを乗っ取ったようだ。自由フランスはソマリア領以外にも幾つか拠点はあったけど、次々と各国に拠点を潰されて、最終的にはイタリアに追い出されるレベルの国力まで低下したとのこと。
何でそんなフランス人が日本語を喋る事が出来るのか、ということになるけど、南紅海戦の時に日本海軍がフルボッコされたせいだった。あの海戦で沈んだ船に乗っていた日本人が何人かソマリアまで漂流して、フランス人達に助けられたらしい。その日本人の子供も1人、亡命者達の中に含まれているようだ。
「よくフランスの船を見かけて、日本軍が沈めなかったね」
「報告書とは別に書かれていましたが、亡命者達の船には日本の国旗が掲げられていて、乗組員達は白旗と日本国旗を振っていたようです」
「ああ、元から日本に亡命する気だったのか。一応、日本は下手に出る投降者にかなり優しいし」
シンガポールから京都に護送するよう命令を出すけど、連絡役が移動するのは明日からだろう。フランス人達が京都まで来るのに、最短で往復20日前後はかかるから京都に到着するのは今月末だろうな。
「今は亡命者達をどうしているの?」
「客人として不自由の無い生活は送らせています。諸外国と国交を持つために、外来船への対応を変えていたため、敵意を持たないようには厳命していました」
最後に、フランスの船は石油で動いていたことを伝えられる。重油を使っているみたいで、内燃機関があるということだろう。それで移動をしたら、京都までかかる時間はもう少し短縮されるかな。建国時から技術開発が止まっているかと思ったけど、たぶんスパイか何かで西欧諸国の技術の新規獲得は行っていたのだろう。
15年前の日本について、日本兵達から聞いていたなら技術を売り込みに来た可能性もある。日本語を話せるというフランス人達のリーダー、オーレリー・ファルハット・フラン・エル・ラムダニさんにも会ってみたい。長いから、呼ぶときはオーレリーさんで良いのかな?
亡命者達の名前一覧を見たけど、フランス人の名前って何でみんな長いんだろう。そんな中に、山田アリスという名前の人物がいた。まだ8歳の女の子で、間違いなくハーフだろう。親の名前は見当たらないというか、亡命者の中には子供がかなり多かった。
……脱出の時に、親は子供達を優先したのだろう。その気持ちはよくわかるから、この子達は大切に扱おう。




