第46話 夏至
不破野さんの鞭打ち刑の執行日が明日に迫った6月22日。北方戦線に属している第十軍が廊坊市を陥落させたようで、天津市を占領した軍の一部が廊坊市付近に展開しているとのこと。廊坊市は北京市と天津市のちょうど真ん中にある都市で、要するに天津市を占領した軍は指示通り南下する部隊と北京への援軍を行う部隊に分かれていたということだ。
「第10軍の指揮官の……佐藤中将には南下しろって伝えたはずだよね?」
「はい。しかし北京で第6軍が共産党軍に攻め寄せられていることを知って3個師団を天津市から援軍として派遣しようとしたみたいです」
「……まあ、ほとんどの部隊は南下させたみたいだし、命令無視どころか有り難い行動だよ。同じ戦線でも、情報の伝達には端から端まで3日近い時間がかかるからな」
天津を攻略した第10軍の指揮官は50歳ぐらいのおじさんだったけど、この人は周りの状況を把握する能力に長けているそうで、北京で苦戦中だからしばらくは第6軍が動けないことを察して廊坊市を占領しに行ったようだ。
「南下している第10軍は、今どこまで進んでいるんだ?」
「そろそろ先遣隊は滄州市に到達するとのことです。ほとんど抵抗は無かったようで、順調に進軍していると報告がありました」
「……滄州市ってどこ?」
「この辺りですね。天津市からはおよそ150キロほど南にある都市です」
南下した軍は順調に侵攻していっているとのこと。愛華さんが滄州市とか廊坊市とか言っているけど具体的な位置が把握し辛いので、地図に描き加えて貰う。海岸線は押さえているから、補給面での心配は要らないし、安全確保は念入りに行いながら進軍しているようだ。
天津市が陥落した報告が届いたのは6月10日ぐらいだから……12日間で150キロの進軍をしているのか。1日当たり12.5キロの進軍ペースだから、少し遅いぐらいかな?いや、現地住民を逐一捕まえているから、むしろ早い方か。敵軍がほとんどいなかったとはいえ、順調と言って良いだろう。第6軍は北京での連日の戦闘のせいで疲弊しているから、第10軍には頑張って欲しい。
「滄州市から黄河まではあと60キロぐらいか。国民党軍が防衛線を引き直すなら黄河だから、そこは警戒するしかないな」
「逆に言えば、黄河までは安全に進軍ができるでしょう。問題は第6軍が北京からどう動くかですが……」
「南東方向が目標だったけど、余裕があった第10軍が動いてくれているし難しいな。……南西方向、石家庄市を次の最大目標地点にしようか。正確な距離を知りたいから、捕虜や投降した民間人に聞いて距離を概算するように伝えて」
愛華さんに次の目標地点を河北の中央の都市、石家庄市にするよう伝える。軍人として優秀な秀一郎さんの提案していた案だから間違いないだろう。この一月とちょっとの間、秀一郎さんとは度々会っていたけど、意見を控えるべき時は控えるし、言うべき時にはちゃんと言ってくれている。裏で俺が動きやすいように暗躍してくれていたようだ。
なので秀一郎さんは軍団の長として有能なのかは疑問が残るけど、優秀な人という印象は大きい。たぶん師団長で軍団長を支える役回りの方が似合っているタイプの人間だろう。
他の選択肢で良さそうなのは西の大同市に向かう案しか無かったし、南西方向への進軍で問題無いだろう。延安が南西方向だしな。後続の軍を西に進軍するようにすれば、突出し過ぎることも無い。
そこまで考えて一息入れると、彩花さんが話しかけてきた。
「えっと、今日から明日までは出来やすい日なので……お願いできますか?」
「……ストレートだな。
子供が出来やすい日とかも、計算できるの?」
「はい。私の年齢、体格、生理周期から子供が出来やすい日は正確に計算できるので、その、今日が……」
内容は夜のお誘いだったけど、ここまで直球なおねだりは初めてだ。この女性側の積極性は、俺が豊森秀則だからそうなのか、単に女性が男性を誘うことは普通のことなのか。……女性の社会進出が進んでいるから、意外と男女の性差は少ないのかもしれない。
「仁美さんからは何か言われてるの?」
「秀則様の護衛と、可能ならば子供を作れ、とは言われました」
「……それを聞かされた段階で、どう言葉を見繕っても本人の意思は介在してないように思えるんだけど」
「えっ、いえ、あの……私自身、嫌では無いです。断る権利はありましたが、秀則様のことは尊敬していますし、色んな知識を持っていますし、地位は高いですし……」
そして仁美さんの意向を彩花さんが口を滑らせたおかげで知ることができた。仁美さんにも夜のお誘いはされたし、婚約者という立場を利用されて初めての時はわりと強引に迫られて関係を持った。いつの間にか様付けからさん付けになってたし、明確な好意は見せてくれている。どちらかと言えば尊敬に近い思いだった上に、それ以外にも意図が色々とありそうな雰囲気だったけど。女って怖い。
一夫多妻制が現役というか主流だから、仁美さんは本妻である自身が認めた人間を俺にあてがう事には抵抗が無いのだろう。というか、仁美さん自身が側室の人数を増やすことに積極的な模様。だから仁美さんがまだ認めてない、むしろ豊森家の人間に害を為した不破野さんに俺が興味を示したせいで、凛香さんや愛華さんは焦ったのだと思う。
なんか、全部俺のせいのような気がして来た。とりあえず彩花さんとはもう1回してしまった訳だし、お誘いは受ける。今日は彩花さんと1対1だし、彩花さんのプライベート的なことも知りたい。
……まだ知り合って半月ぐらいしか経ってないから、個人的な事はあまり聞けてないし。よく考えなくても、これがおかしな状況だということは理解している。日本の婚姻制度とかも、知っておくか。俺に口出しできる項目があるのかわからないけど、何も知らないと口出しすらできないからな。