第45話 個人の価値
不破野さんの鞭打ちは明後日の昼に行うそうなので、それまでに新しいタイプの鞭の設計図を作る。おそらく、今までの人生の中で最も無駄な設計図を書いているだろう。持ち手の所は木を使って出来る限り軽くして、先を10本に分散するような形にして……。
「この形の鞭で刑を執行したい」
「かしこまりました。肌を傷つけないよう、尖った部分を無くすよう努力いたします」
「もしも、俺が不破野さんに興味を示してなかったら、刑罰はどれぐらいになっていたの?」
「闇夜の中、敵味方が視認し辛い中で射線上に被害者側から入って来た、という形にはなるようですが……罰金の桁は1つ上がって、階級が二等兵まで降格するか、最悪軍から除籍でしたね。鞭打ちも、本当の執行人が執行するでしょう」
「……うわぁ」
とにかく、跡が残らないような鞭を設計して発注をする。明後日の昼までに完成するかわからないけど……北京市で徴収した物資や工兵が持ち込んでいる物資もあるし、徹夜してでも仕上げてくれるだろう。ついでに、SMプレイ用の鞭として売り出してやろうか。
割合的には少ないだろうけど、もしも全人口の0.5%でも興味を持って、その内の1割が購入に踏み切るならば、25万人が鞭を必要としていることになる。既にそういうプレイ用の縄とか手枷は売っているそうだし、需要はありそうだ。
「鞭先が10本とは、痛みは増えそうですが大丈夫なのですか?」
「1本当たりの痛みはかなり減少するから大丈夫だよ。20回も打つなら流石に跡は残りそうだけど……それだけのことはやらかしてしまっているとは思うよ」
「……法律では目上の立場の人間を殺害した場合と、目下の立場の人間を殺害した場合の量刑は明確に違います。秀則様は、これを変えるべきだと思われますか?」
「故意や過失で量刑を変えるのは別に良いと思うけど、殺人罪は殺人罪だ。被害者と加害者の関係がどうであれ、同じ犯罪なら量刑を変えるべきじゃないとは思う」
法律の穴というか、規定をこの機会に見直したい。現行の法は例え権力者でもすぐに変えることが出来ないそうだけど、ゆっくりとでも改編するべきだろう。しかし国にとっての重要人物と一般国民では、国が受ける被害という意味で差があることは確かだ。
……犯罪に関して意味の捉え方が違う気がするからじっくりと話し合ったら、愛華さん達の大体の思考は汲み取ることができた。この国では人は国の重要な財産であり、殺害された人物の地位が高くなると国の被害としては相対的に増えることになる。これは美雪さんや仁美さんとかが殺されてしまった場合、内政が滞るってレベルじゃ無さそうだし、紛れも無い事実だ。殺人ということ自体は重視されておらず、それによって引き起こされる弊害、国の損害という意味で裁かれている感じだな。
だから今の日本で、殺人は被害者の立場によって刑罰が変わることが当たり前だし、万が一にも豊森家の人間を殺してしまった場合は人生が終わる。そんな考えだから、俺の提案に愛華さんが不思議そうな顔をするのだろう。被害者によって量刑を変えるべきでは無いと言い切ってしまったけど、少し自信が無くなってきた。
今回の場合は、被害者の親族が加害者の情状酌量を願い出た、というケースになるらしい。豊森家の人間は全員俺の子孫だから俺も親族に入る……のか?被害者本人や遺族、親族が加害者の減刑を願い出た場合、それなりに刑が少なくなる決まりで、親族同士で対立してしまった場合は基本的に適用されない決まりらしい。
それに加えて、例え量刑が減ったとしても被害者、遺族、親族の手によって刑の執行をしたいパターンの減刑を重ねたそうだ。……執行人に変わって被害者本人が鞭打ちや1発殴る、をできる制度らしい。ここら辺は裁判官が悩みそうな制度だな。これは被害者側が加害者本人を酷く恨んでいるか、かなり親しい間柄だった時に使われたことがあるとか無いとか。滅多に適用されないようなので、無理して過去の判例から引っ張って来たとのこと。
この2つの減刑に加えて軍所属の人間であること、誤射であり殺害の意思は無かったことなどが加わり、最終的には鞭打ち20打に落ち着いたのだろう。
一応、法に乗っ取って裁いてくれたのかな。その結果、親族が執行人の代行をする鞭打ちになって、俺に刑を執行させる、という形になったのか。法を軽視していないことはなんとなく伝わってくるけど、やりようによってはいくらでも捻じ曲げることが出来そうなので、やはり法に関しては手を加えないといけなさそうだ。罰金刑が多いのは、完全に豊森家優遇政策の1つだろうし。
でも俺も法律の詳しいところまで知っている訳じゃないし、結局は少しずつ違和感のあるところから修正するしかないか。豊森家の当主は何をしても良いと法で決まっているとか、何のための法だ、という話になってくる。不破野さんの誤射も、俺が無かったことにすれば無かったことになるという現状は良くない。
……この無かったことにする、は現行だと美雪さんと俺が使える。美雪さんと俺が対立したら俺と美雪さん、どちらの命令が上になるのかは気になっていたけど、今までずっと聞けて無かったな。愛華さんに聞いてみたら秀則様の言葉が絶対です、という返答があったけど、不安だ。
豊森家の当主が法の上に立っているから歪な司法制度になっているのだと思うし、そこだけでも変えるか?それとも、犯罪は犯罪として被害者加害者に関わらず罰することが先決か?変えるべき点が多すぎるけど、変えようとするとその間、司法の混乱は避けられない。
「殺人は、国の財産を奪ったのと同義、か。その考え方もわかるから判断が難しいな」
「この国で美雪様や仁美様が殺された場合と、寝たきりの老人が殺された場合、同じ量刑だと納得しない人が多いと思います。それが例え過失でも、ですね」
「愛華さんがそういうなら、きっと日本国民全員が納得しないんだろ?その思想で染まっているのなら強引に変える方が難しいし……本当に変えるべき点なのか?」
法の成り立ちの部分から変えるにはかなりの大仕事になるし、国民の教育が先という結論に達する。どんどん仕事を後回しにしていると、宿題が溜まっていく気分だ。今のところは被害者によって量刑を変えることは秀則様が嫌っている、と思わせておけば良いのかな。