第40話 阿鼻叫喚
頑張って夜間戦闘の間は起きていよう、と考えていたらいつの間にか眠っており、朝の4時になって起こされる。意識を失う直前、4時に起こすよう愛華さんに頼んでいたらしい。頼んだ記憶は全く残って無いけど、起こすよう頼んでいなかったら8時ぐらいまでは寝ていただろうし、助かった。
「ねえ、壁が壊れてるんだけど?」
「壁が薄いことに気付き、軽く叩いてみたら崩れました」
「……脱出経路かな?これを侵入経路として利用されていたら、司令部は急襲されていたかな。まだ使われてないようだし、今のうちに埋めといて」
「はい。すでに埋めるよう連絡はしてありますが、急がせるようにします」
部屋の壁の一部が崩れていたので愛華さんに聞くと、愛華さんが怪しいと思った壁を軽く叩いてみたら隠し通路が現れたとのこと。愛華さんは軽くって言ってるけど、愛華さんの軽くは人が吹っ飛ぶレベルだろうから信用できない。人間を辞めている凛香さんと一時期張り合っていたそうだし。
「そうだ、夜間戦闘の結果はどうなったんだ!?」
「昨夜の夜間戦闘は日本軍の大勝です。秀則様の読み通り、共産党軍はほぼ全軍での総攻撃を行いましたが、彩花さんが敵軍の位置を全て読み切ったお陰で日本軍の損害はほとんどありませんでした。つい先ほど入れ替わるように第2陣が出撃し、各地で捕虜を獲得しているようです」
気になっていた夜間戦闘の結果を愛華さんに聞くと、特に問題も無く撃退できたと返答される。その上、死屍累々の共産党軍に早朝から攻撃を行う日本軍の部隊が襲い掛かり、早くも捕虜を獲得した部隊があるとのこと。
「崩れるのが早いな。想像以上に、連日の夜間砲撃の効果はあったか」
「そうですね。向こうは数日間不眠不休だったため、相対しただけで倒れ伏す兵が出て来ています」
「共産党軍の塹壕が浅かったのもありがたかったな。地面の中、奥深くまで潜られていたら効き目は薄かっただろうし」
昨日は倒れていた共産党軍の兵士が起き上がる光景を見てこちら側が驚いたが、今日はもう立ち上がっている兵士が何もせずに倒れ伏している。昨日の夜間の総攻撃が、きっと共産党軍にとって反撃のラストチャンスだったのだろう。今は後方ですやすやと寝ている彩花さんが、その攻勢を木端微塵に挫いたが。
「彩花さん、秀二郎さんに任されて昨日はずっと指揮をしていたのか。敵軍の位置はほぼ読み通りだったどころか、敵軍の各部隊の攻撃時間まで一致していたそうだし、14歳で士官学校首席卒業は伊達じゃないな」
「完璧ではありませんでしたが、彩花さんは落ち着いて指揮をしていました」
「……うん?彩花さんの指示自体は報告書を見る限り完璧だと思ったけど。もしかして、愛華さんって彩花さんのことが嫌い?」
「いえ、彩花さんのことは尊敬しています。少なくとも、私より軍にとって必要な人材でした」
彩花さんの指示は事細かに出されており、それを一字一句書き写した書記の人も凄い。彩花さん以外の、他の人の発言まで記録されており、何でも記録しようとする日本人気質は変わらないな、と思うと同時に、俺の記録も一字一句違わず残ることに恐怖を感じる。今の愛華さんとの会話だって記録されているだろうし、後で何回も読み返されるのだろう。下手な悪口や冗談は言えないな。
6月20日の明け方から始まった日本軍による蹂躙は、昼頃には戦闘が終わっており、共産党軍が総撤退を始めていた。
「追撃の指示は出しておいて。捕虜が3万人近いから、残りの共産党軍はもう4万人切ったと思うけど、可能な限り削りたい」
「かしこまりました。捕虜から取り上げた装備が幾つかありますので、ご覧になりますか?」
「前に共産党軍の装備は見たからいいよ。国民党軍の装備よりはマシだったけど、よくあれで戦闘を続けていたなと思えるような小銃だったから」
捕虜は3万人近い数を獲得しており、番号を割り振る係の人が大変そうだった。
……身ぐるみはがして白い服を着せて、番号を書いていくとか扱いが家畜以下なんだけど、わりと共産党軍の兵士は従順だから助かっている。隊長格になると反骨精神が旺盛なので牢に突っ込んでいるそうだけど。
「牢に入れて、何かしてるの?」
「いえ、何もしておりません。3食分の食事は食べさせていますが、食べない人は強引に口枷から流し込んでいますね」
「一回覗いてみたいけど、駄目?」
「……目枷口枷手枷足枷をしてあるので、大丈夫です。案内しますね」
捕虜で従順な人達の管理風景は見たことがあったけど、牢に入れられた人の様子は見たことが無かったので愛華さんにお願いして案内して貰う。拷問はしていないと言っているけど、全身を拘束して1日3回の食事を流し込むだけで放置とか精神が崩壊しそう。こっちも扱いはまるで家畜だな。
愛華さんの後ろを着いて行き、全体的に黒く塗られた建物の中に入った。日の光があまり入って来ないせいで中は薄暗い。時折獣の唸り声のような、喉を震わせる音が聞こえてくる。
鉄格子の扉から牢屋みたいな部屋の中を覗くと、中では発狂寸前の小太りなおっさんが腕に繋がれている鎖を何度も地面に打ち付けていた。思っていた以上にヤバい場所だ。
「共産党軍でも指揮官って太れるぐらいには食えるのか。あれって、共産党軍ではどのぐらい上の立場の人間なの?」
「ここにいるのは大隊格の隊長か、連隊格の隊長ですね。日本軍の大佐と考えれば、かなり上の立場ではありますが……」
「大佐なら連隊の指揮官だな。上級士官って感じか」
元大佐クラスの太ったおっさんは鎖で重りと繋がれており、目枷口枷のせいで間抜けな顔をしたまま暴れている。隣の部屋は、そこそこイケメンなおっさんが手枷足枷だけで生活していた。こちらは最初、抵抗していた側の人だったけど、情報を吐き出して許しを懇願する側の人間になったようだ。その内、従順組に混ざるのだろう。
その後も目枷のある人を中心に外から眺めるだけだったけど、まだ捕虜になって1週間ぐらいの人間や、今日になって牢に入れられた人も多いので、反抗的な人が多い。中には、狂ったような行動をしている人もいる。狂ったフリをしている、壊れかけている、まだ情報を隠している、とかは所長が見抜いているらしい。
そして牢の中には、白髪の少女もいた。珍しく足枷だけで日本人顔だから凄く気になる。