第37話 覚悟
共産党軍が北京を攻撃し始めてから3日目の6月14日。空気になっていた国民党軍が北京から完全に撤退した。どうやら国民党軍の事実上のトップが死んだらしい。李金士将軍だっけ?一昨日、西から来るだろう共産党軍の攻撃に備えている日本軍を相手に南から北京市内に侵入して戦死したとか。
そのせいで兵糧庫の1つが燃えて半壊したそうだけど、他に特筆するような被害は日本軍に無かった。侵入した国民党軍は、ほとんどが戦死したそうだ。中には李金士将軍を始め軍の上層部が混ざっていたようだから、北京周辺で国民党軍の組織的な反攻は当分の間、無理になったと見て良いだろう。
「共産党軍は厄介だな。撤退しないで戦い続けるというのは、本当に厄介だ」
「やはり、督戦隊の存在が大きいのでしょうか?」
「……うん、確かに督戦隊の影響は大きいよ。でも日本軍に督戦隊は必要ない。味方に引き金を引くことだけは許さないから」
「当然です。それぐらいの事は、心得ています」
共産党軍は正規軍に切り替わってから、撤退を行わなくなった。戦力の50%が失われても、なお戦い続ける。捨て駒みたいな部隊には、足枷を付けてその場から動けなくしていた。人を鎖で縛りつけて戦わせる軍とか相手にしたくねえ。
そんな共産党軍には当然のように督戦隊がいた。督戦隊は、勝手に後ろへ下がろうとする部隊を後ろから射殺する部隊、という認識で良いだろう。愛華さんが共産党軍の督戦隊のことに触れたので、絶対に作らないよう命令する。万が一にもあってはならない部隊だ。戦うことを強制しないと戦えない軍は、破綻することが多い。
「国民が平等を望めば、共産党は力を得る。特に貧しい人が多いと、共産主義は宗教のように伝播するんだ。
……今の日本も、共産主義に半身を突っ込んでいる状態だけどね」
「我々は完全に市場を掌握しようとはしていませんし、貧富の格差は認めていますよ?」
「それでも国が主体となって価格統制をしていたり、国営企業が多いとなぁ……まあ、上手く意思統一が出来ているからこそか」
共産主義を頭の良い人ほど深く信仰するのは、頭の良い人ほど現政権の問題点が見えてしまい、不満が溜まるからだろう。そして自分が上の立場の人間ならば平等な生活を国民に与えられると思い込むからだ。もちろん、私利私欲のために共産主義者に手を貸す人もいるだろう。また、貧しい人ほど貧富の格差を嫌い平等を求める。ここで上の人間と下の人間の利害が一致してしまうため、反資本主義者が共産主義者となると俺は考えている。
別に共産主義自体を毛嫌いしている訳では無いし、悪だと決めつける気は無い。というか、本当に完璧で平等な社会を作れるというなら共産主義を支持しただろう。しかし現実にはまとめ役とその下の人間では確実に差が生まれるし、必ず権力者が生まれる。そしてその権力者が完璧であるという保証は何処にもない。
いつの時代、どのような政治体制でも、結局は上の立場の人間しか得をしないのだ。
「共産党軍に、投降したらお腹いっぱい食べられることを宣伝したいね」
「国民党軍との戦いで得た捕虜に、太らせるほど食べさせますか?」
「……プロパガンダ合戦に勝てる気はしないんだよな。今まで貧しい生活を過ごして来た中華民国の労働者にとって、国民全員が平等って国家は夢なんだよ。
それが例え、国民全員が1日に1個のパンしか食べられない、平等な貧しさでもな」
一度共産主義が浸透すると、もうその思想からは脱却できなくなる。共産党のトップは間違いなく他の考えを排斥していくし、従わない人間は処罰していく。従わない人間を全て処刑すれば、支持率は100%だ。実際には従わない全ての人間を処刑しなくても、何回か反対する人間を見せしめに殺すだけで支持率100%を維持できてしまう。
……豊森家の支持率100%ってのもまた、狂っているのだろうけど。洗脳で得た支持率100%か、恐怖による支配で得た支持率100%か、どちらが国民にとってマシなのだろうか?ここで文化的な生活を送れているから豊森家による洗脳支配の方がマシと、俺は言い切れない。だけどもうしばらくは、活用するつもりだ。具体的には日本が世界の盟主となるか、世界を支配するまでは。
「愛華さんや、彩花さんは中国から良い条件が来れば講和すべきだと思う?」
「はい。秀則様が提案されていた中国沿岸部の領有が中国側も認められるのであれば、講和をすべきでしょう」
試しに愛華さんに中国側から良い条件が提示されれば講和するべきか聞いてみたら、講和すべきだという回答を得た。次に、彩花さんも口を開く。
「私も、北方大陸領と南方大陸領が陸続きになるのであれば、講和するべきだと思います。中華民国側が、それほど大きな譲歩に出るとは思えないですけど……」
「そっか……俺は今の中国との戦争を経験して、中国は滅ぼすべきだと思った。技術も、軍事力も、これほど優位なのに人口が多いというだけで苦戦をしている。近い将来、日本が世界と戦う時に必ず厄介な存在になるはずだ。だから、ここで息の根を止めたい」
俺も最初は、中国の沿岸部を支配するだけで良いと思った。奥地に踏み込んで泥沼の消耗戦なんてするべきではない、そう思った。何より敵軍の装備や機動力を見て、楽勝だとすら思った。しかし現在、防戦に徹しないと被害が増えそうな地域もあれば、早くも進軍が停止している軍もある。もちろん損失回避を第一にしているから時間がかかっているのだけど、想定通りに行ってない事は確かだ。
今の中国軍が今の日本軍並みの技術力を持てば、例え飛行機や自動車があっても滅ぼすことは不可能となるだろう。その時になれば必ず攻める日本軍が息切れするだろうし、今以上の好機は訪れないかもしれない。となると、中国はここで完膚なきまでに叩き潰すしか無いように思えてきた。
そして一度そう思ってしまうと、中国という国家を地図から消すことは今後のために必要な気がしてきたのだ。少なくとも、現時点で国民党、共産党とも講和の話は無い。そもそも沿岸部だけを占領支配したとして、それで戦争が終わる訳でもないしな。




