第35話 包囲
6月12日、早朝から始まった北京防衛戦はすでに日本軍が攻勢に転じているが、共産党軍が思っている以上に粘っている。装備が今までとは違い、重装備だから共産党の正規軍なのだろう。銃も砲も日本軍とは比べものにならないほど酷いレベルから、比較的マシなレベルになっている。
「両翼も至近距離で交戦状態に入っちゃったか。砲兵は味方に当たる可能性があるなら砲撃を止めてね」
「その点は大丈夫ですが、共産党軍が散開しましたので包囲が難しいです。後方に多くの予備兵力を隠しているようで、上手く退路を遮断することができません」
今までは農民を強制的に徴兵していたようだから装備は貧弱だったし、大砲は無かったけど、正規軍は思っていた以上に頑強だ。最初、どうせいつもと同じだろうと思っていたから包囲しようとしたけど、上手くいってない。
「まあそれでも戦力はこっちの方が上だし、陣形が乱れない騎馬鉄砲隊は普通に強いな」
「では、騎兵師団の増員を行いますか?」
「いや、騎兵の増員だけはしなくて良い。そもそも、騎兵は戦国の世の時でも時代遅れだったんだ。火縄銃と大筒を持った織田軍が、精強な武田騎馬隊を撃ち崩したのは有名だろう?」
「武田信玄と織田信長が真正面からぶつかり合った、長篠の戦ですね。もちろん有名ですよ」
しかしそれでも騎兵が大車輪の活躍をしているため、一瞬だけ騎兵の魅力に惹かれそうになった。騎兵師団は現存する部隊を最後に、募集や編成を停止するように言ってある。まだ指示を出すつもりは無いけど、現存する部隊の解散すらも視野に入れている。だけどあまり騎兵のことを悪く言えないから、今ある部隊は普通に運用することになるかな。車や戦車が動かない寒い地域や暑い地域に絞れば、技術が進んでも使えないことは無いし。
「騎兵の時代を終わらせる機関銃を早く作りたいのだけど、構造が全然わからないんだよね。あ、銃身を複数並べて、回転させながら撃つ感じの……あれ、それがガトリング砲か」
「がとりんぐ砲、ですか?」
「機関銃だと火力が低いから、ガトリング砲の方が開発優先度は高いか?でも機関銃の方が軽そうだし、開発されたのは機関銃の方が先だったかな?」
愛華さんと話していると、ふとガトリング砲と機関銃、どちらの方が良いのか疑問に思った。とりあえず機関銃の概念は伝えてあるけど、難しいだろうから開発優先度は下の方にしている。それよりも砲の飛距離の問題や電気、化学分野の方が先だと思っていたし、最優先技術であるガソリンエンジンに力を注ぐべきだと考えていたからだ。
しかしこのまま騎兵に活躍されて勘違いされたままだと困るから、機関銃とガトリング砲の開発は本腰を入れるように言っておこう。
「彩花さん、は今はいないのか。軍事的な情報を送る方も一応、彩花さんの仕事になったんだよね?」
「そのような役割分担になっていたはずですが、本国との連絡でしたら私が担当しましょうか。
要件は機関銃とガトリング砲の研究開発の件でよろしいです?」
「うん。出来ればこの戦争中に効果を試したいから、ガソリンエンジンの次ぐらいの優先度でお願い」
彩花さんは決して能力が低い訳じゃないけど、軍人としての知識をスパルタ教育で詰め込まれた上に色んな経験が浅い、って感じの人だから参謀役とかの方が良いだろう。愛華さんが万能過ぎるのも良く無いのかな。俺が今1番頼っている人間は愛華さんだし。
「騎兵は一旦右翼が交戦しているラインまで撤退させて。北京を奪還しようとしてるんだし、中央を薄くしてわざと突破させよう」
「それでは市内に敵軍が侵入してしまいますが……」
「後方で待機している兵を使って、もう1回市街地戦をしようか。西から市街地に攻め入る敵に対して、有効な砲の配置程度なら俺でもわかるし」
共産党軍の士気がまだ下がらないので、市街地まで呼び込んで殲滅を行う。幸い、砲の飛距離や火力を実際に見たお陰で、西から侵入して来る敵を一方的に殲滅できる布陣なら完成出来そうなので、彩花さんも呼んで部隊の配置を考える。
「たぶん、市街地まで入ってくる共産党軍は多くても1万人規模だ。長い時間、戦線離脱も出来ないだろうから、まずは捕虜の奪還や兵糧庫を狙って来ると思う」
「えっと、それで、私は何を……」
「敵軍の指揮官になったつもりで、侵攻ルートを今すぐ予測してくれ。
それを撃滅するための砲と兵を配置を俺が考える」
そして僅か30分後、昨日の内に大まかな地図を作らせていたお陰で敵が北京市街地に入り込んだ時の対応策が完成。ほとんど彩花さんが立案してくれたけど、最終的な作戦立案者は俺ということになっていた。たぶん愛華さんや凛香さんの脳内では俺が一から十まで作ったように見えたのだろう。どういう脳内補正を行っているのか気になる。
この作戦を元に、中央軍を真っ二つに割る。完全に軍を左翼と右翼に分ける形で、共産党軍を左右から挟み込んだ。しかし共産党軍の退路は常に確保されているため、やはり包囲は難しい。
しばらくはその状態で戦線が入り乱れていたが、共産党軍の一部は丸裸となった北京の市街地に雪崩れ込んだ。もちろんそこは既に防御陣地として構築された殺戮場であり、あらかじめ準備していた大砲が火を吹く。一方的に撃てる所に目星を付けておいて良かったというべきだな。
……あっ、共産党軍は早々に北京市街地から撤退して日本軍の左翼に襲い掛かろうとしているな、これ。日本軍も今回ばかりは被害が大きそうだから、さっさと引いて市街地で防御に徹しようか。
「……もうすぐ日が暮れるし、全軍北京市内まで引き上げて、仕切り直しにしよう」
「私もそれが良いと思います。明日も攻め寄せて来る前提で、作戦を練りましょう」
今回は包囲して殲滅しようとした結果、日本軍は2200人の死傷者を出した。これは1日の被害として、今までで1番多い数だ。対して、共産党軍の死者は8000人ぐらいだろう。お互いの軍が距離を保ちつつ、戦線が入り乱れた結果、純粋な銃性能の差が戦果と損害に繋がった感じか。
……後は包囲作戦自体が不味かったので完全に俺のせいだけど、北京市内に誘引している間は多大な戦果を挙げたからプラスマイナス0だと思いたい。なんか5方向から十字砲火を浴びせていたらしいし、短時間だったけどそこで多くの共産党軍を葬ったことは確かだ。
とりあえず、今回の件で彩花さんがずば抜けた大局観を持っていることはわかったから、作戦規模の指示を出す前には彩花さんに意見を求めるようにする。あまりに一方的な攻撃になると、早々に北京市街地からは撤退することも予測して進言していたし。彩花さんは思っていた以上に作戦立案能力が高かったから、今後は軍事面で頼りにしようか。