第375話 餓死
戦争中、世界各国の餓死した人の数について纏めていたら、日本でも餓死者が出ていたことに驚く。世界規模で食糧難の中、日本だけは食料が有り余っていたのにも関わらず、餓死するって相当な状況なんだけど……。
「日本の餓死者の数が51人って、3年間で51人しかいなかったのか」
「そういうことですが、これを自殺と言ってしまって良いのかは悩みます」
「……広義の意味では、自殺になるのかなぁ?そうなると、年間の自殺者が30人前後になっちゃうけど」
怜可さんから渡された資料を見て、1年で平均すると、17人の餓死者がいることを把握する。物資に溢れ、国が人を雇っているような状況でも、働く事を拒否して飢える人は存在する。男女関わらず、世捨て人みたいな人はいつの時代も一定数いるということだな。
今の日本は、国有企業がセーフティーネットになっているから働き口は常にあるし、能力があるなら幾らでも選択肢はある状態だ。それに正規ルートを辿っていれば、能力が低くてもある程度は希望の職業に就く事が出来る。
そんな世の中で、食べ物を買うお金すら無い状況に追い込まれ、餓死をしているのは問題でもあるけど、大半が怠け癖のある奴らだから救えない。働く能力が無いような人達にでも無理やり仕事を作って押し付けているのが今の日本だから、仕事が無かったは言い訳にしかならないんだよね。
「常に風邪気味の人が居たらどうなるの?」
「それは治しますし、治らないようなら治験の仕事があります。……こちらの治験は、人体実験を行なって毒性が無いと判断された薬で行ないますよ」
「治験が嫌だと言ったら?」
「それも拒否するのであれば、風邪気味の状態で働いて貰いますし、元から働く気が無いと判断すれば追い出します」
働くのが馬鹿らしいという思考に陥る人というのは、いつの世も一定数存在する。働かなくても生きていけるのであれば、働かないと。今の日本でそれをすると、餓死するだけということは知っていたけど、実際に餓死者が出ているのを見るとどうしようもないなと思う。
大体、廃棄する食料は自己責任で食べて良い事になっているから、餓死する人は自殺したかったとしか思えない。国有企業の寮のすぐ近くになら、野菜の芯や食べ残しがある程度纏まった量で廃棄されるはずだし、それに手をつけても文句は言われない。餓死する人は、生存するための努力を怠っていると言えてしまう。
だからと言って、餓死者を自殺者と言っても良いかは悩むな。まあ、餓死者の数自体はそのまま公表するか。スコットランドの27万人に比べれば、誤差みたいなものだろう。社会から逸脱した者に対し、今の日本はとても冷たい。まあそれは、改変前の日本でも同じだったけど、あっちは生活保護もあるからなぁ。
……この世界に来た最初の頃は、実は生活保護という制度を作ろうかと考えたこともあった。働かないなら死ねというのは、どうなんだろうと。でも思っていたより猶予期間というのを今の日本は設けているし、これで餓死するなら仕方ないという気持ちにもなっている。
それに、絶対に働きたくないという人向けに治験まであるということを怜可さんから聞き、本当に選択肢は多いなと思った。稼ぐ手段というのは、1つじゃない。お金を稼ぐことまで拒否する人達を、救う気にはならない。
「イギリスの方の餓死者と比べると、本当に日本は恵まれていると思いますけどね」
「あそこは、国民全員が餓死する恐れもあるぐらいに食料が無いからな。スコットランドもイングランドも悲惨だし、戦争が終わってからも地獄が続いている。……ロイズさんの痕跡を辿ったら接触出来たし、食料援助の引き換えにイギリス人の技術者を得られるかもしれないから、その準備はお願いするよ」
スコットランドへの食料援助は、引き換えにイギリス人の技術者を要求している。金銀財宝を要求しても良いけど、別に要らないし、今は技術者の方が欲しい。まだ技術面で世界の最先端には、到達していない分野も多いからな。
特に艦砲や機関の技術は、まだイギリスの方が上っぽい。フラコミュから回収した技術は多いけど、イギリスはイギリスで独自の技術を持っていただろうし、出来れば回収したい。
外国へ食料を売る時は、フリーズドライが役に立っているけど、普通の乾麺もかなり役に立っている。とにかく水分を飛ばして軽量化というのを促進しているせいで、この分野は技術革新が凄まじい。やっぱり、食に関わると今の日本はおかしくなる印象。それでいて美味しいのだから、無茶苦茶便利だ。
その内、冷凍食品の開発も進むだろうな。冷蔵庫の研究は数年前に比べるとかなり進んでいて、もうすぐで販売できる価格まで値段が下がっている。今はまだその冷凍食品を湯煎したり焼いたりしないといけない段階だけど、電子レンジの開発も済めば便利な世の中になるはず。
まあその前に、現代風のオーブンが先かな。この辺は5年前の日本だとまだ開発に着手するのも難しい段階だったけど、最近になってチャレンジしてみる気になれた。日本の基礎技術力は向上を続けているし、研究員の数は増えている。
……改変前の日本の家電には遠く及ばないけど、それでも地道に開発を続けていれば追い付くはず。電話も今では安くなったお陰で、遠く離れた地域の人達と気軽に会話できるようになったし、会話のラグもどんどん減っている。
携帯電話の登場は、あと30年ぐらい待たないと難しそうだけどな。ショルダーフォンですら今の日本では開発出来ないから、スマートフォンなんかは50年ぐらいかかりそうだ。
次話で一気に時間を飛ばします。




