第365話 肉体労働
10月30日に、肉体労働者の労働時間について見直す話し合いが行われた。提案者は仁美さんであり、無理やり土木作業員を増やした結果、労働環境への不満が少しずつ出ていることを告げられる。人口が増え続けている以上、不満が増え続けるのは不味いけど、一旦要求を呑み込んでしまうと再三に渡って要求され続けそうだから加減が難しい。
とりあえず、現時点でも未だに足りない土木作業員と、明らかに人手が余り始めた農家について協議する。トラクターのような大型の農業機械が開発され、農場の人手は余り気味だった。しかし現状、辛いと言われている土木作業員に志願して転職してくれる人は少ない。
「……こうなると、土木作業員の労働時間から見直す必要があるか」
「現時点では、夜が長い冬の時期だと1日に5時間も無いですけどね。夏の時期だと、1日に8時間となりますが」
「ああ。日照時間に左右されるのか。外での作業だし、仕方のないことだけど、夏場は確かに辛そうだ」
「夏場が辛いのは、どこも同じですよ。それに冬場は、非常に楽とのことです」
身体を動かして働く以上、暑い寒いの影響は受ける。しかし冬場に対して、夏場の労働の方が辛いと言う人は多いだろう。仁美さんに言われて気付いたけど、建築とかで外に出て働く人達は日照時間の影響を顕著に受けるのか。だから夏場は可能な限り労働時間を長くして、不満を買っていると。
「……冬場は交代を無くして、夏場は3交代制にするとか?それなら全体的には変わらないし、夏場は5時間程度になる」
「なるほど。時期で区切りましょうか。春期と秋期は、今まで通り2交代制にすれば良いですね」
「労働時間自体は短縮させて、人手を集めた方が良いとは思うけど、お金に余裕は無いからな」
話し合いの結果は、冬場に長時間働かせる方向性で案が纏まる。夏場の日照時間は、長い所で15時間を超える。それを8時間弱で2分割するよりかは、5時間ずつに3分割した方が良さそう。
作業自体は単純作業だし、冬場に勢いよくインフラ整備を出来るよう、資材は冬に向けて余分に用意するようにしておこうか。作業量次第では、給与に上乗せする形でお金もばら撒きたい。そんな予算、湧いて出て来ないけど。
「フラコミュからの賠償金は、ある程度期待しても良さそうですよ?」
「一応、アメリカ大陸を丸々併合する代わりに欧州には手を出さないって言ったから難しいんじゃないか?……いやでも、ある程度なら要求しても良いか。それに戦後はプロイセンやロシアから、外貨は回収出来るな」
「はい。既にプロイセンは、多額の借金がある状態です。プロイセンが潰れてしまっては元も子もないので猶予は与えますが、可能な限り絞り取りましょう」
世界大戦中、プロイセンは日本に対して借金を繰り返している。日本から借りたお金で日本の食料を買っている状態なので、後からお金の回収は出来そう。ある程度は技術供与で打ち消しにはしているけど、それでもかなり借金は膨らんでいる。
ただ、回収作業は慎重にしないといけないから厄介だ。プロイセンがキレたら、その時点で日本は世界の敵になる。借金の踏み倒しもされるだろうし、第一次世界大戦終了直後に第二次世界大戦勃発となる。それでも大丈夫かもしれないけど、回避できるなら回避するべきことだろう。
ということは、プロイセンがフラコミュから受け取る賠償金は、日本に入って来るのか。それならフラコミュへの賠償金要求は、日本にとっても天文学的数字にした方が良いな。プロイセンとは違って、敗戦国のフラコミュに拒否権は無い。終戦直後なら、どんな要求をされても頷くしかない。
「戦後しばらくしたら、問題視されるとは思うけどね。オーレリーさん達は、敗戦後のフランスには戻らないだろうな」
「フランス人はもう既に、日本人と結婚した人も多いですよ。日本語を喋れる人から順番に、日本人とくっついている印象です」
「亡命して来た人の中には、優秀な人材が結構居たからかな。……ちゃんと教育を受けていた子供達が多かったのは、それだけ家庭は裕福な子供達が多かったということだ」
「亡命して来た子供達は、確かに富裕層の子供達が多かったですね。……いざという時でも、優先されるのは富裕層です」
既にオーレリーさんからはフランスへ戻らない宣言を貰っているけど、改めて2000人以上いるフランス人に故郷へ帰りたいか1人ずつ聞いてみたら、誰1人帰りたがらなかった。それだけ今の日本が、暮らしやすいということだろうか。
実のところ、役に立つ人材が多いことは確かなんだけど、役に立たない人材も中にはいる。しかしそういう人でも現在は、地面を掘ったり農作業をしている。最初期は問題を起こす人もいたけど、日本の生活に慣れるに従って、問題行動は起こさなくなった。
改めて考えてみると、自由フランスが興ったのは100年以上前のことだ。今さらフランスの本土に、未練なんて無いのだろう。自由フランス領へ帰ってみたいと思う人は、少なからずいるみたいだけど、それもどんどん数が減っている印象を受ける。
結局のところ、生活に不自由しなかったら人間はどこでも生きていけるのだろう。今のところ、不自由に感じている人は少ないということだし、それは良いことだと思いたい。




