第2.5話 豊森秀則による予言書
今回は三人称視点での話です。
世界最大の帝国、大日本帝国の中枢を牛耳る豊森家。その豊森家でも一部の人間しかしらない機密事項がある。
1つ目は今の大日本帝国の礎を創った豊森秀則という男が西暦2020年から西暦1550年に逆行した人物であるということ。その証拠として的中率9割以上の『豊森秀則による予言書』という書がある。2020年までに起こる災害が事細かに書かれており、また日本国がこれから行うべき事が大雑把ではあるが纏められている。
近年ではその予言が外れる事も多かったが、1995年の大地震の場所や日時を正確に当てており、豊森秀則という人物が本当に未来人であることを豊森家の人間に確信させた。そのため、2003年に産まれる森田秀則という男を確保しようとしたが、そもそも秀則という名前を付けるなんておこがましい日本国民がいない。
そのため森田という苗字の家を探して、森田秀則の誕生日に産まれた男児を監視することにした。幸い該当する人物が1人しかいなかったため、5歳までの成長を見守り、その顔つきから豊森秀則だと断定。豊森家に養子として迎え入れた。
2つ目は豊森秀則が人では無いということ。言い伝えによると、豊森秀則は外見が一切変化せず、成長することが無かった。そのことは現存している豊森秀則の嫁達による手紙や息子達の日記にも書かれている。
その上、死の際に光となって消えたことから神の使いだと主張する人もいた。光になって消えたこと自体は豊森家の屋敷に仕えていた人が何人も目撃しているため、間違いない。息子達の日記や伝書にも同様の事が書かれている。
このことから、豊森秀則が2020年までに死んでしまえば国が滅びるとまで言われ、秀則の身柄を預かる養母の豊森美雪は秀則のことを恐る恐る育てた。傍から見れば軟禁しているようにも見えたが、万が一何かあれば国が無くなるとまで言われる人物を外に出す勇気が美雪には無かった。
また、豊森美雪の娘である仁美は幼い頃から豊森秀則の偉業の数々を学んだため、豊森秀則に尊敬に近い感情があった。その後、弟として迎えた森田秀則が豊森秀則本人であることを知り、触れることすら怖がったが、それでも母親の美雪に頼み込んで豊森秀則と婚約した。仁美が秀則の女好きを知るのはその数日後の事である。
時は流れ、2020年某月某日。書に記された運命の日に豊森秀則は倒れて深い眠りにつく。医者もお手上げで一切動かず目を覚まさないことから死んだ可能性も示唆されたが、僅かに息はあることから神事を行う祭壇の上で寝かせるように手配した。
そして豊森秀則が倒れてから一週間後の朝、豊森秀則は目を覚ました。普段、ほとんど喋ることがない秀則は口を開き、仁美に語り掛ける。
「……何だこれ?」
呆然としている秀則に対し、少し間を置いて仁美が喋りかけた。
「秀則様。過去の改変というのは成功したのでしょうか?」
「……ああ。改変した結果が現在の状況だ。過去を改変しなければ、大日本帝国はアメリカに敗北し、台湾や朝鮮、インドネシアなどの多くの領土を失っていた……と思う」
「それでは過去に今の日ノ本を作り上げた豊森秀則という人物は……」
「俺の事だと思う」
仁美の話す内容は祭壇上にいる人物が本当に豊森秀則なのか、という確認だ。そして豊森秀則だと確証を得た仁美は額を地に何度も付けて謝罪する。
「申し訳ありません、秀則様の事を疑った処罰、何でも受けます」
「頭を上げて!婚約者、なんでしょ?これから俺を支えてくれれば良いから。というか、どうなってるんだ、これ。えっと……」
謝る仁美に、オロオロとする秀則。しばらくの間寸劇が続いたが、最終的には現状を理解した秀則が虚空に向かって声を発する。
「そっか、豊森家はずっと日本を支配していたのか」
「支配なんてお言葉を使わないで下さい!ずっと秀則様から託された書で日ノ本を導いて来たのです!」
その声には、明らかに負の感情が入っていた。これに対して声を荒げた仁美は、再度縮こまり、頭を下げる。そんな仁美に対して秀則は新手の宗教団体の教祖になったような気分になった。
一通りの現状を確認し終えた秀則は京の都を巡り、仁美が京都のことを京の都という言葉や洛中という言葉を使って喋っていることに気が付き、呼び名を京都で固定するように指示を出した。秀則本人的には自身の感覚に近い方が後々楽、という思考で出した指示だ。
その後、急遽始まった廃藩置県に豊森家は大慌てで対応することになるが、誰一人として文句が出る事は無かった。神の使いである豊森秀則の、直系の子孫であり豊森家の中心人物でもある美雪とその娘の仁美の指示に間違いはない、そういう思想が豊森家の中にも浸透しているためである。
秀則は400年前ぐらいで時が止まってそうな首都の視察を終えた後、豊森家の屋敷の一室を与えられた。広大な部屋で大きなベッドと高級な机と椅子があること以外は簡素な部屋だ。そこで今の大日本帝国の歳入と歳出についてを教えられて、秀則は頭を抱えることになった。