第361話 輸送コスト
9月24日。予算会議中に、面白い表を見つけた。戦地で食べる食事について、好評だった食事と不評だった食事を纏めたものだ。これを見ると、案外インスタント麺が不評ではないことが分かるし、缶詰は中身に寄るところが大きいことも分かる。
日本の糧食は俺がこの世界に来てから目まぐるしく変化しており、インスタント麺が開発されればインスタント麺が、フリーズドライの技術が開発されればフリーズドライ食品が採用されている。よってバリエーションは日に日に増加中だけど、この機会に見直そうということだな。
「思っていたより、缶詰は波が荒いけど、不味い缶詰でもあるの?」
「不味い缶詰はありませんが、飽きやすい缶詰は存在しています。現役時代の話ですが、濃い味付けの魚の煮付けなどは、出て来た時にわりと残念な気持ちになりますね」
彩花さんに缶詰事情について聞いてみると、魚の煮付けや牛肉の塩漬けとかは不味くは無いけど飽きやすいらしい。今までは戦地で料理をしていたことも多いけど、今大戦から兵達の食事は缶詰が中心になった。特にアメリカ大陸へ送るためには、長期保存が可能な食材を缶詰にして送るしか無かったし、仕方のない面も多い。
インスタント麺は、現地で大量に素早く料理出来るから人気がある方だ。フリーズドライの野菜とインスタント麺とベーコンがぶち込まれたラーメンが今のところ、1番人気かもしれない。どれも切ってある状態だし、本当にスープの中へ入れるだけだからお手軽だ。
士官になると、下級でも普通に作られた料理が出て来るのは相変わらず。上級士官だと、毎食が豪華だから無駄遣いではあるのだけど、食事の内容が作戦立案能力にも影響するという研究結果がある以上、豪華な食事は見直されないだろうな。
「ついでに、プロイセンへ派遣されている日本軍からの連絡ですが、隣の戦場にいるプロイセン兵達が日本の食料を強請るようです」
「とうとう、軍人の食料まで減って来たなら相当不味いな。日本で人気の無い缶詰とか、纏めて空輸とか出来ない?」
「現状、空輸はコストがかかり過ぎるので無理です。現状は陸路で送るしか無いと思います。一応、トラックの量産は始まりましたから、トラックで輸送することも可能かもしれません」
「トラックで中国領辺りからプロイセンまで運転するとしたら、何日かかるのって距離なんだけど。……汽車から電車への移行が始まったから、古い汽車を輸送用に改造して使うか」
彩花さんがトラックでの輸送が出来るかもと言ったので、何日かかるか計算して貰ったら、片道3週間と言われた。まずガソリンの補給が難しいし、当然無理な話だ。飛行機でも航続距離の問題があるし、鉄道の偉大さがよく分かった気がする。
それにしてもプロイセンの食糧事情は、色々と厳しい。配給の量が毎月のように減り続けており、そろそろ餓死者が出始める頃合いだろう。配給量がどんどん減っている最大の原因は、農家が出し渋っているからだな。
農家だって、可能な限り多く食べたいという感情はあるし、高く売りたいという意思はある。そしてしっかりとした農作物の生産量の把握というのが、案外難しい。何よりプロイセンは軍人が官僚に取って代わっているので、戦地で戦っている兵の食糧を第一に考えている。
その点で、官僚となった軍人と農家の間で摩擦があったのかもしれない。まあ、元々居た官僚はほとんど使い物にならない人材ばかりだし、もしもプロイセンの官僚がそのまま政界に居座っていたら、もっと食糧事情は悪くなっていたはず。官僚の中には、農家と繋がっている人が多いからな。どう足掻いても、食料事情は好転はしなかっただろう。
日本から送っている食糧は年々増えているけど、送っている日本軍の数も増えたので、プロイセンに送っている食料としては去年と比べて微増程度。そろそろ日本軍の食事が嫉妬の対象になる頃だとは思っていたけど、強請られているのは不味いな。
日本軍が請け負っているのは、欧州戦線の中央突起部。そこで不穏な空気が流れるとか勘弁して欲しい。かと言ってプロイセンは、日本軍に節約しろとも言えないだろう。……日本軍の周囲にいるプロイセン軍への食料供給だけは、過剰にするよう伝えるしか無いか。
「最近はルーマニアからも小麦が提供されてるのに、随分と余裕が無いな」
「色々な食糧の予備が、尽きたのかもしれませんね。2022年に農作物の収穫量が激減してから、よく持った方だと思います」
「元々、ずっとマイナスが続いていたけど、今になって底が見えてしまったということか。軍人の食事量まで減り始めると、士気が格段に落ちるから不味い状況だな」
現在、食料は必死になって送っているけど、輸送量自体が大きく改善することはない。それなら、輸送する食べ物を圧縮するしかない。その方法としては、フリーズドライが最適な方法だろう。
長期保存に最適なフリーズドライで、肉や野菜の水分を飛ばし、ぎゅうぎゅうに詰めて送るしか無い。幸い、フリーズドライを行なう工場は日本各地に建設され始めているし、既にフリーズドライ食品の幾つかは商品化もされ、そこそこ人気の商品になっている。
軽量化もするし、フリーズドライ技術の開発は正解だった。大量の食料を輸送するために、可能な限り圧縮して行こう。




