第359話 海軍上層部
9月19日。今年も予算会議が始まり、各部署への予算が削られたり増えたりする中、海軍の元帥がとんでもないことを言い始めた。
『海軍の最大の敵はフラコミュでも無くイタリアでも無く、予算の全権を握るあの8人だ』
今年の海軍への予算は、全体的に見て去年と変わらない額になっている。新規に研究開発をしている分野が減り、その分を改良に回したからプラスマイナスは0だろう。新規に巡洋艦を開発し、建造する案は、海軍の人員不足も相まって却下された。
それを受けての発言だと思うけど、新聞にこの発言が載ってしまったから大変なことになった。9月から新しく国が設立した複数の新聞社は、それぞれの特色が出始めているけど、その複数の新聞社が一斉にこの発言を見出しにした。客観的に見ても、海軍のトップがする発言では無い。
「心の中で思っていても良い言葉ではあるけど、実際に発言するのとはまた別だよな」
「意外と世論は、この元帥を支持する声も多いですけどね。……予算会議に参加している全員が、矛先を海軍に向ける発言ですよ」
「そもそも、減額していないのに文句を言うなという話になるな。予算がカッツカツなのはこいつも知っているだろうに」
「……いえ、予算が困窮していることも知らない可能性がありますね。老いるというのは、悲しいことです」
ちなみに、その8人の中の1人である仁美さんは意外と平静だ。年寄りの妄言と、捉えたのかな。実際、年寄りの感情任せな言葉なので、これだけで海軍を批判するのも間違っている。海軍の上層部に、ポンコツが多そうなのは確かだけど。
今の海軍の元帥は豊森家の人間で、過去には確かな実績も上げている人だ。しかし長く元帥の椅子に座り続けたせいで、今回のような発言をしてしまったのだろう。
海軍の上層部は下の世代が紅海海戦のせいで喪失しているため、長年同じポジションに居座っている人も多い。若くて優秀な人間が上を追い出すことで世代交代をしているのだから、下の世代が居なければ世代交代が起きない。長年務め続けたせいでプライドや自尊心が、高まっている状態でもあると思う。
いい加減、世代交代をするべきだと思うけど、空軍の設立や世界大戦の影響で優秀な人員が分散したり、さらに擦り減ったために世代交代がなかなか出来ない状況だった。今の自浄作用が強い日本で、海軍は珍しく思想が凝り固まってしまった。だから無理やりでも、新しい風を吹き込むべきだな。
知永さんも、海軍は酷いみたいなことは言っていたし、彩花さんですらそれを肯定していた。ちょっと本格的に、組織をぶっ壊すべきか。ぶっ壊した後のために、ちゃんと再建計画は立ててからぶっ壊すけど。
「ということで、吉良さんを将来的に海軍のトップへ据えるから戻って来て」
「私がですか!?はっきり言いますけど、明佳や香保子さんの方が圧倒的に頭は良いですよ?」
「その2人は豊森家の人間だし、どうせなら豊森家以外の人間をトップに据えたい。何より、実戦経験があるのと無いのとでは大違いだから吉良さんを推薦したんだよ。いきなりトップには据えないけど、吉良さんの扱いやすい手駒は用意するから海軍上層部の中核をやって」
「……かしこまりました」
ということで電話で欧州に滞在中の吉良大佐を呼び戻し、一時的に日本の海軍のトップに据える。階級的にはトップじゃないけど、吉良さんが中心になってこれからのことを決めるなら実質トップみたいなものだろう。この人、10代の時に紅海海戦へ従軍して生き残っているし、プロイセンの大学での成績はかなり良かった。
明佳さんや香保子さんを昇進させるのも考えたけど、あの2人はあの2人で別に取り組んでいることがあるし、何より豊森家の人間だ。豊森家以外の人材で吉良さんは、一番都合の良い人間だろう。一番上に立つような人間ではないけど、組織の中核なら上手いことやれる人間だと思う。
「あとは留学した北目智佐代さんと、織田緩菜さんを呼び戻すか」
「既に繰り上げ合格をして、プロイセン海軍で働いている人材ですからね。緩菜さんの方は、彩花さんの親戚にもなります。母方の従兄弟ですね」
「え?本当に?……あ、そうか。彩花の母方は織田家だったから、従兄弟でも特別驚かないわ」
緩菜さんについては気付かなかったけど、彩花さんの母親である彩由里さんの、兄の子供らしい。賢士さんと織田家の女がくっついて、生まれて来た子供の内、男の方だけを台湾の方に持ち帰ったのだとか。
その男には子供が十数人もいるそうだけど、その内の1人ということだな。で、彩由里さんと文人さんの子供が彩花さんと知永さん。遺伝子が働き過ぎているような気が、しなくもない。
年寄りは半分以上引退して貰って、吉良さんと北目さんと緩菜さんを中心に海軍の上層部の再建をして貰う。彩花さんも手伝えるだろうし、今の内に一新しておかないと後で痛い目を見そうだから急がせようかな。
「とりあえず、海軍の予算は引き上げなくて良いし、元帥は上手く引退させてくれる?」
「分かりました。しっかりと、引導を渡してきます」
……新聞か。俺も発言には気を付けないといけなくなったから、厄介な存在だ。手綱だけは離さないつもりだけど、既に握れているかは怪しいな。




