第350話 姉妹
知永さんの主張は、豊森家へのはっきりとした否定だ、もしも知永さんが彩花さんの妹じゃなかったら口封じをされているかもしれないし、豊森家の人間にとって耳の痛い話でもある。
今の時点で、日本国民全員の家名を捨てさせることなんて出来ないし、実行には移れないだろう。それでも言葉として知永さんが俺にこのことを伝えたのは、それだけ豊森家優遇が嫌だったのだろう。そういう場面をきっと、たくさん見て来たのかな。
「豊森家だらけの上層部、というデメリットは、俺も理解している。本当に昇進するべき人間を差し置いて、豊森家の人間が昇進しているんだろうということは分かっていたよ」
「……では、なぜそれを放置していたのですか?」
「それでも問題は無いと判断していたからだし、豊森家が今の日本の基盤を作ったからだよ。現状維持で問題が無いなら、変える必要も無い。それに明らかな能力不足なら、自浄作用が働く仕組みだ。ずっと居座り続けることもない。……チャンスを与えられることが多いと考えると、結局優遇ではあるんだけどな」
俺は豊森家の人間であり、豊森家を解体するようなことは強行出来ない。ここで知永さんに賛同したところで、周囲の猛反対を受けるのは分かり切っている。
「豊森家の人間で無ければ1番上まで出世することが難しい社会を見て、変えたいと行動する勇気は凄いと思うよ。でも、もっと効率の良い解消方法があるのに家名を無くせは暴論だろ」
「もっと効率の良い?秀則様は、どう考えているのですか?」
「全員が豊森家の人間になれば格差は無くなる。既に、2000万人近くの豊森姓の人間がいるんだ。片方が豊森姓であれば、結婚した時に豊森姓になる。これならその内、豊森家だらけになって自然に解消すると思う」
「……それでは全員が豊森家の人間になるまでの間、他家の人間は我慢しろということですか?」
俺がこの豊森家優遇制度に気付いた時、最初は格差を無くそうとした。しかしそれでは豊森家中から反感を買うし、途中で行き詰まると俺は思った。もちろん素直に従ってくれる可能性はあるけど、下手すれば豊森家による謀反祭りが開催される可能性だってある。
だから俺は逆の発想に至る。そして全員が豊森姓になるよう、ある政策を通そうとしている。
それは他家の男が重婚した時に豊森姓の女が含まれていた場合、全ての夫婦間の子供が豊森姓を名乗るようにするということ。今までは格差を生ませるためなのか、例え重婚状態で他家の男が豊森姓になっていたとしても、この他家の男と豊森姓以外の女の間に出来た子供は、その両家の家名を使っていた。
具体例を挙げるなら、ガソリンエンジンを開発した田中聡さんがこの前に豊森安香さんと結婚したから豊森聡さんになっていたな。もしこの田中さんが他の女性とも結婚して子供が出来たら、それは田中姓になっているかもしれないし、その女の家名になっているかもしれない。これが豊森姓となるなら、一気に豊森姓は増えることになる。
今まで、きっちりと家系図を記録していた意味もあるということだ。そして日本国民の全員が豊森姓になれば、日本国民全員の家名を変えるよう通達することで格差は生まれなくなる。そう、思いたい。
「次代のために、今を生きる人達に我慢させるのは、それこそ効率を求めるためなら仕方ないんじゃないのか?」
「……今から、日本の全国民が豊森姓になるまで何年かかると思っているのですか?」
「外国人を除けば、10年もかからないはずだ。重婚していた男に豊森家の女を送り込んでいたケースは思っていたより多いし、この政策が通れば9割方が豊森姓になりそうな気がする」
「過去の結婚にも、適用するのですか。……通ればということは、まだ確定はしていないのですね」
現状でも、豊森姓が増え続けているのだから将来的には全員が豊森姓になる。織田家とか、俺の娘が形式上は信長へ嫁いでいるので全員豊森姓になるな。それに反感が出る可能性も、もちろんあるので知永さんへ話をしてみたかった。
「全員が豊森姓になった後の家名は、どうやって決めるのですか?」
「自由で良いよ。家主が勝手に苗字を決めるから、全く無関係の庶民が織田姓を名乗っても良い。全員が元豊森家という共通の仲間意識を持つことが出来れば、日本は確実に安定するし、出自の格差は無くなるはず」
もっとも、まだ検討している段階のことでもある。現時点で豊森姓以外の家名の人が、反発する可能性は十分にある。一度全員が豊森姓になったら後は自由だけど、また豊森家の人間が豊森姓を名乗る可能性もある。
だから俺と豊森秀則とは婚姻関係の女性、それに加えて久仁彦だけは豊森姓を引き続き名乗れるようにしたい。久仁彦以降も同じく婚姻関係の女性と、跡継ぎの長男だけが豊森姓を名乗れるようにする感じかな。2人目の男子である力弥でも、結婚したらその結婚相手の家名になるということだ。娘は全員、他家の家名になるから嫁ぐということでもある。
正直に言って、このままでは豊森家とそれ以外の差別を無くすことは不可能だ。豊森姓というだけで色眼鏡がかかる社会において、豊森家は大きくなり過ぎたし、根深い問題でもある。このままだらだらと豊森家が拡張するぐらいなら、一気に拡張させて一度リセットしてしまった方が良いのは賛成だ。
そのリセットのタイミングを、俺は全員が豊森姓を名乗れるようになったらと知永さんに伝える。そうすると知永さんは、一度納得してから深く考え込んだ。




