第347話 世界地図
7月30日。今年も北海道にある彩花さんの実家へ行く準備をしていると、何やら面白い絵を描いている人がいるという噂が流れた。なので情報の発信源である京都の北の方まで行って、自分の目で直接絵を見て来る。
するとその画家のアトリエには人だかりが出来ていて、どうやらその絵以外にも色々と絵を描いている人らしい。アトリエ自体は簡素というか、ボロボロだから、お金が無さそうな感じはひしひしと伝わって来た。
アトリエの中央にあった大きな、とても大きなキャンバスに描かれていたのは、真っ赤な世界地図だった。特に欧州の方と、北アメリカ大陸やペルシア方面は真っ赤に染まっている。あとは所々、海の上にも赤い点々があるな。一目見て察したけど、死者の数が多いほど赤く彩られた世界地図か。
世界地図自体はまがりなりにもイギリスやスペインと関係を持ったお陰で、完成はしている。細かな部分は違うだろうけど、おおよそ俺の知っている世界地図の形だったので合っていると判断した。
売り出した世界地図の方は北アメリカ大陸とオーストラリアが若干小さいけど、豊森家以外の人間や外国人の中に気付く人はいないはずだし、かなり精巧な世界地図だ。お手頃価格ではあるので、国民の大半は買っているかもしれない。
しかしこうやって絵が描かれるなら、正確な世界地図を売りに出すべきだったか?いや、将来的には北アメリカ大陸やオーストラリアが小さいのも、この作品の特徴になるか。
このアトリエの主は売りに出されていた世界地図を買って、今世界でどれだけの人が戦争で死んでいるかを記したくなったのだと思う。死者が多いのであろう地域は、特に何度も赤色が塗り重ねられている。
日本軍は正確に死者の数を出しているし、他国の死者も入って来た情報は嘘偽りなく発表している。もちろん死者の数が分からない戦線では推定の数を出しているけど、今の日本のエリート中のエリートが集まった参謀本部が叩き出した推計だ。大きく間違っていることは無い。
「この画家は、パトロンが欲しいようですね。既に何人か出資しているそうですが、秀則さんも出されますか?」
「んー、結構他の絵も上手いし、何より今の日本では珍しい抽象画の画家だからある程度は出そうか。彩花も、お金は出すの?」
「はい。お金を出すと言っても、少額ですけどね。なかなか面白い発想ですし、現在進行形で描いている絵が公表されているのも珍しいです」
この画家は、まだ未完成の絵を世に公表している。今でも戦争は続いているし、どんどん死者が増える都合上、この世界地図が完成するのは戦争が終わってからだからな。
何気にアトリエの中には抽象画というか、今の日本で流行りの精密な絵が無かったので支援することも決める。芸術とかほとんど分からないし、これが抽象画なのかも自信はないけど、俺が金を払うということに意味があるはず。
今の日本の画家とか、本当に一握りの人しか絵だけ描いて食べていけない生活だからな。より精密に、繊細な絵を描く人ほど後援者を獲得出来ているけど、そのせいかキャラクターのような、雑な似顔絵を書く人はいないから貴重だ。
……いや、ただ雑に描いただけかもしれないし、俺には子供の落書きのようにも見えるから芸術関連はダメだな。そもそも、ピカソやゴッホの絵を見て落書きだと思った俺に絵を語る資格は無いと思う。とりあえず出来ることは、芸術家志望の人にお金を出すことだけだな。支援することに、意味はあるんだと思い込む。
血が流れる地域ほど赤く塗られる世界地図なら納得できるというか、共感は出来るし、他の人からもお金は集まりそう。どでかいキャンバスを使っているし、お金もかかってそうだしな。最低限、この絵が完成するまでは生活に不自由しないだろう額のお金は出したい。話してみると誠実そうな人だし、苦労してそうな印象を受けた。
「陶芸家とかは、まだ多い方だっけ」
「画家よりかは多いとは思いますが、陶芸家に関しては国が職人を保護している状態ですね」
「美しい物だったり、古い壺なんかは価値が付いているけど……それでも芸術関連は裾野が狭いなぁ」
唯一、芸術関連で人気の職業は音楽家だけだろうか?ラジオ放送が始まったからか、最近では興隆を見せているし、元からそれなりの数の音楽家が活動をしていた。これからは歌手も増えて行くだろうし、アイドルとかも出て来そうではあるけど、それはまだ最低でも5年はかかるか。
アトリエにあった絵の内、1番共感の出来そうな茶畑とそこで働いている少女の絵を、言い値の数十万で買い取って、豊森邸に飾ることにする。この絵も、将来的には億超えの値段が付くのだろうか?たぶん、俺が没してからの方が価値は付随するような気がするし、何とも言えないけど、俺は良い絵だなと思った。
「こういう絵の場合、少女の顔はぼやけていたら駄目なの?」
「駄目ということはありませんが……やはり、詳細に顔まで描く人の方が多いですね」
家に帰って額縁を持って来てくれた愛華さんに絵について聞いてみると、やっぱり抽象的な絵を描く人は少ないとのこと。遠回しに、子供の絵だと否定するような感じだな。……まあ、買ったのは俺だし、俺が納得していればそれで良いだろう。額縁に入れると、良い絵に思えて来るから不思議だ。
……この絵は、落書きでは無いよね?何と言うか、凄い不安に駆られているけど、買って良かったのだろうか?




