第32話 親衛隊再編
戦争が始まってから1ヵ月が経過し、上海と香港への強襲上陸が成功したという報告を聞いた6月6日。ついに北京まで後一歩のところに日本軍は進軍していた。ちなみに海戦は日本の圧勝とのこと。中国の残存艦隊は海南島、というところまで追い詰められたようだ。海戦では砲の技術の差が諸に出るから、日本が圧勝するだろうな、とは思っていたから一安心だ。
衝角戦術は俺が止めさせようとしている雰囲気を海軍側が感じ取ったためか、完全に砲撃だけで船を沈めようと頑張っていたとか。海軍側が感じ取ったというより、凛香さん経由で仁美さんに伝わっただけだと思うけど。
「海南島って、本土と繋がっていたっけ?」
「海南島は島ですから、本土と陸続きではありません。しかし大陸とそれほど離れていないことは確かです」
中国の艦隊が逃げ込んだのは海南島という島で、中国の南に位置する大きな島だ。早々に海南島の攻略を済ませて、南の戦線も押し上げさせようかな、とか考えていると、親衛隊の服を着た人達が俺の前に現れた。
「失礼します!」
俺の前に並ぶ15人の女性。見慣れた顔がいないので、誰かの親衛隊かな?将伯元帥の親衛隊かな?とかそんな感じで考えていると、茶髪の可愛らしい子が前に出て大きな声を出した。
「豊森 彩花です!秀則様の親衛隊として、我ら15人が新たに加わります!」
……俺の親衛隊が増えるのか。全員女性なので、これからは30人の女性に囲まれることになるのかな。豊森家の裏の意思みたいなものをひしひしと感じるので、そこは正直に言うと嫌なんだけど、美女に囲まれて嬉しくない男はいない。嬉しいのに素直に喜べないって、思っていた以上に辛いな。
戦地だし、護衛が増えることは不思議じゃないけど、新しい人達は高身長で筋肉質な人ばかりじゃないってことは、完全にそういうことだよね?今までの親衛隊の面々はクールな人や、几帳面そうな印象を受ける人選だったのに、今回は第一印象が可愛い、だったし。
新しく増える親衛隊の皆さんは軍人だけでは無くて、色んな分野で働いていた人達らしい。身長も150センチから180センチまで様々で、美人だしスタイルも良い人が多い。特に彩花さんはイギリス人の血が少し入っているらしく、長い茶髪を背中側で束ねていて幼さが残る顔をしている。
これで親衛隊が今までの16人から31人に増えたため、親衛隊の再編が行われることになった。今までは凛香さんの下に7人、愛華さんの下に7人の部下が形式上いたけど、それが変わった。隊長は凛香さんのままで、副隊長の愛華さんの下に14人、同じく副隊長となる彩花さんの下に14人だ。
……今までも親衛隊の隊員に指示を出していたのは愛華さんだけど、形式上ですら隊長のはずの凛香さんに直接的な部下はいなくなったしまった。しかし凛香さんは特に気にしていないようで、今日も今日とて俺の背後で待機している。
「凛香さんは、これに異議とか無いの?」
「……無いよ。私より、愛華の方が指示は早い」
ちなみに凛香さんが隊長になっている理由は、今まで色んな大会で優勝し過ぎたせいで用意できる役職が他に無かったから、とのこと。こう見えて重量挙げで150キロを持ち上げられたり、柔道で100連勝していたり、小銃の狙撃でも記録を持っているんだよ、って自慢されるけど、意外性が欠片も無いので驚けない。
「ああ。何か記録を打ち立てると、階級が上がったりするのか」
「そういうことです。特に運動系の記録は階級が上がりやすいので、凛香さんは、その……」
「……日本記録、いっぱい作った」
愛華さんから重量挙げで3連覇して殿堂入りしたり、100キロ走で日本記録を出したりすると階級が1つ上がることを教えられる。実際には昇進しやすくなる、程度の決まりだけど、豊森家の人間で尉官だと昇進するのはほぼ確実だそうで……要するに、豊森家の人間で日本一になれる特技が複数あれば、脳筋でも軍で上の立場になれるということだ。
問題があるようにも思えるけど、昇進という餌があるから本気で取り組むのだろうし、そもそも本職軍人がそのような大会で記録を残すことはあまり無いようなので、今までは問題が無かったとのこと。まるで今は問題があるかのような物言いだな。
まあ、凛香さん自体は内気だけど良い人なので個人的に親衛隊の隊長を務めてくれるのは嬉しい。色々と常人離れした人が背中を護ってくれるというのは心強いし。いつ背中や頭を後ろに預けても、しっかり受け止めてくれるし。……現状、凛香さんの隊長としての威厳は体格以外、本当に無いな。間違いなく個人での戦闘では最強なのだろうけど、それが活かされる機会はあるのだろうか?
「彩花さんは海軍の出身なのか。……20歳で大尉?」
「はい。つい先日までは、九式小型戦闘艦59号の艦長でした」
「それじゃあ、中国との海戦の経過も知っているのかな。後で教えてくれる?」
新しく入ってきた彩花さんは砲艦の艦長だったようで、この戦争でも既に戦果を挙げていたようだ。出世街道から外れたのにも関わらず、笑顔なのが怖い。というか20歳で大尉とかあり得るのか?
「海軍士官学校を卒業したら、少尉見習いって感じなんでしょ?20歳で大尉って可能なの?」
「最短だとで11歳時に海軍士官学校へ入学、14歳で卒業、15歳で少尉、18歳で中尉にはなれます」
「ああ、そこから何か一芸があれば、19歳で大尉までは行けちゃうのか」
疑問に思ったので愛華さんに聞くと、最短で15歳には少尉になれるとのこと。11歳で士官学校に入学するにはコネと金と学力と運が必要なので、豊森家の人間しか無理ということだな。彩花さんの一芸は囲碁と将棋、とのことで、両方とも15歳の頃から日本一を5連覇中。凄いのは認めざるを得ないけど、それで囲碁や将棋のプロにならない理由はあるのか?
「あ、もしかして囲碁や将棋だけでは食べて行けない?」
「豊森家に棋力を認められた人が囲碁教室、将棋教室を開けば一定額の給付があります。地域大会でも賞金が出たりするので、強ければ囲碁や将棋の腕だけでも食べて行けますね」
「へえ。彩花さんが出ていたという全日本将棋名人戦や全日本囲碁選手権大会の優勝賞金とかはわかる?」
「優勝で2000万円、準優勝で1000万円ですね。16位までに入れば100万円が出ます」
囲碁や将棋などをしている人がどんな生活を過ごしているのか気になるので愛華さんに聞くと、日本で上位100位に入っていればなんとか食べて行けそうな雰囲気だ。プロリーグとかは無い様だし、トーナメント戦の大会が中心なので、改変前の世界より将棋一本とかで食べていくのは厳しそうだ。一方で日本一に何度もなっている彩花さんの貯蓄額は凄いことになってそう。
一度大会とかで好成績を残し、豊森家に認められると後は後進の指導でお金は入る感じなのかな?俺は駒の動かし方しか知らないレベルなので、将棋では彩花さんに六枚落ちでも勝てなさそうだ。
そしてたまたま碁石と碁盤があったので囲碁の方で彩花さんに挑んでみたら、9子置きでフルボッコにされた。手加減したら許さないとは言ったし、容赦のない子は好きだけど、ちょっと悲しくなった。普通に指導碁を頼めば良かったな。