第338話 アラスカの英雄
個人でも、爆弾を密集地帯に投げ込めば数百人数千人数万人を殺すことが出来る。しかし狙撃銃で、数百数千の人間を殺すのは至難の業だ。
そもそも、人の頭に銃弾を撃ち込み続けないといけない時点で精神的に強くないといけない。それを2年近く続けていたのだから、少しは変わっているかなと思ったけど、久しぶりに会った不破野さんは特に変わった様子が無かった。
4月29日。アラスカ戦線の軍団が一度、日本に帰って来た。これは元から帰還予定だった軍団なので、そんなに大規模な軍ではない。だけど、大勢の人が彼らを出迎えた。勝って帰って来ているので、国内としてはお祝いムードだ。
この北アメリカ大陸から抽出した軍団は、これからセイロン島で待機することになるんだけど、えげつない戦果を残した不破野さん達はここで一旦表彰されることになる。
「……肩に受けた銃弾の傷は、大丈夫なの?」
「大丈夫ですが、銃弾を受けたことで戦場に出られなかった期間があるのが悔しいです」
会話できる時間を設けてくれたので、怪我の確認をしておく。実は不破野さんは一度、肩に銃弾を受けて現地の野戦病院で2週間ぐらい入院している。少しリハビリも必要だったようで、その期間は戦場に立ってない。それでも1人で2400人以上のフラコミュ兵を射殺しているのだから、怖いとしか言い様がない。
不破野さん以外に、射殺スコアが2000人を突破した人はいない。というか、1000人を超えているのも不破野さんを除けば5人しか居ないんだよね。その5人の内2人は殉職しているし、2461というスコアはたぶん永久に抜かされないと思う。
不破野さんを含め、今回表彰をされる4人+2人は名前が広まるし、不破野さんなんかはアラスカの英雄なんて呼ばれている状態だ。実際、フラコミュ軍が攻勢に出ている期間に不破野さんの部隊が居なければ、最終防衛ラインの一歩手前までは突破されていたという予測すら出ている。
……ズシリと重い勲章には沢山の赤いスピネルとルビー、大粒のダイヤモンドと金が使われており、そこそこ大きい。売れば、宝石としての価値だけでも一生暮らしていけそうだな。勲章と同時に金銭も授与するから、売り払われることは無いと思いたいが。
「この後は記念写真を撮るので、早めにお着換えをお願いします」
怜可さんに促されながら、式典を円滑に進めていく。と言っても勲章を渡した後、記念撮影をして食事会が開かれるだけなので大したことでは無い。それと俺が直接手渡したのは、アラスカ戦線の参謀だった九鬼中尉と、列車砲の砲手として随一の活躍をした3人組と、狙撃手として1000人以上を射殺した6人の計10人だけだ。
殉職した人に関しては、親族の人が代理で勲章を受け取っていた。戦死した人にも勲章を与えることはよくあることらしいし、代理の人が受け取るのも珍しいことじゃないそうだ。
アラスカから師団を引き抜いているのは、単純に距離の問題もある。2ヵ所に上陸させた軍団は合流し、反対側の海岸まで侵攻している。その軍団を日本へ戻すよりも、アラスカ戦線から師団を抽出した方が良いと言う判断だ。既にアラスカ戦線の軍は、働いていない状態だったし。
「そろそろ本格的に北アメリカ大陸から軍団を引き抜くことになるんだけど、セイロン島へ派遣出来る戦力は15個師団程度か。移動の疲れとかもあるだろうし、3度目の上陸作戦は10月以降になりそうだね。それまでに、ペルシアが降伏するかは……ちょっと、怪しくなって来たか」
「そもそも、アバダン油田へ上陸した軍が動けていないことは参謀本部にとって想定外でした。半包囲を受けて、押し留められていますからね。そこまでの軍を、周囲からかき集められるとは思っても無かったはずです。……それでも、そうなった場合の対処と言うのは作っておくべきなんですけどね」
「急いでいたのは、事実だと思う。早めにオスマンへプレッシャーをかけないと、不味い状況ではあったわけだし。セイロン島へ送った後にどうするか決めるつもりなら、幾つかの師団は中央アジア方面軍へ直接送った方が良いかもしれないな」
彩花さんと話して、セイロン島へ送る部隊とは別に中央アジア方面軍へ送る案も提案する。中央アジア方面軍の現状としては、ペルシアの大都市であるテヘランを陥落させるのに時間がかかり過ぎている状態だ。対空砲が設置されていたことで空軍が使えないことも大きいけど、単純に人口が多いから敵軍の軍規模が大きい。
こちらは補給にも不安があり、大軍を送れないのも災いしている。だからこそ、北アメリカ大陸で戦っていた師団を抽出して編成した精鋭師団を送り込みたい気持ちはある。列車砲も、もう北アメリカ大陸では使わないし中央アジア方面へ送り込もうかな。輸送コストは、俺が気にしてはいけない。何とかなるはず。
今回のアラスカ戦線に居た高級士官で唯一活躍したと言っても良い第2軍の九鬼さんを中心に、砲撃のスペシャリスト達でドクトリン開発も行なう予定だ。特にアラスカ戦線では要塞と相対したことが多かったそうだし、効率的に破壊出来るように要塞破壊のマニュアルみたいなものは作って欲しい。
一先ず、北アメリカ大陸はもう一段落したと考えていい。メキシコ国境への守備隊の駐屯も始まったし、備えは万全だ。後はペルシアとオスマンを早く攻略するだけだけど、アバダン油田一帯を占領し終わってからは上陸軍から良い報告が届いていない。
……補給も大変だし、もうイタリアとオスマンの予備艦隊と思われる艦隊が出しゃばって来ている。今のところは日本艦隊が数で勝っているお陰で仕掛けて来ないけど、数が揃って来たら仕掛けて来るだろう。イタリアやオスマンの艦隊派遣が先か、日本艦隊の修理と再建が間に合うかの勝負になりそうだな。




