第29話 練度
少し残酷な描写が入ります。
北西方向から唐突に現れた中国共産党軍の規模はおよそ2万人。しかし偵察隊からの報告によると、後方から敵の増援が来るとのこと。その正確な人数はわからないけど、それが来るまでに既に双眼鏡で視認ができる2万人の軍の方を対処しないといけない。
こちらは騎兵師団8千人弱に加えて、いざという時は戦えるけど戦闘に加えたくない司令部の人間が約800人。司令部を護るための砲兵旅団が3千人。色々と人間離れしている親衛隊16人か。俺が指揮しなくても奇襲を先読みしたおかげで勝てそう。というか先読みをしてなくても勝てそう。
「とりあえず、反転した騎兵は下乗して歩兵にしてくれる?」
「我々は、乗馬した状態でも地上に立っている時と同じように敵を撃ち抜くことが出来ますよ」
「……乗馬している時は100発中99発が命中するけど乗ってない時は98発しか当たらない、とかで無ければ素直に従ってくれ」
「では問題はありません。第1騎兵師団に所属する人間は馬に乗っていても乗っていなくても、百発百中です」
一先ず、第1騎兵師団に馬から降りるようにと言ったら老婆が反発したのでそのままにした。突撃禁止令は守ってくれるようだし、これぐらいのわがままは許容できないと不信ポイントが貯まりそうだ。馬に乗ったままって結構疲れるはずなんだけど、乗り心地は改善されたのだろうか?ここら辺りに身を隠せそうな場所は無さそうだし、塹壕は間に合わなさそうだし、老婆は本気で素の撃ち合いをする気だろう。
軍団長である秀一郎さんは俺が指示を出し始めた姿を見て指示を引っ込めたので、俺に一任するのかな。有能そうな人なので秀一郎さんに任せても良かったか。元帥の将伯さんはそもそも動こうとしていないので、自分からは動かないタイプの人間だ。完全に部下に頼っている感じの人なのかな?悪い人では無さそうなんだけど、元帥にまで昇進した理由が謎。
「砲兵旅団は連隊に分けて左右に大きく離れた場所まで展開して。開戦後も移動し続けて良いから。騎兵は中央の4千以外は大隊単位に分けて砲兵の脇に配置。砲兵の移動を補佐してくれ」
「随分と、戦列を広げるのですね」
「馬鹿正直に縦を厚くするから、敵の攻撃が届く距離まで接近されるんだよ。ここまで辿り着けないように、銃弾の弾幕で対応するよ」
指揮して良い雰囲気なので、指示を出す。愛華さんに突っ込まれたけど、とにかく戦闘幅を広くとり、敵の接近を許さない方針で軍を展開する。もちろん敵の流れ弾が当たる可能性は増えるんだけど、騎兵の防具はわりと良さそうなので問題無いだろう。
……騎兵の防具が跳弾を意識していることには突っ込まない。たぶん実現できない戦車の項目から良さげな技術を流用しようとしただけだろうし。実際に採用しているということは、ある程度の効果はあるのかな。
「っと、左……南西に展開する軍はそんなに距離を取らなくても良いや。騎兵も左翼から右翼に千人ぐらい移動させて」
「わかりました。左翼の騎兵は千、右翼は3千でよろしかったですか?」
「うん、問題無いよ。
……お身体にはお気をつけて」
軍の展開が始まったところで南西方向、左翼側から援軍の気配を感じたので右翼偏重気味の布陣に落ち着いた。そして中央の騎兵の有効射程に入った敵兵に発砲したのを皮切りに、次々と中央軍が射撃を開始。たぶん、数百メートルは離れた敵軍の最前列にいる指揮官っぽい人からヘッドショットしている。馬に乗りながらの射撃なので純粋に騎兵師団の練度がやべえ。
「……あれ、馬に乗っている指揮官っぽい存在が最前列にいるとか、狙撃されるのが怖くないのかな?」
「秀則様、狙撃されるのが怖いのはこちらの方です。もう少し後ろに移動しましょう」
「ここまで流れ弾は飛んで来ないよ。いや、こちらの小銃が向こうに渡っていたら危ないのか」
指揮官らしき人を次々に射殺され、すぐに混乱する敵軍を見て、共産党軍は戦術面で昔から一切の進歩が無かったことを悟った。指揮官が最前列にいる時点でお察しである。左翼に配置した砲兵も砲撃を始めて、最初は成果が大きかったけど、敵軍が横に間隔を作り始めたので砲撃は一旦中止させた。
双眼鏡では馬に乗る人物が後ろに振り返って何かを叫び、頭の上、こめかみの部分を打ち抜かれる様を見ることができた。すぐにその人は馬から落ちて地に伏せ、痙攣を繰り返す。頭の横に穴のような円ができて、そこから血が、蛇口から流れ出る水のように溢れ、地面を真っ赤に染めていた。
その指揮官らしき男に駆け寄った人も、当然のように頭を撃ち抜かれて死体に覆い被さる。恐らく、十数秒後には2人とも死んでいるだろう。既に畏怖の感情が敵軍から滲み出ているが、何故か行進は止まらない。怖がりながらも死体を盾にし、屍を乗り越えて間隔を詰めようとする敵軍は、はっきり言って異様だった。
「距離を詰めて来てくれているし、右翼の騎兵2千を敵軍の左翼、奥にある丘まで走らせてくれる?直接的な交戦は避けながら、移動して欲しい。たぶん、あの丘は身体を隠して射撃ができるから」
「……最初から、戦術的な要衝を確保していなかった理由は何でしょうか?」
「最初からあの丘を確保していたら、そこだけ包囲されるでしょ。あ、追い付かれないように回り込みながら移動してね」
そして現在の騎兵の機動力がどれぐらいかを見るために、敵陣の後方にある小さな丘までダッシュさせると、あっさりと確保。結構重要そうな場所にも関わらず、敵軍は兵を後方の丘に残してなかったみたいだ。
「……これ、虐殺だね」
「騎馬の動きに釣られた敵軍が、密集し始めて、そこに砲弾の雨ですか」
「最初の砲撃でビビって散開していたのが、騎兵を追うために集まるのは予想通りだけど、予想以上に葬ったな」
騎兵に釣られて散開していた軍が右に集まったので、砲撃を中断していた砲兵が指示通り、密集を始めた敵軍に向かって一斉砲撃。練度の低い軍は二つ以上の指示を同時にこなせないので、散開の指示を出した後に騎兵を追う指示を出したら散開の指示は掻き消えるだろうな、と考えただけだけど、想像以上に効果が大きい。
着弾の度に敵兵は吹き飛び、地に伏せた。既に敵軍は3割近い戦力を失っているように見えるけど、継戦の意思はまだありそうなので正面からの攻撃の手は緩めないようにと通達を出す。
……こちらの被害はまだ馬が33頭の、騎兵が19人だ。流れ弾が不幸な場所に当たり戦線を離脱する人も出て来たけど、数えられるぐらいなのでまだまだ余力はあるな。
主人公はわりとガチートを積んでいます(本人は謎に働く直感だな、と思っている)
今の所は戦争中に限り直感が働く時がある、ぐらいに思って下さるとありがたいです。