第315話 スコットランド政府
戦場に出ている日本軍の兵の中には15歳前後の人も多いから、将来的には出生数が減りそうだ。そこら辺は出生率を弄ることで上手く調節するとは思うけど、フラコミュとか、働き盛りの世代が丸ごと消えるんじゃないかな。
フラコミュの捕虜が、どこまで本当のことを言っているのか分からない。しかしフラコミュはどうやら本格的な無差別徴兵と民兵の動員を始めたみたいだから、来年は生産力が格段に落ちるはず。本当に戦争はあともう少し耐えるだけだけど、その前に北アメリカ大陸から撤収させたであろうフラコミュの正規軍が欧州戦線に投入されるはずなので、準備はしておかないといけない。
正念場は、来年の春の攻勢か。そこを受けきれば、負ける確率は0に近くなるはず。後はオスマンの攻略さえ出来れば、フラコミュ陣営の戦力は痩せ細るだけだ。オスマンは恐らく、まだ余力があるはずだから切り崩すのは難しいかもしれない。だけど、空軍を上手く活用して優位に進めていきたい。
そんなこんなで会談は続いていたけど、その会談の真っ最中に奇妙な一団が到着した。スコットランド政府、その外交官を名乗るロイズさんのご一行だ。確かロイズさんはイギリス政府に追い出される形でロイズさんは外務大臣を辞任したけど、スコットランドの方で活動をしていたのかな。
「お久しぶりです。スコットランドの外務大臣として、挨拶に伺いました」
「本当に久しぶりだね。昨年の夏以来か。
電話で連絡とか、出来なかったの?」
「一応、ロシア政府には話を通してあります。
……今までご連絡が出来ず、申し訳ありませんでした」
「……大変だったのは知ってるから、謝罪はいらないよ」
イギリスが分裂する最大の原因はインドが独立をしたことだけど、インドが独立したのはロイズさんが政界から遠ざけられたからだと俺は思う。この人、マスコミの手綱を握っていた人だし、顔も広い。それを政党の生贄として追放したのだから、わりとどうしようもない状態までイギリス政府は追い込まれたのだろう。
もっとも、ロイズさんも政界から追放される前はマスコミの手綱を握れる状態じゃ無かったとのことだけど。……この人なら本当に駄目になる前にわざと追放されておいて、後から印象操作ぐらいはしそうだから何とも言えない。
とにかく、現在のイギリスの内情をよく知る人物だから質問攻めにしよう。
「ポンドはどうなったの?」
「紙束になりました。現在は硬貨が中心で経済は何とか回っている状態です」
「……物の値段が跳ね上がったそうだけど、最終的にはどうなったの?」
「1日でお金の価値が半分になる、ということが数日続いた後、100分の1の価値まで下がりました」
元々インフレ気味だったイギリスで、インドの支配が出来なくなったことを認めた瞬間、インフレ率は跳ね上がった。1日で100%の価格上昇が1週間ぐらい続いて、その後に一気にポンドの価値が暴落したみたいだ。最終的に3ポンドの食パンが40万ポンドまで上がったそうだけど、ジンバブエのハイパーインフレと比べれば生易しく見えるかもしれない。
いや、300円の食パンが4000万円になったと考えれば生活が出来ないな。物々交換の世界へ退行するのに、時間はそれほどかからなかったはず。何もかも、債務残高対GDP比3000%が悪い。むしろよく今まで経済が保っていたと思うぐらいだし。
ただ今回の件で、頭の悪い人でも1週間で「紙幣に価値は無い」と悟ることがあると分かったのは、価値のある貴重な情報かもしれない。現状、イギリスを立ち直せるのかはロイズさんの口ぶりからすると5分5分かな。インドが独立して混乱している最中、スエズ運河とアフリカ横断鉄道まで失陥したのは大きすぎる。
ロイズさんはプロイセン王とも、ロシア皇帝とも面識はあるみたいで、スコットランド政府に今までの戦争にイギリスが参加してきた対価が欲しいと言って来た。また、これからも戦争に参加することは宣言していた。既に、スコットランド本国では歩兵師団の編成まで始めたらしい。
「秀則さんは、どう思いますか?」
「聞いた通り、スコットランドがイギリスの戦果を得ようとしているんじゃない?この場で言質を取りたがっているみたいだし、何とかしてこれまでの投資分を回収したいんでしょ」
「回収、出来ると思いますか?」
「海軍が、どれだけ健在かによるね。スコットランドが英海軍の全てを引き継いでいるなら、可能性は高いんじゃないかな」
スコットランドはイングランドにイギリスの負の面を全て押し付けて、上澄みだけを回収し、新しいイギリスとして生まれ直すつもりなのだと俺は考えている。そう考えると、どこにイギリスの国債が流れ着くか、だけど……。
……あれ?イギリスは、国民全体に徳政令を使ったのか?このままスコットランドが新秩序を築けば、イギリスの負の面はイギリスの利権を握っていた人達が被るだけになる。何か、釈然としないな。
ロイズさんは、この流れをいち早く掴んでいたのだろうか。それか、ロイズさんを使いたい人間が裏で手を引いたか。どちらにせよ、新秩序が築かれるまでまだ時間はかかるだろう。師団編成をしているとは言っても、いつ戦場へ出せるかまでは言及出来てない。
そもそもイングランドがどう動くのかも確定はしてないし、現段階でスコットランドにイギリスの戦果を受け取れるかは微妙だ。とりあえず、プロイセンとロシアがどう判断するかで動きを変えよう。




