第309話 会談準備
12月3日。出産準備のために仁美さんや愛華さん、凛香さんは相次いで入院した。まだ猶予はあるみたいだけど、ロシアで会談が行われるから少しの間、いや、わりと長期間のお別れになる。会談自体は美雪さんが参加するし、俺の補佐は彩花さんと怜可さんがやってくれるから問題無い。
だけど、いつも背後に居た凛香さんや傍に居てくれた愛華さんが居ないというのは少し不安になる。何だかんだ言って、3年以上の付き合いになるしな。仁美さんに関しては2度目の出産なので随分と余裕そうな感じだ。久仁彦を産んだ時は医者も驚くような安産だったので、今回も問題は起きないと信じたい。
凛香さんが居ないということで、俺の近辺を護衛する人数は2人増えた。凛香さんが親衛隊を抜けるので武闘派な人から親衛隊員を新たに選出したのに、その武闘派な人達でも凛香さんの穴を埋めるには3人も必要なのか。
京都を出発したら、舞鶴港から釜山まで船で移動する。そこからはロシア国境まで汽車で移動し、シベリア鉄道へ乗り換えた。日本人留学生達の留学体験記に書いていたトイレの件は、高級寝台車のお陰か気にはならない。日本の汽車に設置されているバイオトイレも、わりと臭いはするけどね。
一部の親衛隊員はロシアの水を飲んで下痢になったり、腹痛に悩まされることになった。俺と美雪さんと彩花さんの分に関しては、日本から大量の水を持って来ているので旅中は安全な水を飲むことが出来る。だけど、親衛隊員の分まで持ち込もうとすると大変なのでこういう事故も起きた。
そんなこんなで、ロシアの首都になるモスクワに到着。ここから乗り継いで、開催予定地のオデッサへと移動する。プロイセン側も冬のモスクワに長い間、滞在したくは無いだろうから、モスクワで会談を行なわないというのは英断だったと思う。
オデッサはルーマニアとの国境に近いけど、このルーマニアもプロイセン陣営なので問題は無い。ルーマニアとブルガリアは直接戦闘には参加してない中立国として今は存在しているけど、どちらかと言えばロシアやプロイセンに援助をしている状態だ。
ルーマニアの陸軍は期待出来ないそうなので、無理に参戦を要求したりはしていない。フラコミュ陣営からは侵攻されてないし、取り込まれる心配もないようだから、上手く立ち回っている状態だ。ロシアとしては、オーストリアやオスマンとの壁になっているので非常に助かっている。向こうにとっても、助かる存在なのかもしれないけど。
1週間以上の長旅で親衛隊員の方が疲れているので、観光もほどほどにして、先にオデッサへ入っていたというプロイセン王国の王族とご対面。初めに会った男性はバルヘルム・フォン・プロイセンという名前らしい。
……統一司令部の、トップだ。報告書にあったバルヘルム元帥って、たぶんこの方だよね?目付きの怖い壮年のおっさんだけど、この人と文人さんが組んでいたのか。というか、統一司令部のトップがこんなところへ来て良いのか?
俺はドイツ語が喋れないので、彩花さんに通訳を任せる。すると彩花さんとバルヘルムさんは少し話をした後、バルヘルム元帥の顔が険しくなった。彩花さんが何を言っているのか分からないから、凄く不安になる。
「少し、お父さんのことを聞いていました。どうやら、プロイセンの統一司令部でも元気に激を飛ばしているそうです」
「ああ、やっぱり統一司令部のバルヘルム元帥だよね。文人さん、王族の元帥を相手に文句や意見を言ってたのか」
こういう時、外国語を喋れるのは便利だなと思う。プロイセンやロシア側の人も多少は日本語を喋れる人がいるけど、基本的には通訳頼みだ。彩花さんがついて来てくれて、本当に助かっている。彩花さんが来れなかったら、たぶんアリスちゃんに通訳を頼んでいたな。あの子は彩花さんほどじゃないけど、かなり色々な言語を喋れるし。
……ちなみに、アリスちゃんは久仁彦と友花里の外国語の先生になる予定。日本語をフランス人の子供達に教えていたり、日本人にフランス語を教えていたりもしたから、凄く教えるのが上手いそうだ。
今度は、彩花さん越しに俺がバルヘルム元帥に挨拶する。まあ、彩花さんが丁寧に通訳してくれるので言葉遣いとかはたぶん問題無い。ロイズさんの時のように、日本語を喋れないフリをしている様子も無いし、そもそも日本語を喋れる人がそんなに居ないはず。
「初めまして、豊森秀則です。バルヘルム元帥のご活躍は日本にいる私にも届いています」
『こちらにいるのが私の夫であり、日本の皇帝でもある豊森秀則です。バルヘルムさんの活動内容は、日本まで届いていると言っています』
『ほう。思っていたよりも随分と若いな。彼は、お酒が飲めるか?』
『お酒はあまり飲まないですね。酔うと女性に抱き着いたり、感情的になりやすいので自制しています』
『ハハハ、そうか。まあ、よろしくと言っておいてくれ』
彩花さんが通訳をすると、バルヘルム元帥は軽く笑って去って行く。あの人はかなり忙しいはずだから、呼び止めたのは不味かったのかな。
「思っていたより若いなという感想を述べた後に、お酒の席のお誘いがありましたが、断っておきました。後は、よろしくとだけ言っておいてくれと」
「ん、お酒の席に関しては断った方が良いのか。実際、多く飲むと意識は飛ぶし」
「……たまに、というか結構な頻度でやらかしますよね?床で寝始めた時とかは、怜可さんが涙目になっていましたよ」
「ああ、家で飲むとたまに動きたくなくなるんだよ。ベッドがすぐ傍に無いと、床で寝るのか」
ロシア皇帝が到着するまで、時間が少し空いているのでプロイセンの方々とは仲良くなっておく。美雪さんがアグレッシブに動いているので、俺も挨拶回りだけはしておこうか。




